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11.メロンパンはいかが?

 華が丘の西側は、古くからの家が多い田園地帯である。それは十六年前の世界でも……いや、より古い時代だからこそ、新しい家の割合はなおのこと少なくなる。
 そんな西部のさらに奥まった場所に、その家はあった。
「ここが……兎叶さんの家?」
 かつては農家だったのだろう。納屋まで脇に設えられた、お屋敷と言っても良いほどの大きな家だ。十六名全員が泊まっても大丈夫と言ったのも、あながち冗談ではない。
「はいりでいいよ。ただいまー」
 玄関の鍵を開けて、挨拶を中へ。
 ただ、はいりの声に返事は返ってこない。
「本当に誰もいないのね……」
 広い玄関も、その奥に広がる床の間とひと繋がりに作られた畳敷きの応接間も、親類縁者の全てを迎え入れられるように作られたものなのだろう。もちろんそれは、女子高生一人の家としては明らかに広すぎるものだ。
「お家の方は?」
「色々事情があるらしいわよ。込み入った話のようだから、聞いてないけど」
 問われた銀髪の少女も、ぽそりと小声で返すだけ。
 恐らく葵や柚は知っているのだろうが、はいりが気にしていない以上、無理に聞き出すようなことでもない。
「ホントはお世話になってる人が借りてくれてるんだけどね。ほとんど仕事でいろんな所に出かけてるから、住んでるのはあたし一人なの」
 家族や親戚という表現は、はいりの口からは出て来ない。
 少年達もそれ以上は問わないことにして、ぞろぞろと奥の間へと入っていく。
「あんまり、片付いとらんな……」
 だが、使えるようになっているのは応接間や調理場などの主要なところだけ。廊下沿いにある部屋の大半は古びた家具が置きっぱなしになっているなど、半ば廃墟といっても良い様相を呈している。
「もともと古い農家だから、いろんな道具が置きっぱなしなんだよね。隣の納屋にそのうち移しちゃおうとは思ってるんだけど……」
「………ふむ」
 いくら魔法やそれに類する力が使えると言っても、これだけの量を移そうとなると大仕事だろう。そんな事を考えながらはいりの後に続いていると、先頭を歩いていた少女は唐突に足を止める。
「そうだ! 晩ご飯の買い物、忘れてた……!」
 明日の午後から買い出しに出ればいいと思っていたから、冷蔵庫に残っているのは一人分の食料だけだ。夕方まではそれで問題はないはずだったのだが……。
 振り返れば、一人分の食料では明らかに足りない人数が揃っている。
「もうスーパーは閉まってるよね……」
 既に時計は閉店時間を回っていた。
「コンビニはないし……降松のモールも……ダメだ、車がない」
 境界までは飛行魔法で行けても、降松の繁華街まではかなりの距離がある。余程の特攻部隊を編成しなければ、閉店までに買い物を終えるのは不可能だ。
「そもそもモールはまだ完成しとらん」
「そうなの!?」
「あ、2008年には出来てるんだ? あれが出来たら、色々便利になりそうなんだけどねぇ」
 もっとも残念なことに、ショッピングモールの閉店時間は近所のスーパーと同じだったのだけれど。
 だが。
「食い物なら任せろ! 晶!」
 傍らの少女をびしりと指すのは、レイジである。
 それに答えるように晶は畳敷きの応接間に飛び出して、腰から下げていたポーチを高々と天にかざしてみせる。
「どーこーでーもー」
「違うから!」
 速攻でツッコミを受け、晶はしぶしぶポーチの中に手を突っ込んだ。
「………こんなこともあろうかと?」
 少しごそごそやった後に出てきたのは、パンだった。
「………まあいい」
 次に出てきたのも、パン。
 さらにパンが出てきて。
 呆然とする一同の前に積み上がるのは、パンの山。
「これって……まさか!」
 明らかにポーチの容量と合っていないその山に、ようやく誰かが気が付いた。
 体育祭で、レイジが賭けレースをやっていたことに。
 そして、そこでやり取りされていた賭け金が……パンだったことに。
「おう。先生誤魔化すの、大変だったんだからな」
 人数分を遙かに超えるパンの山を前で、胴元の少年はニヤリと笑ってみせるのだった。


 道場に戻ってきた二人の少女を迎え入れながら、長身の女性は穏やかに微笑んでいる。
「そうか。宿の目処が立ったなら、良かった」
 華が丘に来た数名の旅人に、宿を得られなければ貸す……という約束をしていたのだ。どうやら宿を得ることが出来たらしく、二人の少女がそれを伝えに来たのだが……。
「すみません、泊めてくれるっていう話だったのに」
「気にしなくて良い」
 旅が順調に進んでいるのだ。彼女たちの報告に安心する事こそあれ、不満に思うことなど何もない。
「それで、ですね……」
 だが……。
 この二人だけは、このまま泊まっていきたいという。
「本当に良いのか? 確かに宿代は取らんが、サービスもしないぞ?」
 母屋とは別棟らしき建物の廊下を歩きながら、道場の主は二人の少女にもう一度確かめる。
「いえ、何というか……落ち着く雰囲気なので」
「そう言ってもらえるのは嬉しいが……」
 一人は日本人だが、もう一人の少女は明らかに外国人だ。華が丘高校の留学生以外にここまで若いメガ・ラニカからの渡航者はいないだろうし、日本育ちが長いのかもしれないが……武術道場を落ち着くと言う外国人は、さすがの彼女も初めて出会う。
「二人はこの部屋を使ってくれ」
 やがて女性が足を止めたのは、見慣れた一室の前。
「ここ………?」
「別々の部屋の方が良かったか? 残念ながら、テレビは他の空き部屋にもないんだが……」
 もともと道場に住み込みで通う者のための部屋だが、余分な家具は置いていないから、二人分の布団を敷くには十分だろう。
「いえ、大丈夫です」
「布団は後で置き場所を教えよう。まずは荷物を置いて、夕食にするといい」
「ありがとうございます!」
 十六年前の空っぽの自身の部屋を見遣り、冬奈とファファは互いに顔を見合わせるのだった。


 そのひと口目に伝わってきたのは、さくりという歯ごたえだ。
「なにこれ! 美味しい!」
 はいりの手の中にあるのは、コンビニのパンの包み。
 袋に記された賞味期限は、十六年後の十月末だ。
「美味しいって……普通のメロンパンだけど……?」
 百音達にとっては特に珍しいものでもなんでもない。華が丘に一軒しかないコンビニで普通に並んでいる、百円そこらのメロンパンだ。
「いや、普通じゃないよこれ……。葵ちゃん達にも食べさせてあげたいんだけど……」
 はいりの知っているメロンパンという物は、もっと水っぽくて中はスカスカの食べ物だった。お世辞にも美味しいと思ったことはなかったそれだが……。
 今食べているメロンパンは、明らかに美味い。
 未来の人はこういったものを日常的に食べているのかと思うと、何となく羨ましくなってしまう。
「余ってるから、良かったらどうぞ?」
 焼きそばパンやチョココロネに押されて今ひとつ不人気のメロンパンを、何となくより分けてはいりの前に置いておく。別に不人気というわけではないのだが、定番商品であるが故に突出した人気があるわけでもないのだ。
「ありがとう! ローリちゃんも食べてみてよ!」
 見れば、一緒にやってきた銀髪の少女も、無言でメロンパンを口にしている。無心で食べているあたり、気難しい彼女のお気にも召したらしい。
「…………美味しいけど、それとこれとは別問題よ」


 食事を済ませ、布団を置いてある倉庫へと。もともと使い方の決まっている場所だから、十六年の差があっても置いてある物も場所も作法も、さして変わらない。
 二組の布団を抱えようとした冬奈の足元をぬるりとすり抜けたのは、短い毛の生えそろう柔らかな細身の体。
「…………あんた」
 慣れた感触に、驚きはない。
 ただ……この時代、この場所にいたことに関しては、さすがに少し驚いたけれど。
「……どこの時間から来たんだい?」
「こことは違う時間よ。何か問題でもある?」
 故に、黒猫が喋ったことに関しても、今更驚いたりはしない。
「………あんた、猫が喋るの見ても驚かないんだねぇ」
 それにはむしろ、猫の側が驚いたらしい。倉庫に積み上げられた毛布の上にぽすんと腰を下ろし、そう呟いて小さくあくびをしてみせる。
「……見慣れてるしね」
「あたしはどうでもいいんだけどさぁ。ただ、道を踏み外さないように気を付けなさいよ?」
「分かってるわよ。ありがと」
 抱え上げようとしていた布団をおろし、ポケットに手を入れれば……指先に触れるのは、お菓子の入った小さな袋。
 取り出し、その中の一つを黒猫の小さな鼻先に突き出してやる。少女の指先ほどの大きさの、グミキャンディだ。
「にゃっ!? なんであたしの好物……!」
「たまたまポケットに入ってたのよ。偶然って怖いわね」
 十六年後、半年ぶん渡すと約束していたその一日分だった。
 これも渡したウチに入るのかな……などと考えながら、冬奈は猫が無心にグミキャンディを頬張る様子を眺めている。


続劇

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