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23.戦い、暮れゆく

 トラックに並ぶのは、体育祭実行委員の腕章を付けた魔法使い達だ。手に手に魔法携帯を取り、ゆっくりとそれを掲げていく。
「さあいよいよやって参りました! 最終競技、男女混合魔法障害物リレー!」
 携帯から流れ出す呪文から組み上げられるのは、リリック。
 大地に突き立てられた槍からトラックへ伝わるのは、レリックの力。
 そしてトラックに描き出されるのは、液晶に表された陣から転写されるエピックだ。
「魔法科の各クラスから二名を選出し、紅組と白組の各チーム計六名でのリレー競争となります!」
 大地を操る魔法によって巨大な石壁が次々とせり上がり、そこに絵筆から生み出された炎が絡みついていく。
 最後にそこに至るまでの地面が描かれた陣の力で大きく波打ち始め……。
「障害物は魔法によって作り出されますが、レース中にも次々と内容が変わっていきます! 使う魔法は飛行魔法と転移魔法を除いて自由、攻略法ももちろん自由!」
 最初の呪文を完成させた実行委員達は、既に次の魔法の準備を始めているようだった。
 走者ごとではなく、本当にリアルタイムに効果を変えていくつもりらしい。
「…………あれ、ホントに出るの? ファファ」
 入場門に様子を見に来ていた冬奈の言葉に、ファファの表情もほんのわずかに引きつっている。
「う……うん。頑張ろうね、維志堂くん」
「おう。任せておけ」
 唯一の頼みは、第一走者の良宇が表情一つ変えていない事だろう。
 やがて、入場行進が始まって……。
「そうだ、維志堂くん。ひとつお願いがあるんだけど……いいかな?」
 スタートラインへと向かう良宇に、ファファはそんな声を掛けるのだった。


 三年の実況をぼんやりと聞き流しながら、屋上からレイジが眺めるのはグラウンドだ。
 実行委員達の手によって、障害走のコースは今までにないほどに奇怪なコースと化している。見かけほどの威力はないのだろうが……それでも、戦列に並ぶパートナーとクラスメイトは大丈夫なのかと案じてしまう。
「ああ、ホリンくん。こんな所にいたのね」
 そんなレイジの背後から掛けられたのは、担任の女教師の声。
「………雀原先生」
 レイジの方を見るでもなく、葵はレイジの傍らで手すりにその身を委ねてみせる。
「みんな、色々と裏で動いているみたいね」
「……何の事やら。俺達は、俺達で出来ることをしてるだけですよ」
 そう。
 自分達に出来ることを、しているだけだ。
「そう」
 それ以上の問い掛けをする事もなく、葵もぼんやりとレースを眺めているだけだ。
「……そうだ、先生。一つ聞きたかったんですけど」
 響き渡るのはスタートピストルの音。
 走り出す選手は、共に魔法科一年の男子だ。
「何?」
 白組のトップバッターは良宇。
 紅組のウィルが炎の壁を華麗に跳び越えていくのとは対照的に、レリックの腕甲を喚び出して、力任せに拳を叩き込んでいく。
 それほどの強度はないのか、あっさりと石壁は砕け散っていくが……。
「なんであの時、ハニエを障害物リレーに出していいって言ったんすか」
 次の走者であるファファは、既にスタンバイ済み。
 だが、ファファには良宇のようなパワーも、特に力のある魔法が使えるという話も聞いた覚えがない。
 唯一の回避手段であろう飛行魔法は禁じられているし、クラスの誰もがお世話になっている治癒魔法は、ここでは彼女の力にはなり得ないはずだ。


 意識を集中すれば、目の前に広がるのはいつも見ているものとは違う世界。その光景を記憶に焼き付けて……。
「ハニエー!」
 後ろから飛んできた大声に、集中させていた意識を元の世界へと引き戻す。
「ハニエ! 任せた!」
「うんっ! ありがと、維志堂くん!」
 交代の時、大声で名を呼ぶことが良宇との約束だった。それをちゃんと果たしてくれた良宇からたすきを受け取り、ファファは勢いよく走り出す。
 A組の生徒との差はほんのわずか。先は長いし、まずはこの先のコースを無事に抜けるのが先決だ。
 勝負を掛けるのは後半からでも十分だろう。
 そう思った瞬間、先行していたA組の女子の足元が、いきなり爆発した。
「おーっと! 二週目からは、地雷原が追加されたようだ! これは気を付けなければ危ない………っと、ハニエ選手、全く気にせず走っているーっ!」
 だが、同じく地雷原に突入したファファは、走るスピードを緩めないまま。時折歩幅を変えながら、その勢いに迷いはない。
「地雷は一つも爆発しない! 何という運の良さ!」
「運じゃないんだけどなぁ……」
 呟いた先には既に地雷原はない。代わりにあるのは、良宇の崩した炎の石壁だ。
 壁そのものは崩れているが、炎の威力は一週目よりもさらに増し、文字通りの炎の壁と化している。
「………えいっ!」
 流石にわずかにスピードを落とし、ぐっと右手を突き出せば……。
 触れた炎はファファの指先を焼くどころか、拭い去られたように掻き消えていく。
「あと一回……慎重に使わないと」
 炎の壁を抜け、ファファがちらりと見るのは……備えた魔法のまだ残る、左手だ。


「魔法の……キャンセル?」
 ファファが走っている間に着スペルを使っていた様子はない。良宇が一週目を走りきる間に準備を終えていたのだろう。
「その前の地雷は、ちゃんと魔法の感知をしていたわね」
「じゃあ、分かって走ってたのか……」
 確かに、エピックであれリリックであれ、設置型の魔法であれば魔法の反応はちゃんと残る。感知系の魔法を使えば、地雷の効果はともかく位置を調べることは難しくない。
 だが、良宇がコースを一周回るまでに二分とかかってはいないはず。その短い時間の間に、ファファは一体どれだけの仕込みを行ったのか……。
「…………それっすか」
 降り注ぐ雨を魔法の防壁で防ぎきり、続いて飛んできた石のつぶてに防壁を砕かれはしたものの……残っていたらしい左手の魔法キャンセルで、防壁を抜けた石つぶての魔法構成そのものを無効化する。
「ええ。確かに派手な魔法は少ないけど……小回りの効く魔法で言えば、ウチのクラスでも一番じゃないかしら?」
「へぇぇ……」
 何とかコースを走りきり、二年生へとバトンタッチ。
 体力は保つのかと一瞬心配になるが、良宇に支えられながらも冬奈達のいるテントに向けて元気よく手を振り返している辺り、どうやら大丈夫らしい。
「それから……」
「他にまだ何か?」
 基本的に、葵と話すことはないのだ。
 世間話程度なら付き合うが、踏み込んだ話を受ける気は……もちろんない。
 だが。
「朝の賭けレースの胴元を捜してるんだけど……心当たりはないかしら? ホリンくん」
 別の方向に踏み込まれた問い掛けに、さしものレイジも言葉に詰まってしまうのだった。


 そして、三年生のゴールと共に華が丘高校の体育祭は閉会を迎え。

 彼らに出来る、全ての事は……。


続劇

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