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22.戦いは、終わらない

 更衣室から出てきたファファの姿に、パートナーが見せたのは複雑といえば複雑な表情だった。
「ちょっと、ファファ……その格好はどうなのよ」
 冬奈が着ているのは、応援団から借りてきた男物の学ランだ。驚くほどに違和感のないその格好は、初めて袖を通したものとは思えないほど。
「え? 変かなぁ……。冬奈ちゃんとお揃いだよ?」
 そしてファファが着ているのも、冬奈と同じ学ランだ。ただ長身の冬奈と違い、女子の中でも小柄な部類に入るファファは、違和感がないどころか明らかに学ランに着られている。
「お揃いは分かるけど、百音たちと一緒で良かったんじゃないの?」
 もちろん、女子にこの格好が義務付けられているわけではない。現に向こうでポンポンの準備をしている百音などは、同じ白組ながらもチアガールの格好だ。
 長身の冬奈は明らかに似合いそうにないから学ランにしてもらったのだが、小さなファファに可愛らしいチアガール姿はよく似合うはずだ。
「だって、冬奈ちゃんと同じほうが良かったんだもん」
 だぼだぼの袖をぶんぶか振り回しながら、少女は必死に抗議の声を上げてみせる。白手袋もはめているはずなのだが、今の状態では手の先がどうなってすらも分からなかった。
「っていうかそれ……履いてないでしょ」
 そして、そこだ。
 大きすぎる学ランの裾から覗くのは、細い足。上着どころか、明らかにワンピース状態だった。
「えー。はいてるよー」
 ぷぅっと頬を膨らませながら、ファファは学ランの裾を捲り上げてみせる。その下は確かに、いつもの体操服だったが……。
「や、持ち上げすぎ! 持ち上げすぎっ!」
 周囲に男子生徒達の視線が釘付けになっている様子に、冬奈は慌ててファファの手を元に戻させるのだった。


 そして応援合戦を鏑矢にして、午後の競技は始まるのだ。


 華が丘高校は、日本で唯一の魔法学科を有する高等学校である。大半の怪我は治癒魔法で何とか出来るというその安心感もあってか、運動会に限らず校内のイベントには強引かつ奇をてらう物の割合が多い。
「ねえ、晶ちゃん。これ……本気でやるの?」
 幅広の布で晶の右足と自身の左足を結んでもらいながら、ハークは目の前の惨状に呆然とするしかない。
 二人三脚という競技の概要は、練習の間にだいたい理解していた。とにかくチームワークでごり押しすれば、何とかなるのだと。
「やるに決まってるじゃない! 転んだりしたら、分かってるわよね?」
「そりゃ分かってるけどさ……」
 目の前にあるのは、ただの二人三脚のコースではない。
 よりにもよって、障害物競走のコースだった。
 何の関係性もない競技をとりあえず混ぜて目新しいモノを求めてみようという、華が丘高校の悪癖の極みであった。
(死なないかな、これ……)
 スタートラインに付き、元気よくスタート。晶のタイミングは分かっているから、十センチ以上の身長差がある割にはスムーズに進めている……ように思う。
 だが。
「お先ー!」
 そんな晶達をあざ笑うかのように、隣を駆け抜けて行くのは知った顔。
「ちょっと! なんで冬奈に負けないといけないのよ!」
「そんなの別にいいじゃない! 向こうは勝つ気なんだってば!」
 身長や歩幅もきっちり合わせ、双方が最良のタイミングで走れるように互いに気を付けている。パートナーとの慣れで強引に押し切ろうとしているこちらとは、戦う前の姿勢からして違うのだ。
「こっちだって勝つ気よ!」
 叫んだ瞬間、晶のストライドが一気に跳ね上がる。その急激な機動について行けたのは、相方がパートナーだったからこそ。
「ほら、あの胸が邪魔して梯子くぐれないから! 今がチャーンス!」
 繋がったハークが小柄なところもしっかり生かし、梯子の枠をするりと抜ける。
「お先ー!」
 わざわざ苦戦する冬奈達の所に言いに来てから走り出す辺りが、何となくいやらしかった。
「ちょっと、晶に負けてるじゃない! 急ぐわよっ!」
 そんな晶に追いつけ追い越せと、ようやく梯子を抜けた冬奈も全速力だ。
「負けないわよ!」
「それはこっちの台詞!」
 叫び、互いが意地になってさらにスピードを上げた瞬間。
「って、ひゃぁぁっ!」
 フォローできる限界を超えた相方達は、互いにバランスを崩し。
「きゃーっ!」
 少女たちは片足を相棒と繋がり合ったまま、その場をごろごろと転がっていくのだった。


 グラウンドに舞うのは、無数の赤い玉と白い玉。
 玉入れだ。
 ただ唯一違うのは、玉を入れるべきカゴ付きポールの根本に足が生え、グラウンド中を逃げ回っている事だろうか。
「わーっ! カゴが襲ってきたーっ!」
『華が丘高校の玉入れカゴは、ただ漫然と玉を入れられてばかりの軟弱なカゴではありません。みなさん、がんばりましょう! 戦い抜きましょう!』
「誰だよこの放送してる奴!」
 そんな阿鼻叫喚の地獄絵図を尻目に、ハークがやってきたのは救護所だった。
「あ、ハークくん」
 掛けられたファファの声に答える様子もなく、膝小僧を擦りむいた少年は呆然と呟くだけ。
「………何? この野戦病院」
 さながら、そこは戦場だった。
 むしろ、玉入れカゴとガチの戦いを繰り広げているグラウンドよりも激戦区だろう。
「さっきの障害物二人三脚で、大変なんだよぅ」
 リリの言う通り、確かに治療を受けている生徒達は先ほどの障害二人三脚で見た顔ばかり。よく見れば、冬奈と走っていた女子の姿もある。
「……確かこの後、魔法科男子の盾壊しがあって……」
 互いのチームで張った魔法のバリアを、どちらが先に破壊できるか競い合うという力技特化の豪快な競技だ。もちろんハークはそんな野蛮な競技に出る気もなかったが……。
 さらにその後には、生徒会主催のエキシビジョンマッチが控えている。観覧自由のイベントではあるが、華が丘高校のそれが何事もなく済むはずがない。
「…………あぅぅ」
 ファファのため息に重なるのは、グラウンドからの歓声だ。どうやらカゴの撃退に成功したらしい………が、どうと崩れ落ち、カゴの中の玉をばらばらと散らばらせていく様に、上がった歓声は悲鳴に変わる。
 恐らく、この戦いの怪我人も退場と同時にやってくることだろう。
「ほら、もう終盤なんだから頑張りましょ。ハークくんも見てないで手伝って!」
 グラウンドの惨状に呆然としている少女二人の肩をぽんと叩くのは、晶だ。
「リリちゃんとファファちゃんはともかく……何で晶ちゃんまでいるの?」
「あたし、保健委員なんだけど」
 真顔で返される言葉に、ハークからの言葉はない。
 A組の治癒魔法使いといえば、リリか最近魔法を学んでいるという祐希の顔しか浮かんでこなかったが……。
「分かりやすいように、ナース服でも着ようか?」
「いや……いい」
 ちょっと考えてそれもアリかと思ったが、患者役を振られればロクなことにならないのは分かり切っていた。
「ほら! 怪我してない子は邪魔だから入ってこない!」
「いえ、一応、怪我してるんですけど……」
「ツバ付けとけば治るわよ、そんなもの」
 擦りむいた膝をちらりと見遣り、養護教諭にあるまじき暴言でさらりとまとめておいて、ローリは再びテントの奥へと消えていく。
 そちらの様子は影になって見えないが、一体中はどうなっているのか……。
「じゃ、ハークくんは保健室からキズぐすりとか取ってきて」
 どうやら、ハークが手伝うのは晶の中では決定事項のようだった。既にファファもリリも怪我人の治療に向かっており、これ以上は相手をしてくれそうにない。
「体力が20回復するスプレー式のが置いてあるから、保健室の子にそう言って」
「ボクらポ○モン扱い!?」


続劇

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