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9.夕焼けの会談

「それにしても、随分多いわね。何人か増える……って程度じゃないわよ。それ」
 葵が校門の所で会ったのは、確か四人だったはず。数人と言うから多くても七、八人くらいと思っていたのだが、目の前にいるのは想定数のさらに倍。
「まあ、色々ありまして……。はいりさん達と話す予定だったメンバーも合流してるので」
「そう……まあいいわ」
 そう言いながらローリにちらりと視線をやれば、銀髪の少女は軽く首を振るだけだ。十六人の少年少女はこちらを取り囲む配置にはないし、何らかの仕込みをしているわけでもないらしい。
 最悪戦闘になっても、十分に打開できる隙があるということだ。
「なら、まずはあなた達が何者か教えてもらえる? なぜあたし達の事を知ってるのか、どこから来て、何でソニアの鈴を持ってるのか……」
 言いながら、高圧的な言い方になりすぎたかとわずかに後悔。
 けれどはいりや柚ではお人好しすぎて交渉にならないし、ローリやルーナは逆ベクトルでやはり交渉にならないだろう。
 こんな時に年長のもう一人の友人がいれば……と思ってしまうが、彼女は今、腕環の通信魔法でも届かない、はるか彼方の帝都にいる。
「…………」
 相手は葵の質問に答えない。リーダー格らしき数名の男子が、何事かをぽそぽそと相談しているあたり、どこまで話して良いものかを決めかねている……といった所なのだろう。
「ソニアの鈴ってのは知らないけど……。これの事なら、未来のはいり先生から貸してもらったのよ」
 脇にいた細身の少女がひょいと四重の腕環を取り出して、さらりとそう答えてみせる。
「ちょっ!」
「おま……水月!」
 相談していた少年達の慌てようを見る限り、彼女の言ったことはどうやら真実と見て間違いない。
 真実と見て間違いない…………。
「未来……?」
「はいり先生………?」
「……………こいつが先生ってガラか?」
「ちょっと、突っ込むところそこ!?」
 ……のだろうが、いくらなんでも話が飛びすぎている。
「ええっと………もうちょっと、分かりやすく話してくれる?」
「だーかーらー。むぐー!」
「しばらく黙ってて、晶」
 晶と呼ばれた腕環の少女は、周囲の女子達に羽交い締めにして後ろへ引きずられていく。
「とりあえず、誰か事態を簡潔に説明してもらえない? その子の話で何か突拍子もない事があるのは分かったけど……話が全然見えないわ」
 そして葵の言葉に続いたのは。
「あとさ。……座って話そうよ」
 小さく手を上げた、はいりの言葉だった。

 華が丘八幡宮の境内に伸びるのは、長い影。
「………なるほど」
 夕焼け空の紅を受け、長い長い話を聞き終えた葵は小さくそう呟いてみせる。
 ちらりと脇を見れば、石段の脇に設えられた手水舎に腰掛けた四人も深刻な表情を崩さないまま。少なくとも話を理解していない面子はいないらしい。
「あなた達は、メガ・ラニカを支えるツェーウー……蚩尤の魔力が枯渇した、2008年の未来から来たと」
 頷くのは、石段の隅に腰を下ろしているレイジと呼ばれていた少年だ。
「そして時の迷宮に送り出してくれたのが、未来のあたしや葵ちゃん……」
 しかも、送り出しただけでなく、彼女たちは少年達のクラスの担任教師まで務めているのだという。
「はい。蚩尤の封印を調節するためには、封印の中枢を担当した柚子さんの力が必要だって聞いて……」
 はいりの言葉に答えるのは、祐希と名乗った少年だった。どうやらレイジと彼の二人が、このグループのリーダー格を務めているらしい。
 恐らくは、学級委員といった所なのだろう。
「確かに蚩尤を封印したのは私たちだし、中枢を担当したのは柚よ」
 本当ならば、隠しておきたい話だった。
 けれど、既に少年達にははいりとローリの変身した姿を見られ、さらにその正体さえ見破られている。これ以上誤魔化し通すのは不可能だろう。


「………この話を知ってるのは私たちと、ごく限られた数人だけ。確かにあなた達は、未来の私たちから話を聞いたのでしょうね」
「メガ・ラニカの上層部は……知らないんですか? ルーナレイアさんは知ってるみたいですが……」
 葵達の話の間、メガ・ラニカ人であるはずのルーナは表情を崩す様子さえ見せなかった。ということは、少なくともルーナははいり達の事情を知っていることになる。
 だからこそ2008年のはいりは、ルーナにも事情を話して良いと助言してくれたのだろう。
「まあ、こいつらとはちょっと因縁があってな。ツェーウーの封印も、前に少しだけ緩めてもらったことがあんだ」
「緩められるんですか!?」
 ルーナがぽそりと呟いたそれは、階段に腰掛けた一同をどよめかせるに十分なもの。
「本当にちょっとだけ、な。流石にそれじゃ足りなかったから、メガ・ラニカが開国することになったんだが……」
 そこから2008年に第四結界が壊されるまで状況が変わっていないという事は、華が丘高校の第四結界が稼働を開始した今の段階では、メガ・ラニカのマナは足りているか、崩壊も許容できる範囲に抑えられているという事なのだろう。
「そこでもうちょっと調整するわけにはいかなかったんですか?」
 祐希の問いは、ごく当たり前のもの。
 その段階で十分な量のマナが確保できていれば、2008年の事件はおろか、メガ・ラニカが開国する必要さえもなかったということになるのだから。
「………それ以上緩めると、蚩尤が復活する可能性があったから。蚩尤が復活するとどうなるか、聞いてるでしょ?」
「世界が……滅びる」
 何せ、封印されていてなお、世界を一つ支えるだけの力の持つ存在だ。眷属であるキュウキの力を得たレムの様子を見れば、その主がどんな性質の持ち主かなど容易く知れる。
 キュウキの如き暴れぶりで、その数千、数万倍の力が振るわれれば、世界がどうなるかなど……想像に難くない。
「当時のあたし達じゃ、それが限界だったの。未来のあたし達は……何か考えがあるんでしょうね」
 首を傾げる葵の様子に、自身の傍らに座る悟司と祐希を見れば……レイジの続けたい言葉を察してくれたらしい。小さく頷き、続きを促してくれる。
「それは……メガ・ラニカの偉い人達……例えば、ルーナレイアさんのお母さんとかは知ってるんですか?」
「言うとロクな事になりそうになかったから、言ってねえよ。……つか、母さんの事も知ってるのかよ」
「さっき話した、リリとレムを使ってマナを補完する計画に関わっているのが、ルーナレイアさんのお母さんです」
 一言一句を選ぶようにしながら、祐希は慎重に言葉を紡ぐ。
 本当は大ブランオート一人の計画ではないのだが、この時代のフィアナや他の大魔女が大魔女の地位を得ているかどうかは定かではない。もし大ブランオートが大魔女でなければ、ルーナに余計な情報を与えてしまうことになる。
「あのババァのやりそうな事だな。あと動いてるとすりゃ、ドルチェかクレリック、バンブルビーあたりか……」
 連なる名前は、どれも大魔女や大魔術師の称号が付いていない。それが本当に大魔女ではないのか、それともルーナが単に不敬を働いているだけなのかは分からないままだ。
「時の迷宮で時間を超えられるっていうのは本当だ。探索に行って帰ってきた奴はほとんどいねえけど、そういう報告はあるって聞いてる。……未来には、その辺を歩く方法もあるんだろうな」
 ルーナの言葉を、はいり達も真剣に聞いている。少なくとも、未来から来たという事は信じてもらえたようだった。
「じゃあ……」
「……だからって、はいそうですかって柚を渡せるわけがないじゃない」


 言い放った葵の言葉に、少年達は動かない。
 少女達も、動かない。
 葵の意見は至極真っ当なものだ。恐らくはこの場の誰が同じ立場だったとしても、同じ言葉を発しただろう。
「ねえ……。何で、そんなに悩んでるの?」
 ただ一人を除いては。
「はぁ!?」
「だって、ちょっと行って、すぐ帰ってくるだけでしょ? その時の迷宮っていうのが大変な場所なら、みんなで行ってもいいし」
 声を荒げる葵に、はいりは不思議そうな顔で問い返すだけ。
「この人達も困ってるし。それに、蚩尤を封印したのはあたし達だしさ……それが原因なら、放ってはおけないよ」
 あまりにシンプルな結論に、手水舎に座る少女達はおろか、2008年から来た旅人達も思わず口をつぐんでしまう。
「……………ええっと、ですね」
 長い長い沈黙の後。
「レイジ。……言っていいのかよ」
 口を開きかけたレイジを止めたのは、悟司だった。
「………ここまで説明したんだ。俺が言う」
「ん?」
 レイジの真剣な表情にも、はいりは首を傾げるだけだ。
 だが、その穏やかな表情が……。
「多分……元の時代には、帰れないと思います」
 そのまま、凍り付いた。
「はいり……あんた、今までの話、ちゃんと理解してなかったでしょ」
「え? だって、封印を少し調節して……」
 ため息を吐く葵にも、はいりは要領を得ない答えを返すだけ。
 封印を調節すれば、2008年の未来は救われる。それで、めでたしめでたしではないのか。
「調整するだけなら、2008年のあたし達が揃ってれば済む話じゃない」
 そう。
 過去の世界の柚子に助けを求めに来たという事は、該当する時代には柚子は存在しないという事だ。
 彼女たちの持つ魔法ならざる力を使えば、例え世界の裏側にいようとも、呼び寄せることなど造作もないのだから。
 それは即ち……。
「柚。これ以上は聞かない方が……」
 そっと手を伸ばし、傍らの小さな手に重ね合わせるのは、ルーナだ。パートナーの表情はかすかに青ざめ、細い手は小刻みに震えている。
 当たり前だ。自身のそんな運命を伝えられて平気でいられる人間など、どんな時代とて居ようはずがない。
「言って」
 だが、そう断じたのはルーナの反対側から少女の手に手を重ねていた、銀髪の娘。
「ローリちゃん!?」
「柚も、もう分かってるんでしょ」
 ローリの言葉に、柚子は小さく首を縦に。
 大神柚子は聡い娘だ。はいりのように、何もかもを楽天的に考えて済ませられるタイプではない。
「なら、聞いた方がすっきりする。少なくとも、自分の悪い想像に押し潰される事はないわ」
 だが、はいりのように自らの運命を受け入れる強さは、しっかりと持ち合わせている。
「……お願い、します」
 だからこそ、少女は首を縦に振り、決意の言葉を紡ぎ出す。
 それを確かめてなお、少年達は互いに顔を見合わせるが……手水舎に座る少女達に促され、やがて言葉を選ぶように口を開く。
「俺達の歴史では、柚子さんは既に存在していません」


続劇

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