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17.Re Boot

 淡く灯るのは、魔力によって作られた白い輝き。
 それをかざせば、赤く血の滲んだ傷口が時を巻き戻すかのようにその姿を減じていき……。
「はい、終わり」
「ファファちゃん、すごいです!」
 ファファが魔法を施した真紀乃の傷口は、既になんの跡も残ってはいない。
「次はリリちゃん、やってみて」
「こうやって…………こう?」
 ファファの言葉に、今度はリリがセイルの手を取った。擦りむいた跡に手をかざし、口の中で呪文を転がしながら意識を集中させていく。
 練習中の呪文だから、着スペルに登録した所で意味はない。着スペルは既に会得した呪文をより簡単に使うための方法であって、使えない呪文を使えるようにする方法ではないのだ。
「違うよ。もうちょっと呪文に集中して」
 慣れれば、呪文の詠唱が精神集中の手助けになっていくのだが……普段から着スペルにばかり頼っていると、集中と詠唱が別の作業になってしまう。
「なんか…………かゆい」
「効果が安定してないのかなぁ……?」
 上手くやれば組織が再生する時のかゆみも最低限に抑えられるはずなのだが……。呪文や集中が安定しなければ、それらの効果も万全には現れないのだろう。
「かも。でも、もっと上手にならないと……」
 詠唱も集中も、とにかく経験を積んで慣れていくしかない。
「うん。真紀乃ちゃん、たくさん怪我していいからね!」
「はいっ! 頑張ります!」
 もともと真紀乃も特訓の最中だったのだ。
 特訓には怪我は付きものだからと、治癒魔法の練習をしていたファファやリリ達と一緒に動くことにしたものの……。
「いや、無理に怪我はしないようにね……?」
 怪我をするのは仕方ないが、別に怪我をしないならしないに越したことはない。
 越したことはない。
 はずなのだが。
「セイルくんも、たくさん怪我してね!」
「…………がんばる」 
 真紀乃と一緒に特訓をしていたセイルも、リリの言葉に静かに頷いてみせる。
「だから、無理に怪我しなくてもいいんだってば……」


「あれ。ゴミ捨て?」
 アパートの前にある金網カゴに放り込まれたのは、華が丘指定のゴミ袋。
「………回収、明日ですから」
 華が丘にはゴミ回収の専用の入れ物が街の至る所に置かれているから、ゴミを出すのは朝イチでなければならない……ということはあまりない。
「後で月瀬に言っとかなきゃ。……で、調子はどう?」
「良いわけないでしょう」
 昨日の今日だ。午後からようやく身体が動くようになったから、こうしてゴミ出しくらいはしていたのだが……。
 作業するにせよゴミを運ぶにせよ、片足が使えないと不便極まりない。
「その割には、進行が遅いように思うけど……何かやってない?」
 ルーナレイアの言葉に、レムはわずかに眉根を寄せて。
「……遅いんですか?」
 確かに、一時期に比べて暴走しそうになる割合は減っているように思えた。例え暴走しそうになっても、強く念じ、願えば、ある程度の発作も押えられている。
「明らかにね。今頃はだいたい精霊化してるものだけど……」
 それは、力を利用しようとしている者も、力に抗おうとする者も同じ事。
 既に安定期は過ぎ、力に呑まれるか溺れるかして転がり落ちる段階のはずだ。少なくとも、ここで進行が止まったケースをルーナレイアは見たことがない。
「こないだのあれが、そうなんじゃ?」
「本当の暴走はあんなもんじゃないわよ。何をしたの?」
 そう問い詰められても、思い当たることなどあるはずがない。
 レムとしても、暴走の不安こそあるが……基本的には、ごく普通に生活をしているだけなのだ。
「あの……」
「何?」
「………双空を受け入れた奴は、いなかったんですか?」
 ふと呟いたその言葉に、ルーナレイアはわずかに言葉を詰まらせて……。
「……普通いないでしょ。殺されそうな相手にさあどうぞって言える奴なんて、そんなのよっぽどのお人好しじゃない?」
 当然と言えば、当然のことだ。
「レムレム! 何やってんの!」
 そんな二人に掛けられたのは、鋭い少女の声だった。
「あ、ちょっとゴミ捨てを……」
「そんなのいいから! 帰ろ、レムレム!」
 松葉杖を片手の少年を追い立てるようにして、真紀乃はアパートへと戻っていく。
 その様子を、ルーナレイアは苦笑いと共に見送るだけだ。
「力を意識せずに受け入れる……ねぇ。そんな事が出来る奴なんて、いるとは思わないけど……」
 だが、レムの進行が進まないのもまた事実。
「……まあいいや」
 考えても仕方のないことは考えない。
 自らの主義に従って、ルーナレイアも自分達の部屋へと戻っていくのだった。


「なあ、レイジ」
 帰り支度をしていたレイジの元へと現れたのは、少々困り顔の八朔だった。
「んー?」
「ウィルから騎馬戦を手伝ってくれって言われたんだが、行って良いか?」
「好きにしろー」
「…………ん、ありがとな」
 ナゲヤリな返事に少々不満そうな顔をしながらも、八朔は頷いて去っていく。
 入れ替わりに来たのは……。
「レイジ。ちょっと、付き合わない?」
「んー?」
「付き合えって言ってるの!」
 やはりナゲヤリな声に腹を立てたのか、冬奈はレイジの腕を掴み、力任せに引きずり上げる。
「四月朔日……………お前は、諦めてねえんだな?」
 見上げた冬奈の瞳に宿るのは、強い意思の光。レイジの言葉にも、自信を持って頷いてみせる。
「当たり前でしょ。半年分の元は、きっちり取らないと」
 何せしばらくは緊縮財政だ。そこまでやられて泣き寝入りなど、許せる話ではない。
「そうだ………そうだよな! やっぱりそうだよな! 祐希や悟司とは………」
 半年分というのはよく分からなかったが、少なくとも本気なのは間違いないだろう。体育祭がどうのこうの言っている祐希や悟司とはワケが違う。
 だがレイジの呟きに、冬奈は不思議そうな顔をしているだけ。
「………? 祐希も悟司も、もう図書館に行ってるわよ?」
「…………は? あいつら、テントとか体育祭の準備してるんじゃねぇのか?」
「テントの支度は準備係の仕事でしょ。その辺はとっくに終わってるわよ」
 呆れたような冬奈に、返す言葉も思い浮かばない。
「…………良宇は?」
「良宇もどっか行ったみたいだけど……」
 とはいえ、冬奈の話もそこまでだ。どうやら良宇の行き先に限っては彼女も知らないらしい。
 だが、少なくともテント張りで満足しているわけではないのだろう。
「……まあいい。なら、悟司達に負けちゃいられねぇよな、俺も」
 どうやら出来ることとすべきことを見失っていたのは良宇達ではなく、自分らしい。嫌な負け癖を頭を振って追い払いながら、思考を一気に切り替える。
「……で、何やるんだ?」
 タイムリミットの十八日まで、もう間はない。情報収集は祐希と悟司がいれば足りるだろうし、妨害工作をしようにも思考を切り替えたばかりの今は、まだ流石に作戦も思いつけずにいる。
「楽しいこと、よ」


 現れた姿に、青年騎士は目を疑っていた。
「お前………」
 そいつは、青年以上の巨躯で静かに立っているだけだ。けれど、まさか……。
「約束は有効だろう?」
「いや、まあそれはそうだけど……っつーか、よくもまあ、来れたもんだな」
 それだけゲートを通る事に必死なのだろう。ここまで堂々とされれば、もはや一周回って腹も立たない。
「……団長、どうしましょうか」
 たまたま側にいたギースも、マーヴァの問いに苦笑いをするだけだ。
「まあ、一度約束をした以上、破るわけにもいかんだろう。騎士としてな」
「だそうだ。なら………こないだのレリックがあったろう! それを使って、本気で来い!」
 そう言ってマーヴァが構えるのは、門番として使っている戦棍ではない。
 ペンダントから転化させたのは、抜いたのは精緻な作りの短剣。そこから魔力を帯びた光の刃をさらに伸ばし、音もなく構えてみせる。
 どうやら、ここからは門番ではなく、騎士として相手をするつもりらしい。
「応!」
 それに応じて良宇も腕甲を喚び出し、騎士を正面に拳を握りしめる。


 調理室に流れ広がるのは、肉と野菜の炒まっていく甘い匂いと、穏やかな少女の声。
「そんな事があったんですか……」
 撫子も、魔法科一年の間で何か騒動があったらしい……という噂は聞いていた。けれど、メガ・ラニカの騎士団を相手取った大騒ぎにまで発展しているなど、いくらなんでも予想の範囲外だ。
「まあ、しばらくはほとぼりをさまさないとダメだろうけどね」
 今回は担任達のフォローで不問となった。はいり達が何を考えているのかは分からないが、それはそれでありがたいと思う。
 だが、恐らく次はない。
「ハークさん。この味では、どうでしょう……?」
 材料を炒めきったら水を入れ。調味料を加えた所で、キースリンはハークに味見の小皿を渡してみせる。
「うーん…………いいんじゃないかな?」
「キースリンさん。ハークくんに聞いても、いいんじゃないかな、しか言わないわよ。きっと」
 男ならともかく、キースリンがハークに味の判断を求めるのは間違っているだろう。彼の性格上、厳しい感想が出ることはないはずだからだ。
「あら? 以前は、個性的な味と言われましたけれど……」
 首を傾げるキースリンに、晶はため息を一つ。
「だって…………個性的な味だったんだもん」
 ハークにしてはよく頑張ったと思うが、少なくとも相手にその本当の意味は伝わっていないとも思う。
「まあいいわ。なら、あたしも味見してあげる!」
「どうでしょう……?」
 キースリンは出汁をもう一度先ほどの小皿に取り、今度は晶に渡してみせる。
「うーん…………いいんじゃないかしら?」
 少し薄味な気もしたが、どうせ煮詰まるのだし、後で他の調味料も入れるのだ。
 今のところは悪くない。
 そう、今のところは。
「晶ちゃんも言ってること同じじゃないか!」
 ハークの言葉を颯爽と無視し、晶は小皿に残った出汁の味をもう一度確かめる。
 やはり味は、普通だった。


 華が丘高校の長い長い坂を下れば、住宅街にたどり着く。
「あれは…………」
 そんな住宅街の屋根の上を駆けていく姿に、レイジは小さく声を上げる。
「追い掛けないの?」
「ん? ……ああ」
 冬奈もレイジの視線の先にある存在に気付いたのだろう。だが、その問いにもレイジはどこか抜けた返事を寄越すだけ。
「前に百音から聞いたわよ。あんた、ハルモニィを敵だって思ってるって」
 だが先日の騎士団との戦いでは、レムを助けてくれたのだ。少なくとも、向こうの陣営でないと……信じるに足る行為ではある。
「まあ、そうだったんだがよ……。今は、ンな場合じゃねえしな」
 ハルモニィがマスク・ド・ローゼと共にレムを助けてくれた事は、あのとき晶から聞いていた。あの場では大魔女がいなかったからかもしれないが……。
 それでも、敵というばかりではないのは、確からしい。
「とにかく、俺に出来ることをやるだけさ」
 そして今のレイジがすべき事は、ハルモニィを追い掛けることではない。
 人手はなく。
 時間は、もっと足りないのだから。


 それぞれに出来ることを続けながら。
 やがて、運命の日がやってくる。


続劇

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