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10.田舎に泊まろう!

「どういう………こと?」
 レイジの口から語られた言葉を、はいりは理解しきれない。
「山に登って、事故で亡くなったと言われてます」
 華が丘にしては大規模な捜索が行われたと、当時の新聞には書いてあった。魔法まで投入した捜索を行ってなお、亡骸は見つからなかったとも。
「でも、柚ちゃんって別に山登りとかしないよね……?」
 学校では園芸部、休みの日には図書館にいるか、家でお茶の稽古をしているような娘だ。はいり達と一緒に遊びに出ることはもちろんあるが、それも付いていくことが大半で、自分から行き先を提案するような事も滅多にない。
「だから、それが本当に事故だったのか、あんた達が迎えに来たからなのかは……」
「それは俺達にも分かりませんが……俺達の歴史に繋がるなら……」
 レイジはそれ以上の言葉を紡がない。
 紡がずとも、手水舎に腰を下ろす五人はそれを理解していたからだ。
「ねえ。だったら、未来に残れば……」
「ええ。少なくとも、未来は定まっていませんから」
 定まった歴史は、2008年の10月18日までだ。その先は、悟司達はおろかはいり達も知らない未来となる。
 だがそれは……。
「柚ちゃん!」
 はいりの悲鳴と同時。石畳に響くのは、少女の身体がその場に崩れ落ちる、どさりという軽い音だ。
「テメェら…………っ!」
 慌てて少女の細い肢体を抱き起こし、ルーナは石段から駆け寄ろうとした百音達を睨み付ける。
 2008年の彼女よりも気迫はいくらか劣ってはいるが、放たれた怒気はそれにけっして負けぬもの。もう半歩進み出せば噛み付かれそうな勢いに、近寄れる者は誰もいない。
「大丈夫、ルーナちゃん。さすがにちょっと、びっくりしたけど……」
 ルーナの腕からゆっくりと身を起こし、柚子は力なくレイジ達のもとへと向き直る。
「その日って……いつなんですか?」
 真っ直ぐなその問いに、レイジは傍らの二人だけではない、その横に腰を下ろす百音達も見渡すが……。
 誰もが目を伏せ、だがそれを教えないという選択肢を下すことも出来ずにいる。
 だからこそ、レイジは重ねて言葉を口にした。
「俺達の記録では………92年の、9月………28日です」
「28日って……」
 今日は9月25日。既に日も沈みかけ、あと数時間で26日がやってくる。
「あと三日で……柚が、消える?」
 その言葉の重みに、当人はおろか、少女達の誰もが二の句を告げられずにいる。


 長い長い沈黙の後。
 ようやく口を開いたのは、五人の中で交渉役に位置する葵だった。
「とりあえず、今日は考えさせてくれない? 色々とんでもないことは経験してきたけど……いくらなんでも、話が突飛すぎるわ」
 葵でさえこの様なのだ。本当の当事者となった柚子の心境など、測れようはずもない。
 他の四人も葵の言葉に異論はないらしく、めいめいゆっくりと立ち上がるだけ。
「送って行こうか」
 ローリの元に寄ってきたのは、見上げるばかりの巨漢だった。会議の間はずっと黙っていたが、いつルーナ達が動き出しても対応できるよう、ひたすらに気を張っていた少年だ。
「いい。一人で帰れるから」
 そんな少年の大きな手を軽く払い、ローリが呟くのはそのひと言だけ。
「柚子さんは……」
 そして、柚子のもとへと踏み出したのも、巨漢ほどではないが長身の少年だった。個性がないのが個性……といったような、ごくごく平凡な雰囲気の少年である。
 だが、そんな少年と柚子の間に割り込んだのは、彼女のパートナーだ。
「あたしが送ってく。はいり、葵。今晩はあたし、柚んちに泊まるから」
 2008年の華が丘では、パートナー制度とホームステイ先は一つになっている。だが、魔法科とパートナー制度が始まったばかりの92年の華が丘では、パートナーとホームステイ先はまだ別々のものとして扱われていた。
「なら、あたしもそうするわ。はいりは……」
 そう言いかけたところで、葵の背中をよぎるのは嫌な予感。
「そうだ。みんな、泊まるところってあるの?」


「数人分なら……」
 四月朔日道場に、女子は何とか泊めてもらうことは出来るだろう。だが、十六人の全員で押しかけるわけにもいかない。
「全然足りないじゃない。後は野宿?」
「うむ……俺達はそれで何とか」
 幸いなことに、今は体育祭のあった十月ではなく、まだ残暑の残る九月の末。夜中を外で過ごしても、風邪をひくことはないはずだ。
「その俺達って、ボク達の事も入ってるの?」
 ぼそりと呟いた良宇の言葉を遮ったのは、石段の上から彼のやり取りを眺めていたハークのツッコミだった。
「……ダメか?」
「ダメに決まってるだろ!」
 女の子達に野宿をさせるわけにもいかないから、百歩譲って野宿は仕方ないとしてもだ。着の身着のままでそれを続けるような真似は、ハークにとって絶対に許せない所だった。
 女の子達から「なんか、臭う」などと言われようものなら、ショックで死んでしまうかもしれない。
「なら、ウチに泊まりなよ」


「はいり!?」
 思わずそんな声を上げながら、葵は自らの嫌な予想通りの展開に天を仰がずにはいられない。
「だって、華が丘にホテルなんてないしさ。ウチなら広いし誰もいないから、みんな泊まれるよ」
 それはまあ、否定しない。
 だが、見ず知らずの……それも本当に敵か味方か分からない連中をこうも気安く泊めるなど、葵の感覚からすれば絶対にあり得なかった。
 もちろんはいりの人を見る目は、動物の本能レベルの鋭さを持ってはいるのだが……。
「それにそっちの君、調子悪いんでしょ? そんな人に野宿なんてさせられないよ」
 はいりが声を掛けたのは、石段の隅にいる細身の少年だった。彼女の言う通り体調を崩しているらしく、パートナーらしき少女に付き添われてその身を小さくうずくまらせている。
「…………すんません」
 呟いた声は弱々しく、儚ささえ感じさせるもの。
「…………なら、あたしも泊まるわよ」
「ええっと、それはどういう……?」
「あんた達のことを、このバカほど信用してないって事」
 さらりと口にした言葉にも少年達は困ったような表情を浮かべるだけで、腹を立てる様子もない。自身の立場について、彼らなりに理解しているのだろう。
 だが、そう宣言した葵に視線を寄越すのは、今までほとんど口を開かなかった銀髪の娘。
「葵は柚についててあげて。はいりの家には、私が行く」
「ローリちゃん……」
 ローリははいりと葵をちらりと見遣り、石段に座る未来からの来訪者達をぐるりと見回してみせた。
「悪いけど、私もあなた達のことは信用してないの。……はいりに何かしようとしたら、容赦しないから」
 表情の薄い少女の瞳は、一片の冗談さえ存在することを許さない。その逆鱗に触れれば一体どうなるかなど……想像する必要さえ、ないのだった。


続劇

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