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27.『今』がその時だ!

 放たれたのは、正確無比の十発の弾丸。
 その精度は悟司のそれの比ではなく、また弾丸そのものも伝説の金属と呼ばれたミスリルだ。
 月瀬の手を離れたが最後、確実に相手を貫くはずのそれは……。
「な…………」
 悟司を貫いては、いなかった。
 無論、百音もレイジもだ。
 理由は簡単。
 防ぐ者が、いたからだ。
「紫音……先……輩………?」
 百音達の前に立つのは、一人の少年だった。
「大丈夫かい、百音。二人とも」
 ゆらりと長い杖を廻し、幾重にも重ねて張った減速と防護の結界を解除してみせる。
 ミスリル、それも一流の使い手のレリックだ。単純に防ぐのは不可能に等しい。けれど、弾の勢いを殺し、柔らかく張った盾で次々と衝撃力を鈍らせていけば、受け切ることはさして難しいことではない。
「紫音……お前……」
「例えお婆さまといえど、百音やウチの生徒に手を出すつもりなら……引き下がるわけにはいきませんよ。華が丘の生徒会役員としてね」
 微妙に視線を外すレイジに……以前、青タンを作るほどの一撃を食らわせた時の記憶がトラウマになっているのだろう……苦笑しつつ、美春紫音が起動させるのは無数の雷の弾丸だ。
 かつて百音や悟司と戦ったときのそれの比ではない。
 あの時の彼はけっして本気ではなかったのだと、今更ながらに思い知る。
「先輩、無理っすよ! 相手は大魔女ですよ!」
「そうかい? こういう戦いは、君の得意分野だと思っていたけどね……ホリンくん」
 勝てる相手とは思わない。
 けれど、負ける相手でも……ない。
「まあ、やってみるまでさ」


 真紀乃達の前に現れたのは、一人の女の子だった。
 華奢な身体にサラサラの金髪。
 あまりに場違いで、明らかに真紀乃達よりも年下の彼女は……。
「……ルーニ先生!? 何でこんな所に……」
 腕の長さほどの短杖を提げたルーニは、呆然としたままの真紀乃にいつものと変わらぬ不敵な顔を見せるだけ。
「ちょっと頼まれてな。可愛い教え子の危機って言われりゃ、仕方ないだろ」
 ボロボロの真紀乃にレム、疲れ切ったファファの様子と相手の顔ぶれで、だいたいの状況を把握する。
「子門。だいたいの事はソーアには伝えてある。終わったら……ちゃんと話してやれ」
「………いいんですか?」
「いいも何も、ここまでこじれたら秘密も何もないだろ。やるなら徹底的にやれ」
 本来、錬金術は魔法には劣るものだ。
 けれど、真紀乃の場合は少々事情が異なる。
 確かに錬金術の防御は魔法のそれには劣るものだが、彼女のレリックの弱点……中距離攻撃時における、自身の防御力……そこを補うには十分以上の力となる。
「コスモレムリアの魔女……。また、かき回しに来たのですか」
「うるさい年寄り。わたしはわたしの仕事を果たすだけだよ。今までも……これからもね」
 口の中で幾つかの言葉を転がし、短杖で真紀乃を指し示せば、真紀乃の身体から痛みがすっと消えていく。
「行けるな?」
 ルーニの言葉に答えるのは、応というひと言のみ。
 そしてポケットから取り出すのは、六角形の……。
「………核金」
 そう呼ばれる部品だと、かつてレムはルーニから聞いていた。
 レムの言葉に真紀乃は静かに頷いて。
「レムレム……見ててください」
 かざす核金に、起動の言葉を叩き込む。
「あたしの、変身!」


 白い世界に傲然とひるがえるのは、やはり純白の白衣だった。
「貴方は………」
 その男の事を、ローゼは知っている。
 そして恐らく、彼もローゼの正体を知っている。
「久しいな。仮面の剣士」
 だが、男はローゼをそう呼んだ。
 彼の視線にあるのは、仮面の剣士ただ一人。メガ・ラニカの騎士団長も、華が丘高校の誇る魔術師も、師匠たる銀色の剣士すらも眼中にはない。
「ほぅ……いい目だ」
 警戒することも、攻撃の意思を示すこともなく。どこか懐かしいものでも見るように、アージェント・ローゼは現れた白衣の怪人物を眺めているだけだ。
「京本先輩、なんでこんな所に……?」
 そして、最大の疑問を口にしたのは、祐希だった。
「私が呼びましたの」
 どこからともなくふわりと現れたのは、金髪の少女と、その足元を歩く黒い猫。
「ロベルタ……陰……!? あんた達、何で……!」
「ごめーん。しゃべっちゃったー」
 そして冬奈の問いに悪びれる様子もなく答えたのは、黒猫だ。
「ちょっ……! あんた、半年分!」
 あれにはあの時の計画の口止め料も入っていたはずだ。いくら同居人とはいえ、言って良いことと悪いことがある。
「いいじゃん。助かったでしょ?」
 結果的に助かったのは確かだが、それとこれとは話が違う。半年分の残りはナシだと、冬奈は心の中で勝手に決めておく。
「さて。増援は構わないが……君たちで何かするつもりかね?」
 喋る黒猫にわずかに目を細めはするが……アージェントの反応はそれだけだ。
 強い力を持つ相手もいくらか混じってはいるが、そいつですらもけして勝てない相手ではない。
「僕たちは何もしないよ」
 けれどさしもの老剣士も、白衣をひるがえして堂々と言い放つ怪人の言には目を見張る。
「するのは………僕の愉快な部下達さ!」
 言葉と同時、無限に広がる結界世界に亀裂が走り。


 現れた『四人目』の姿に、リリはその目を疑った。
「パパ………?」
 見上げるばかりの長身に、いつもの軽薄なカラーシャツ。首から下がるペンダントを振り抜けば、その手が掴むのは身ほどもある大剣だ。
「私もいるわよ」
「ママ………!」
 セイルと良宇の肩に触れ、淡い光を灯らせるのは穏やかな色のワンピースに身を包んだ女性だった。優しく微笑んで立ち上がる頃には、二人の少年の傷は跡形もなく消え去っている。
「おや。誰の手引きでこんな所まで来たんだい?」
 白い結界世界の魔法は、それなりに高度なエピックのはずだ。入れる手段が無いわけではないが、かといってそう簡単に進入できるものでもない。
「最近の生徒は、進んでる連中が多くてなぁ」
 華が丘高校で最も進んだ魔法研究は、結界破りである。とある桁外れに強固な結界をどうしても抜けたいと願い続ける一部の有志が、脈々とその技術を進化させているのだ。
 その技術を使えば、この程度の結界に入り込むことなど造作もない。
「………お前が言うと、説得力がないね」
「うっせぇ。クソババア」
 ヘラリと笑う陸に大魔女が構えるのは、先ほどセイルを吹き飛ばした大鎚だ。
「けどお前、あたしに勝ったことなんか無いじゃないか。そんなのが一人増えたところで、大して変わんないだろ」
 優秀な癒し手も加わったから、継戦能力が上がったのは間違いないだろうが……攻撃力が上がらなければ、それはただ苦しみが長引くだけだ。
「応援はもう二人いンだよ。……俺より強いのがな」
「………誰が」
 その問いに答えたのは、陸ではない。
 無言で手を上げてみせる、二人の女性。
「近原先生……!」
「はいり先生………!」
 晶の言葉に、はいりはいつもの人なつっこい笑みを浮かべ。
「待たせてゴメンね。今が……『その時』だよ!」
 その声と共に、白に閉ざされた世界は音を立てて砕け散る!


続劇

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