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19.Hikari hits it!

 スーパーのカートを押しながらため息を吐いたのは、晶。
「うぅ……。なんでジャンケン、負けちゃったんだろう」
 残るのは、八人中二人だけ。
 そんな勝負に勝ち残れなかったのは、日頃の行いが悪いせいだろう。ぼやく晶を見てハークはそう思ったが、さすがに口に出すだけの勇気は出せずにいる。
「愚痴らないの。っていうか、ボクは勝ってたのに、なんでこっちに来ることになっちゃったんだろう……」
 ハークはその勝負に、イチ抜けだった……はずだった。
 なのに何故か、晶と一緒にこうしてスーパーの中を歩いている。
「ハークくん、来なくても良かったのに……」
「別にボクだって来たくなかったよ」
 普段ならば、面倒ごとに巻き込まれた晶が連鎖的にハークを引きずり込むのが定番のパターンだが、今日の晶は珍しくそんな素振りを見せなかった。
 ハークが晶に同行するハメになったのは、ひとえに勝負に負けかけたリリが晶の話を引きずり出したからである。
 そして、それに同意した冬奈と真紀乃が強引に晶との同行を押し進めたと……そういうわけだ。
「ほらほら、二人ともケンカしないでくださいよ」
「別にケンカしてるワケじゃ……」
 そんな二人の言い合いに割り込んできた祐希の様子に、二人は一瞬目配せし合い。
「まあ、祐希くんとキースリンさんほどイチャイチャでもないけどね……」
「さすがにね……。みんなの前で堂々と、だもんね」
 一瞬で矛先を変えるハークに、晶もするりと乗ってみせる。
 普段は言い合いばかりしている二人だが、こういう時のコンビネーションだけは完璧だった。
「そ、それは誤解ですってば……!」
 だが、そのひと言は火に油どころかガソリンを注ぐだけ。
「ちょっと! 男ならそこは認めてあげなよ! キースリンさんが可愛そうだろ?」
「ええっと、あれは私が寝惚けて……」
「もぅ……キースリンさんにこんな嘘までつかせて……。男ならちゃんと責任取りなさいよ!」
 さっきの言い合いは、この展開に持っていくためだけの布石だったのではないか。そう思うほどの連携の良さで、晶とハークは的確に祐希の逃げ場を塞ぎ、キースリンのフォローを打ち返していく。
「そうよ! 責任取ってあげなさいよ!」
 そしてその弾劾に乗っかるのは、三人目の声。
「そうそう! …………って、誰?」
 キースリンでも、無論祐希でもない。
 そいつの名前は……。


 現われたのは、小柄な女性。
 まだ若い彼女は、さして祐希達と変わらないようにも見える。
 ただ一つ彼女が少年達より年上だろうと分かるのは、そのお腹が不自然なバランスで膨らんでいたことだろうか。
「えっと、善意の第三者ということで……」
 謎の妊婦はそんな事を堂々と言い放ち、大きなお腹を張って偉ぶってみせる。
「祐希さん。あのかた……」
 十六年前だが、面影は確かに残っていた。
「…………うん」
 というか、この面倒ごとに率先して突っ込んできて余計話をややこしくする性質は十六年前から健在なのだと、祐希はしたくもないのに納得せざるをえない。
「ほら。君も男の子なら、押し倒した責任取ってあげないとダメよ?」
「押し倒してません! なんでそう話が飛躍してるんですか!」
 責任を取る取らないが、一瞬で押し倒したことになっている。
 圧倒的な展開の飛躍……それも、出来うる限りややこしい方へだ……は、彼女の最も得意とするところ。
「だって…………そうじゃないの?」
「そうですよ」
「違います!」
 即答できた肯定を、さらに速攻で否定する。
 彼女に晶が加われば、まとまる話もまとまらなくなる。その程度ならまだいいが、まとまった話さえまとまらなくなるのだ。
 正直、この二人を同時に相手にするなど、拷問に等しかった。
「押し倒されたことなら……」
「いつの話ですかキースリンさん!」
 そしてややこしい話をさらにややこしくする天才が何の自覚もなく参戦してくるのだ。
 相手は三人。こちらは一人。
「ほら! 認めない男って、最低!」
「ちょ…………何で初対面の人にまで……!」
 絶望という表現すら、表現できるだけまだマシといえた。当然ながら、祐希の顔は解説しきれない微妙な表情で覆われている。
「何やってるんですか、ひかりさん」
 そこにさらに加わってきたのは……。
「…………!」
 一人の青年だった。
「えっとね、この子がこの子を押し倒したんだけど、責任取る気がないんだって。あなたはあたしを押し倒して、責任取ってくれたのにねえ」
「いやひかりさん公衆の面前でそんな話堂々としないで下さいよ……」
 青年が速攻で浮かべたのは、先ほどの祐希と寸分違わぬ微妙な表情だ。
「夫婦なんだから良いじゃない。この子ももうすぐ生まれるんだし」
 夫にそう言って十六年前のひかりが撫でるのは、自身の大きく膨らんだお腹。その表情だけは、いつもの彼女にはない……どこか、穏やかな表情が見て取れる。
「いつ頃なんですか?」
「予定日は来月の末なのよ」
 それは恐らく、10月24日だろう。
 その日に祐希は、ひかりと青年の子供としてこの世に生を受けたのだから。
「そっか……元気なお子さんが生まれると良いですね」
「ありがとう。君も頑張りたまえよ?」
 そう言って祐希の肩に乗せられるのは、青年……かつての若き父の手だ。
「………ですから、そうじゃないんですって……」
 もっともそんな誤解と共に乗せられるなどとは、祐希にとっても想定外の事だったけれど。
 シチュエーションが良ければ泣いていたかもしれないシーンなのに、出来上がってみたらガッカリするほどグダグダだった。
「ひかり。何やってるの」
 そんな祐希の落胆を他所に、ひかりの元にやってくるのは、やや年上らしき細身の女性だ。
「ん? こっちこっち。ちょっと若いコとお話を……」
 赤ん坊を抱いたその姿を見た瞬間、晶の身体がびくりと跳ねて。
「…………っ! ちょっとハークくん! こっち来て!」
「…………え?」
 慌ててハークの襟を掴み、スーパーの奥へと駆け戻ろうとする。
 だがハークも慣れたもの。押していたカートにさりげなく手を回し、自らの仕事を果たすフリをして晶の鹵獲の手を逃れようとする。
「いいから! ちょっと買い忘れた物があるから付いてきてっ!」
「リストにある物は全部揃ってますよ?」
 祐希の言う通り、既に頼まれ物や昼の食材は揃っている。後はもう会計を済ませるだけだったから、こうしてレジまで来たというのに……。
「ったくもう。あなた、あることないこと言いふらしてるんじゃないわよ……?」
 ひかりの性格をよく知っているのだろう。現われた女性は、友人と今日の彼女の遊び相手をぐるりと見回して苦笑い。
 無論、赤ん坊を抱いた彼女は、少年達とは初対面だったが……。
 その正体を理解した者が、この場に二人だけいる。
「あ、すいませーん! その赤ちゃんって……」
 その内の一人は、素知らぬ顔で女性の腕の中にいる赤ん坊をのぞき込み。
「や……ちょっとこら、ハークくんっ!? ダメっ!」
 もう一人は慌ててそれを遮ろうとして……。
「可愛いですね。お名前、何て言うんです?」
 告げられた赤ん坊の名に、がっくりと肩を落とすのだった。

 昼食の買い出しに行っていたグループが兎叶家に戻ってきたのは、それから少ししてのこと。
「おかえりなさーい」
「あ、ファファちゃん達も来てたんだ!」
 四月朔日道場は今日でお暇して、今晩は他のメンバーと同じく兎叶家に泊まると聞いていた。
 明日は9月28日。何が起こるか分からない以上、あまり本隊と離れているのは良くない。特に急に帰るハメにでもなれば、この時代に取り残されてしまう。
「どうしたの? 遅かったじゃない」
「晶ちゃんを連れ戻すのが大変でさ……」
「……何かあったの、晶」
 ファファと一緒に買い出し組を迎えに出た冬奈だが、普段ならメンバーの中で一番元気があるだろう悪友の変わり果てた様子に思わず目を見張る。
「冬奈ぁ………あたし、もうお嫁に行けない……」
「……ちょっとハーク。あんた、何やったの」
 ノーヒントのはずなのにノーウェイトでされた特定に、さすがのハークも声を荒げて反論する。
「祐希くんって可能性はないの!?」
「祐希は晶に手ェ出すくらいなら、キースリンに手ェ出すでしょ。ってか、なんか未遂があったんだって?」
「未遂とか勘弁してくださいよ……」
 話は既にファファや冬奈にも伝わっているらしい。もともと歪まざるをえない情報なのは祐希も諦めているが……それがどこまで歪んでいったのか、正直もう確かめる気にもならなかった。
「で、何したの。いくらハークでも、晶が泣くような真似は許さないわよ?」
「赤ちゃんの晶ちゃんに会っただけだよ。そしたら晶ちゃんが逃げ出しちゃって……八幡宮まで追っかけてたの」
 呟くハークに、同行していた祐希やキースリンも表情を変える様子はない。ハークの言葉にツッコミどころがない証拠である。
「…………なんだ。そんなこと」
 晶の誕生日は冬奈と二日違いの5月24日。四月朔日道場に幼い冬奈がいる以上、晶が生まれているのも当たり前の話だ。
「なんだじゃないわよ。死ぬかと思ったんだから! ……恥ずかしいったらありゃしない!」
 幼い頃の恥ずかしい写真というレベルでない。写真どころか実物を目にされるのは、晶にとって羞恥プレイ以外の何者でもなかった。
「そんなんが恥ずかしかったら、実家に泊まってるあたしはどうなるのよ」
 ファファには幼い冬奈が母乳を飲むところはおろか、おしめを替えるところまで見られている。……というか、そのおしめを替えたのも、ファファだったりするのだ。
 赤ん坊の姿を見られたくらいで死ぬなら、冬奈は一体どうなればいいのか見当も付かない。
「実は冬奈、赤ちゃんプレイが……」
「ハーク。あんた、もっかいちっちゃい晶に会ってきたら?」
「そうしようかなぁ。ちっちゃい晶ちゃん、可愛かったし」
 母親の腕の中で寝息を立てる幼子は、大層可愛らしいものだった。この無邪気な赤ん坊が十六年後にはこうなってしまうのかと、ハークは感慨深い思いを抱いたものだ。
「やーめーてー! また逃げるわよ!」
「じゃ、また追い掛ければ良いだけだよね?」
 さらに言えば、こうやって取り乱す晶をまた見られるなら、華が丘八幡宮まで追い掛けるのも悪くない。
「晶ちゃんのちっちゃい頃、わたしも見たい!」
「じゃ、みんなで行きましょう」
「だから、やめてってばぁ!」


続劇

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