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2.再会 2008

 目指す先は、南西へ二千歩。
 二千歩、だった。
「……冬奈ちゃん。ここまでで、どのくらいだったの?」
 辺りは見渡す限りの白い靄。何か目印でもあればそこで区切りを付けることも出来たのだろうが……何もないこの迷宮の中では、自らの記憶とハークの持つコンパスに頼るしかない。
「多分、千二百歩くらいだったと思う。良宇は……」
 冬奈の視線に、良宇も小さく首を振ってみせる。
「…………すまん。八百歩あたりから分からんくなった」
「ファファは?」
 傍らを寄り添うように歩いていたパートナーも、ゆっくりと歩く良宇を視線で追っていたはずだ。
「ごめんなさい。冬奈ちゃんと晶ちゃんが言い争ってる間に、分かんなくなっちゃった……」
 けれど、その彼女も首を小さく横に。
「あーあ、冬奈」
「………あんたの所為でしょ」
 方向までは見失っていないから、スタート地点に戻ることは出来る。そこまで追い詰められていないことを感謝するべきか、それともとりあえず目の前の親友をぶん殴っておくべきか……。
「大雑把にはあと八百歩か……。だいたいでもいいのか?」
「どうなんだろう……」
 とはいえ、実際の所どこを基準に二千歩かもよく分かってはいないのだ。今の地点から残り八百歩を歩いたとしても、それなりに上手く行く気がしないでもない。
「うーん。あのパパがそんなにきっちり数えてるとは思えないけどなぁ……」
 そんな時だ。
「…………どうしたんだ、お前ら」
 旅人などいないはずの時の迷宮で、掛けられる声があったのは。


 掛けられた声は、場にいた誰の声でもない。
 けれどその声の主を知る者は、十六人の中にちゃんといた。
「ランドくん! ラピスちゃん!」
 ファファ達と同世代程度の、旅装束の少年と少女。二人組のの彼らがファファ達と最も違うのは、ラピスと呼ばれた金髪の少女がその細い腕に小さな布の包みを抱えている事だろうか。
「ファファちゃん、冬奈ちゃん。……どうしたの、こんな所で」
「このかた達は?」
「ファファの家にお世話になってた人達よ。メガ・ラニカに帰省したとき、仲良くなってね」
 ファファの実家、さる事情で施療院の離れで暮らしていた二人である。夏に会った頃はラピスのお腹は随分と大きかったが……今はむしろ痩せ気味なほどに細い。
「なるほど……って事は……」
「その先は黙っとけよ、悟司」
「分かってるよ」
 レイジに脇を軽く小突かれ、ファファ達のやり取りを見守っていた悟司もそれ以上の言葉は口にしないことにする。
「パ…………むぐぐ」
「はい、リリもちょっと黙ってようね」
 そして、平然とその事実を口に上らせかけたリリの口も、傍らにいた晶によって塞がれる。
「そっか。ランドくん達、別の時代の人だったんだ」
「別に騙すつもりはなかったんだけどな。コイツが生まれるまでの間だけだったし……あんまり言いふらしていい事でも無かったしな」
 ランドが示すのはラピスが抱えた布包み。その中で小さな寝息を立てているのは、小柄な少女の腕に収まるほどしかない赤ん坊だ。
「今いくつになったの? リリちゃん」
 リリの名は以前もらったランドからの手紙で知っていた。ファファの知るもう一人のリリとの違いに複雑な思いを感じつつも、流石にそれを表に出すまではしない。
「もうちょっとで一歳だよ。流石に生まれたばっかりじゃ、時の迷宮の旅はキツいからな」
 この旅路を理解しているのかいないのか。寝ているリリは、少女たちの会話にも目を覚ます気配すらない。
「92年までは、遠いよねぇ……」
 そんな穏やかなやり取りに、ファファはぽつりと呟いて。
「…………ん? 俺、92年って言ったっけ……?」
「ファファ!」
「あ……」
 ランドの呟きに、少女たちは思わず顔を見合わせる。


「………なるほどな。まあ考えてみりゃ、リリと同い年くらいだもんなぁ」
 ランド達の過ごした2008年は彼らの住む92年から十六年の後となる。リリが順調に成長すれば……そして華が丘にいるとすれば、華が丘高校の生徒になっている可能性が高い。
 さして広くもない華が丘のこと。ファファ達が年の近いだろうリリを知っていたとしても、不思議でも何ともない。
「うん。……ランドくん達のことも、ホントは知ってるの。陸くんと、ルリちゃんって言うんだよね?」
 その言葉に、ランドはため息を一つ。
 歴史の構造に関わる問題である。黙っていたことで何か言う気はないし、それは彼もお互い様だ。
 2008年でルリの母親には見つかったが、ファファの両親達を含めて彼の事情を知る者はいないはず。……まあ、二度と2008年に戻る気はないし、今更詮索はしてもどうにもならないのだが。
「まさか、この中に未来のリリちゃんがいたり……しないわよね?」
「さすがにそれは……」
 何となくのラピスの言葉に、リリは乾いた笑いを挙げるだけ。
 まさか目の前の少女が当の未来のリリだなど、口が裂けても言えはしない。
「あ、これ以上、未来の話は教えられないよ?」
「聞きやしねえよ。BTFは三作とも見たからな」
 タイムパラドックスの怖さは、映画で十分に知っていた。だからこそ2008年にいる間も、なるべく周囲の情報を入れないようにしてきたくらいなのだ。
「それで、みんなは何をしに時の迷宮に?」
「どうしても助けたい人達がいるから……」
「………色々、事情があるんだな」
 事情云々は、陸達が言える義理ではない。それにファファや冬奈の性格上、悪いことをしに行くわけではない事も分かる。
「でも、92年に行こうとして迷っちゃったの。ランドくん達は分からない?」
「何日の何時、ってのは厳しいと思うけど……月程度なら何とかなると思うぜ。地図あるし」
 そう呟いて陸がポケットから取り出したのは、一枚の紙切れだった。
「ホント………って、地図ぅ!?」
「俺達が歩いた範囲の中だけだけどな。リリと2008年に行くまでに、メモ書き程度に作ったんだよ」
 ボロボロに使い込まれたボールペン書きのそれは、彼らの旅がいかに過酷だったかを無言のままで語ってくれる。


続劇

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