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16.英雄の条件

 華が丘の図書館は、十六年後と同じ場所に、同じ姿で建てられている。
「まあ、こんなもんか」
 レイアウトの違う本棚をひととおり回り終わり、レイジは小さくため息を吐く。
「何か役に立ちそうな資料はあった?」
「全然です」
 ローリの問いにも、小さく肩をすくめるしかない。
 2008年より資料が少ないだろうという予想はあったが、それでも量が少なすぎた。魔法関係の書架はおろか、それを扱ったコーナーすらもないのである。
「まあ、メガ・ラニカの資料はまだほとんどこちらには公開されてないから、こんなものでしょ」
「そうなんですの?」
「まだ接続されて数年ですからね。難しいところだと思いますよ」
 メガ・ラニカ側も華が丘を完全に信用しているわけではない、という事なのだろう。もちろん、印刷技術は魔法に頼るしかないメガ・ラニカで、書籍が大量生産されていない……という事情もあるのだろうが。
「違ってるのは、新聞がマイクロフィルムじゃなくて、紙であるくらいか……」
 とはいえ、当時の新聞はフィルム化されて2008年にもきちんと揃えられている。当時の記事をもう一度読み直すだけで、新たな情報にぶつかる可能性は限りなくゼロに近い。
「まあ、何か気になるところがあるかもしれないし……探すだけ探してみるか」
 幸いなことに手伝いは多く、調べるべき作業は少ない。
 夕方までには、資料のほとんどはチェックすることが出来るはずだ。


 降松の駅前に着いた少女達がやってきたのは、商店街の一角にあるゲームセンターだった。
「うわぁ………ちゃんと筐体に入ってるスト2なんて、初めて見た」
 プリクラやクレーンゲーム、ダンスゲームなどの大型筐体の姿はどこにもない。ただ対面式の汎用筐体がずらりと居並び、激しい電子音をめいめいのペースで響かせているだけだ。
 ゲームもシューティングや麻雀がほとんどで、2008年で幅を利かせるオンライン対戦のできるクイズゲームなどは見当たらない。
「ねえ、ハークくん。百円玉持ってない?」
 2008年のそれとはまた別種の独特さを持つ空気に圧倒されていると、鼻歌交じりで両替機に向かっていた晶が不思議そうな顔をして戻ってくる。
「持ってないけど、どうしたの」
「両替機が動かないのよ」
 両替機に千円札を入れても、入れた場所からするりと排出されるだけ。変な皺があるわけでもないし、入れ方にコツでもあるのだろうか……と思ったその時だ。
「動かないって……これも新札じゃない。動くわけないでしょ」
 脇から覗き込んできた冬奈は、呆れ顔でため息を一つ。
「じゃあ冬奈、お金かして!」
「そんな事に使うお金なんて、持ってません」
 冬奈の持ち金は、聖徳太子があと数枚。もちろん非常時や十六人ぶんの生活費に使うものであって、ゲーセンにつぎ込むためのものではない。
「そんな事じゃないわよ! スト2をこんなシチュエーションで出来るなんて、下手したら一生の思い出よ!」
 もちろんプレイだけなら、復刻版や当時のソフトを買ってくれば出来る。
 だが、年長者達の間で未だ語り継がれる当時の雰囲気や筐体を使った対戦などは、ひと世代もふた世代も後の晶では、どうあがいても体験することの出来ないものだ。
「いいわ。百円なら、貸してあげるから」
「ありがと葵さん!」
 苦笑する葵から百円を受け取ると、晶は意気揚々と乱入台へと向かっていくのだった。


 ゲームセンターの三軒隣が、おもちゃ屋だ。
「うわぁ……!」
 そのショーウィンドウでじっと中の玩具を眺めているのは、はいり。
「うわぁ……!」
 そしてその横でやはりじっと中の玩具を眺めているのは、真紀乃だった。
「………いつもああなの?」
「………いつもああです」
 苦笑する柚子に、傍らでそれを眺めているレムも苦笑いで返すしかない。
「え、あれ? 嘘……」
 そんな中で真紀乃が視線を止めたのは、巨大な人型のロボットだった。レムも真紀乃に付き合わされて、何度かDVDで見た覚えがあるものだ。
「あれが……定価?」
「ちょっと高いでしょ? 遠久山のデパートまで行けば、もう少し安いんだけど」
 小さなおもちゃ屋だから、基本的には定価売りだ。型落ちや終わった番組のおもちゃでも、値段が下がることなど滅多にない。
 仮に下がったとしても一割程度で、最初から二割引の遠久山のデパートよりも割高だったりする。
「高くなんかないです! 新品ですよ!? 発光ギミック完備ですよ!? っていうか保管状態気にしなくていいんですよ!!」
 だが、真紀乃ははいりのそんな言葉を速攻否定。
「そ、そりゃねぇ……」
 現在放送されている特撮の玩具だから、状態が良好なのは当たり前の話だ。むしろ問題があれば、初期不良で普通に交換してもらえるだろう。
「うぅ、でもいきなりアレはキツいかなぁ……でもでもでもでも……!」
 巨大ロボットと、変身用のなりきりアイテム。
 真紀乃が準備していた使えるお金の、ほぼ半分は飛んでしまうだろう。
「………そんなに貴重なものなんですか?」
 はいりにおもちゃ屋に連れてこられる度に目にしているものだ。当然ながら、柚子やはいりの基準では普通に売っている物、という認識でしかない。
「………さあ?」
 真紀乃が気に入っている特撮のグッズなのは、まあ分かる。
 けれど、レムに分かるのもそこまでだ。興味のない者にとって、玩具の価値など全くと言っていいほど分からない。
「十六年後だと、美品なら十倍でも足らないです」
 ぽつりと真顔で呟いた真紀乃の言葉を、理解するまでは。
「十倍って…………えええ!?」
 定価で買って、二つ合わせて五桁と少し。
 その十倍でも足りないと言うことは……だ。
「ひとつ……買っとこうかな」
「…………だね」
 思わずそう呟いてしまったはいりや柚子を、レムも真紀乃も責める事など出来るはずがない。


「じゃあ、ルリと陸に会ったのか?」
 ゲーセンの隅に置かれたパンチングマシーンを叩きながら、ルーナが聞いていたのはファファの話。
「はい。赤ちゃんも生まれて、もうすぐ帰ってくるって」
 未来の話はもちろん出来ない。だが、ほんの数日……それも、友人の安否だけなら話しても良いはずだ。
「そっか。あいつら、無事だったか……。柚子にも後で話してやろ」
 ハイスコアをあっさりと書き換えて、ルーナが見せるのはどこかくすぐったいような笑顔だった。もちろんそれは、半分ほどの力で出したハイスコアの事などではない。
 そんな事を話していると、対戦筐体の置かれたブースで歓声が上がる。
「………何だ?」
「晶ちゃんだよ」
 その歓声の上がっているブースから戻ってきたのは、ハークだった。
「いまんとこ三十連勝。向かうところ敵なし」
 序盤こそ基本移動とガード、必殺技しかないシンプルなスタイルに戸惑ったようだが、それだけだ。
 このゲームセンターでもトップクラスの連中を端から蹴散らして、今はどこまで勝ち抜けるのかという騒ぎになっている。
「まあ、通算プレイ時間ならこの時代の人の比じゃないしねぇ……」
 このゲーセンで最古参のプレイヤーでも、対戦格闘の経験はゲームセンターにゲームが導入されてからの二年ほどでしかない。一方の晶は、コンシューマとアーケードの両方で、既にその倍以上のプレイ経験がある。
 ネットワーク対戦で強い対戦相手にも事欠かないし、ゲームセンターで一日数戦が精一杯のプレイヤーとは溜めてきた経験値の桁も質も全く違う。
「鬼だな」
「鬼だよ」
 その割と一方的な戦いを見物していたハークも、簡潔なその感想に苦笑いをするだけだ。


続劇

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