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24.三つ巴、四つ巴

 華が丘の駅は、単線のローカル駅だ。地方としては駅があるだけマシ……という程度で、典型的な自動車依存地域であるこの地で地元住民の利用率はそれほど高くない。
 だが、旅行者にとってはたとえ一時間に一本でも、貴重な交通手段となる。
「じゃあ菫さんは、帝都でアンティークショップを?」
 百音の携帯にメールが入ったのは、放課後に帰り支度をしていた途中。帝都から遊びに来る予定だった後輩を、駅まで迎えに行って欲しいというものだ。
「ええ。旦那さまが世界中を旅してるから、そのついでに色々送ってもらってね」
 予定の時刻に到着した電車から降りた客は、たった一人、彼女だけ。
「それにしてもごめんなさいね。先輩にも、出迎えはいいって言ったのに……」
 菫も高校を卒業するまではこの華が丘に住んでいたのだ。道の整備などある程度はされているものの、美春家までの道筋が分からなくなるほど変わってはいない。
「いいえ。菫さんのお話も、聞きたかったですし」
 駅を過ぎ、やがて二人は商店街へ。
 店の並びは菫の記憶とは多少変わっているが、基本的なところはやはり変わらない。
 そんな菫が足を止めたのは、商店街に一軒だけあるスーパーの手前。
「ごめんなさい、ちょっと買物してきていい? すぐ戻ってくるから!」
 今は化粧品店になっているそこに、百音を置いて慌てて駆け込んでいく。
「あ、はい………」
 何を買うのかは知らないが、女同士だ。化粧品の話だって、都会住まいの菫なら何かおもしろい話を聞かせてくれるかもしれなかったのに……。
 そんな事を考えた瞬間、辺りを振るわせるのは絶叫にも似た衝撃だ。
「え………?」
 思わず耳を塞いで天を仰げば、そこにあるのは雷をまとう巨大な鳥と……。
「…………スパイシー・ドミナンス?」
 黒い魔女っ子の姿。
 跳躍の魔法で雷の巨鳥と渡り合おうとしているようだが、降り注ぐ雷光に接近を阻まれ、近付くことも出来ずにいる。
「百音!」
 戸惑う百音の所に駆けてきたのは、彼女のパートナーだ。
「レイジくん! あれって……!?」
「ともかく先に変身しちまえ! すぐに悟司も来る!」
 状況は分からなかったが、ハルモニィの力が必要なのは確かなようだった。そしてドミナンスのパートナーや菫が店から出てくれば、もう変身できるチャンスはない。
 レイジに周囲の見張りを任せ、建物の隙間へと躍り込む。
 既に携帯は右の手に。集中し、マナを送り込めば、即座にそれは短杖へと変わる。
「………変身っ!」
 そして路地から飛び出したのは、白い魔女っ子……。
 スウィート・ハルモニィ。


 華が丘から降松まで行く為の主要な公共交通機関は、バスである。もちろん電車もあるにはあるが、いちど隣町の遠久山まで出た後に乗り換えなければならない上、降松駅からショッピングモールまでは歩けばかなりの距離がある。
 ほぼ直通で行けるバスに比べれば、電車を使うメリットが見つからないのはある意味仕方のない話だった。
「今からバスって、帰りは大丈夫なんですの?」
 とはいえ、キースリンの言う通り、そのバスも本数自体は決して多くない。
 今日は文化祭の買い出しの下見、という名目だが……下手にその下見が長引けば、最終便に乗り遅れる危険すらあった。
「大丈夫でしょ。このメンバーなら飛べる人も多いし」
 アキラがざっとと見回すだけで、半分以上のメンバーは飛行魔法の心得がある。降松の辺りも薄いがマナは存在するし、ゆっくりと飛ぶなら何とか無事に帰れそうだ。
「………ごめんなさい、良宇くん。わたしじゃ、良宇くんを抱えて飛べそうにないよ」
「構わん。オレは走って帰れる」
 飛ぶ以前に、小さなファファでは良宇の体重を支えきれないだろう。もちろん地続きである以上、走って帰る事は不可能ではない。
「最悪、マクケロッグくんがあたし達を抱えて飛んでくれれば……」
「ボクは撫子ちゃんしか抱えないよ。ね、撫子ちゃん」
「ありがとうございます、ハークさん」
 ハークのレリックは、一人程度なら運ぶ事が出来る。もちろん最優先は飛行魔法の使えないパートナーだ。
「ちょっとぉ! それってどういう事!?」
「……っていうかアキラちゃん、自分で飛べるじゃないか!」
 思い切りスルーされる形になったアキラは分かりやすい不満の声を上げるが、ハークのひと言にふとその言葉を止めてしまう。
「……何で知ってるのよ。あたし、マクケロッグくんの前で飛んだことなんかないわよ?」
 飛行魔法は便利なぶん、使えると知られたら便利に使われる可能性の増える諸刃の剣だ。その面倒を防ぐため、アキラは飛行魔法は細心の注意を払って使ってきたはずなのに……。
「あれ…………? 何でだろ………」
 言われてみれば、確かにアキラが飛んでいるのを見た覚えはない。
「自分で飛んだの、忘れてるんじゃないの? あたし達の前じゃちょくちょく飛んでるでしょ」
「そうなのかなぁ……?」
 確かに冬奈の前でなら、飛んだ事もあるかもしれない。
 だが……少なくとも、クラスメイトの前で飛んだ覚えはないし、四月朔日家にいる時はなおのこと使う機会がない。もちろん、冬奈に『達』と付けられるいわれはないはずだ。
「……うん。冬奈ちゃんの言うとおりだよ」
「そこまでボケたりしてないわよ!」
 さらりと回ってきたカウンターに力任せに反論を叩き付け、ふんと鼻を鳴らしてみせる。
「…………ハークさんとアキラさん、仲良いですね」
「あ、その、撫子ちゃん! それはそういう意味じゃなくって……誤解だよ!」
 穏やかに呟く撫子に、ハークは思わず顔色を変えて……。
「お前ら! 呑気に話なんかしとる場合じゃないぞ!」
 良宇の声に続いて華が丘のバス停を揺らすのは、耳をつんざく雷鳥の絶叫だ。


 蒼穹を飛翔するのは、雷の輝きをまとう鳳の姿。
 そしてその足元を跳び回るのは、黒と白の魔女っ子だ。
「ドミナンス! 何やってるのよ!」
「何って、華が丘川に開いてた変なゲートから怪物が出てきたから、何とかしようとしてるんじゃない!」
 長杖を構えて魔法を放とうにも、動きが速すぎて当てられる気がしない。さらに時折放つ咆哮は衝撃波に近い性質さえ持っているらしく、弱い魔法ではその場で掻き消されてしまうようだった。
「っていうか、もうちょっとマシなところに誘導できなかったの!?」
 その上、戦域は街外れから街の中央部へと移っている。ここからさらに外へ追い出す方法を考えなければ、強い魔法を使おうにも街に大きな被害が出てしまう。
「出来るもんならやってるわよ!」
 だが一撃が届かないのは、ハルモニィも同じ事。
 もともと近距離に威力を発揮する魔法がほとんどの彼女だ。近付いてくれるならともかく、上空を跳び回られるだけではお手上げも同然だった。
「いい加減に……っ!」
 構えた長杖からバレルを引き出し、長杖の形を銃へと変える。集まる魔力は強く鋭く、溢れた破壊が小さな氷片となって辺りの瓦やコンクリートを続けざまに打ち据える。
「ちょっと! こんな所でそんな魔法……ッ!」
 詠唱を中断させようと慌てて駆け寄るが、同時にキュウキから放たれた衝撃波がハルモニィに動く事を許さない。
「シュートッ!」
 咆哮が止むと同時。
 放たれた氷の槍は、加速する度にまとう氷のヴェールを幾重にも増やしていき……。
「!!!!!!!!!!!!!!」
 雷の翼を貫いたのは、女性の胴回りほどもある氷の大槍だった。
「待って! 逃げてぇぇぇっ!」
 絶叫と共に落ちていくキュウキの先にあるのは……。
 華が丘の、バス停だ。


 華が丘の交通量は、さして多いものではない。
 不幸中の幸いか、雷をまとう巨鳥がバス通りに墜落した時、そこを通っている車は一台も存在しなかった。
 そしてそこでバスを待っていた学生達も、全員が魔法使いだった事が幸いした。
「大丈夫!?」
 ハークの眼前を覆うのは、背中から飛び出した黒い翼。防御に特化した両の翼は、巨鳥の落下の衝撃や飛来する小石の弾丸を端から受けてくれていた。
「撫子………ちゃん…………?」
 だが。
 黒い翼の内にいたのは、自らのパートナーではなく……。
「………何でアキラちゃんなの」
「………分かんない」
 特に親しいわけでもない、クラスメイトの少女だった。
「そうだ、撫子ちゃんは!?」
 撫子が魔法を覚えたのは高校に入学してからで、使える魔法も基礎の物がほとんどだ。そこまで強力な魔法は使えないし、当然こんな事態に対応する防御魔法など覚えているはずがない。
 そんな彼女がいた辺りを目にすれば。
「あ、ありがとうございます、維志堂……さん」
 白く輝く両の腕甲で彼女を抱きしめるようにうずくまる、巨漢の姿。
「……おう」
 だがそんな良宇も、自らの護った対象を信じられないような表情で見つめているだけだ。
「ハニエ!」
 第二波がすぐには来ないことを確かめ、良宇が呼ぶのもやはり自らのパートナー。
「こっちは大丈夫だよ、良宇くん! キッスちゃんと冬奈ちゃんも無事!」
 ファファとキースリンの前に浮かぶのは、それぞれの張った二枚の盾だ。二人と抱き合うようにしてガードを固めていた冬奈も、もちろん無傷である。
「おめぇら! ここは危ないから、逃げろ!」
 辺りに走るのは、雷鳥から放たれる雷の欠片。片翼を貫かれようとも、魔物はその力の大半を保ったまま。事実、片翼を貫いた氷の大槍は既に溶け出しており、大穴の開いた翼もその形を取り戻そうとしている。
「おう! と、とにかく逃げろっ!」
 どこからか飛んできた声の正体を確かめる事もなく、一同はその場から散り散りに走り出すのだった。


続劇

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