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7.世界で最も近き神話

 砂獅子の消えていったゲートを覆うのは、無数に走る光のライン。
 赤い戦衣の少女ではない。彼女の後方で魔術書を開いていたもう一人の少女が放つ、光の魔法陣だ。
「ねえ、百音ちゃん」
 そんな光景を眺めながら、地上に降りてきたハークはメガ・ラニカ育ちの魔法使い達に声を掛ける。
「うん。あれ、メガ・ラニカの魔法じゃないよね……」
 百音自身は、魔法陣を扱うエピックの心得はほとんどない。だが目の前で展開された術式は、祖母の家で目にしたいかなる魔術書ともその様式を異にするものだ。
 ようやく体調を戻したらしいレムも同じなのだろう。ちらりと視線を寄越したハークに、同意の頷きを返してみせる。
「封印完了。これで当分は、ここから出入り出来ないわ」
 しかもゲートの封印というものは、高位の魔女が数人がかりで行うものだ。百音達とそう年も変わらぬだろう少女達が、この短時間で易々と行えるようなものではない。
「キミたち、大丈夫!?」
 優しく問いかける少女達の表情は、光の下でもよく分からない。けれど、その姿を……百音は確かに知っていた。
「ありがとうございます。はいり…………さん?」
 瞬間、赤い戦衣の少女の動きが凍り付く。
「ローリ………ちゃんも……」
 そしてハークが呼んだのは、青い法衣の銀髪の少女。
 どちらもまとうそれは、かつてはいりの家で見た写真とは別の人物が着ていたものだったが……少女の元気な雰囲気と特徴的な髪型は、写真のそれと違わぬ物だ。
 ハークの問いに、銀髪の少女は口を開かない。
「ええっと……ローリちゃん……」
 だが、はいりがぽつりと呟いたその瞬間。
 銀髪の少女は長靴を鳴らして歩み寄り……。
「バカ! 難識別の魔法、ちゃんと張っとけって言ったでしょ!」
 思い切り、相棒の頭をぶん殴った。
「は、張ってるよぅ……! っていうか、ローリちゃんも気付かれてるじゃない!」
「…………」
 頭を押えるはいりの逆ツッコミに、ローリは言葉を詰まらせたまま。
 難識別……相手に正体を気付かれにくくする魔法は、間違いなく張ってある。その魔法を破るには、相手がこちらの正体を確実に把握している必要があるのだが……。
「キミたち…………一体何者?」
 ローリの記憶の中に、少女たちの姿はない。そもそも人前でこうして戦うことさえ希なのだから、正体がバレる事もないはずなのに。
「それよりローリちゃん、時間ヤバい! 五時間目、バンブルビー先生の魔法基礎だった……!」
 言われ、昼休みが既に終わりかけている事に気付く。
 飛行魔法で飛んで帰っても間に合わないだろうからと、少女が開くのは先ほども使った魔術書だ。
 望むページを即座に開き、必要な魔法を即座に展開させる。
「鈴は後で返すわね」
「うん。よろしく!」
 呟くローリの腕に揺れる腕環は、一重ではなく二重。はいりの腕環は、晶の持つオリジナルの四重ではなく、一つ減じた三重となっている。
「はいりさん! お話ししたいことがあるんですけど!」
「ごめん、もう帰らないと! もし良かったら、夕方に……華が丘八幡宮って分かる?」
 ローリの周囲に張られるのは、先ほども見た異則の魔法陣。その内から飛んできたはいりの声に、百音は大きく頷いてみせる。
「分かります。じゃ、境内で待ってますね!」
「ありがと! それじゃお願い、ローリちゃん!」
 どこか不満そうなローリは、はいりの言葉に小さく首を縦に振り……。
 そのまま、二人の少女はその場から姿を消した。


 華が丘高校一年A組の教室に飛び込んだのは、小柄な少女の姿だった。
「すいません、遅くなりましたっ!」
 既に教壇には年配の教師が立ち、入口に立つはいりを厳しい目つきで睨んでいる。
「トイレか? 兎叶」
「ごめんなさい。バンブルビー先生」
「……まあいい、席に着け。で、次のページだが……」
 こそこそと席に着いて鞄から教科書を取り出していると、後ろの席から小さな声が掛けられてきた。
 もちろん教師に聞かれないよう、ノートの隅にはメガ・ラニカの様式で消音結界のエピックが描かれている。
「……魔物の反応、どうだった?」
「変な入口が開いてて、そこから魔物が出てきてたよ。とりあえず追い返して、ローリちゃんに入口を塞いでもらったんだけど……」
 そこで出会った少女たちの話をどう説明しようかと考えていると、先に葵が話を切り出してきた。
「なら良かった。それより、例の鈴持ってる連中の話なんだけど……」
「そうそう。あたし達も、変わった子達に会ったの。あたしやローリちゃんの正体、知っててさ……」
「なんですって!?」
 明らかにカウンターで叩き付けられた爆弾発言に、葵は思わずその場を立ち上がる。
「…………雀原。どうした?」
「な、何でもありません……」
 無論、ノートの隅に書いてある程度の消音結界でどうにかなるレベルの声ではない。
「居眠りならもっと静かにやりたまえ。せめて、その結界で隠せる程度のな」
 バンブルビーにじろりと睨まれ、葵は周囲からの笑い声を受けながらこそこそと席に着く。
 だが、そんな事ははいりの語った事態からすれば、些細なことでしかなかった。
「………後で詳しく聞かせて。柚も呼んで来なきゃ」


 華が丘川に沿った道は、十六年を隔てた今も昔も変わりない。
 先ほどのはいりやローリとの邂逅がなければ、2008年に戻ってきていたと言われても信じられるほどに。
「さて、と。はいり先生達と会えはしたんだけど……」
 偶然ではあるが、運の良い偶然だった。少なくともこれで、目的の第一段階は達した事になる。
「後は、情報収集かな。まずは今日が何日かを確かめないと……」
 本来なら先ほどの時点ではいり達に聞けていれば良かったのだろうが、それに気付いたのははいり達が転移の魔法で姿を消してからのこと。
 ここから近く、時間や日付が確かめられるような場所となると、コンビニかその先にある駅、そして商店街のいずれかだろうが……。
「ボク、先に華が丘高校に行ってていい?」
 そう言って背中のバックから黒い翼を拡げたのは、ハークだった。
「ハーク、単独行動は……」
 携帯が使えない92年の華が丘では、連絡を取り合う手段がない。単独行動中に何かが起こっても、危機を伝えることも、助けを呼ぶことも出来ないのだ。
「いいよ」
 けれど、単独行動を諫める良宇を制したのは百音だった。
「晶ちゃんが心配なんだよね?」
 悟司の事も心配ではあるが、しっかり者の彼のことだから、街の中である限り何とかやっていくだろうと思っている。
 しかしメガ・ラニカ人の感覚からすれば、92年のこの場所は2008年以上の異境の地。特に晶は女の子だし、心配になる気持ちはよく分かる。
「………他の人達に迷惑掛けてないかがね。ついでだから、他のみんなの状況も確かめてくるよ」
 そう言われては、良宇達もそれ以上の反論も出来ない。
 さらに言えば、この中で遊撃役を務められるのが彼だけなのも、また事実。体力のある良宇と治癒魔法の使えるリリは体調を崩したレムに付いている必要があるし、余裕のある百音は飛行魔法が使えない。
「じゃ、セイルくんがお腹空かせてないかもお願い!」
「分かったよ。なら、夕方に八幡宮の境内でね!」
 リリの言葉に軽く手を振って、ハークは一路、北を目指す。


続劇

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