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9.十六年前からの手紙

 朝の教室に響くのは、元気の良い挨拶の声。
「えへへ……」
 そんな中、一通の便箋を取り出したファファは、それを眺めて嬉しそうに微笑んでみせる。
「あれ、持ってきたの? それ」
「だって、待てなかったんだもん」
 今朝、通学前に届いた手紙だ。郵便局ではなく魔法庁経由で配達されるそれは、近くに住む魔法庁の知り合いが通勤前に持ってきてくれたもの。
「なになに? 手紙?」
「うん! ランドくんからなの」
「何……? ライバル出現?」
 屈託のないファファの言葉にニヤリと笑みを浮かべ、晶が小突くのは冬奈の脇だ。
「……だから、ライバルとかじゃないってば」
 冬奈と晶がじゃれ合っている間にもファファは封筒を開き、意外にも丁寧な日本語で書かれた手紙を読み進めていく。
「わぁ……! ラピスさん、赤ちゃん生まれたんだって!」
 どうやら報告は吉報らしい。にこにこ顔のファファの様子に、晶の表情もより楽しげなものへ。
「……ちょっと、子持ち? 泥沼じゃない」
「だからそういう考えから離れてよ」
 どうしてもファファと冬奈とランドとラピスの間に泥沼な関係を持たせたいらしい。
 こんな奴だよなとため息を吐きつつも、冬奈は晶の言い分を端から否定せざるを得ない。黙っていれば、いくらでも尾ひれと背びれとついでに胸びれくらいまでは付くのは間違いないからだ。
「おはよー。なになに? メガ・ラニカからの手紙?」
 そこにやってきたのは、隣のクラスから遊びに来たリリだった。メガ・ラニカの郵便物は専用の切手が貼られているから、見る者が見ればすぐに分かる。
「うん。向こうに帰ったときにお友達になった子なんだけど、赤ちゃん、生まれたんだって!」
「へぇ。良かったね! で、続きは何て?」
 リリの言葉に、ファファも手紙の続きに目を通していく。周囲の視線もあるからか、続きは声に出し始め……。
「ええっと……男の子だったら俺の名前から海と付ける予定でしたが、女の子だったので、ラピスの名前から、リリと付けまし…………」
 そこまで読んだ所で、目の前のリリの姿を呆然と。
「…………リリ。あんたの弟って、確か」
 メガ・ラニカに住む祖母の元で修行をしている弟の名は、海という。
「ランドって、陸とか大陸って意味よね。ラピスだったら……」
 ラピスラズリは、瑠璃の意味。
「………偶然?」
「偶然にしちゃ、出来すぎてるような……」
 リリだけなら、偶然だろう。
 けれど、海に加えて両親の名前にも共通点が見いだせるようでは……偶然と済ませるにはいささか出来すぎている。
「ねえ、冬奈ちゃん」
 混乱する一同の中、ファファの言葉に冬奈も何か思い出したらしい。珍しくポケットから携帯を取り出して……。
「えっと、確かこの辺りに……」
「どうしたの?」
「メガ・ラニカで結構、写真撮ったから。あの時はまだ携帯の電池が残ってたはずだから……」
 液晶ディスプレイに映るのは、夏休みに行ったメガ・ラニカの風景だ。ゲートから始まり、メガラニウスの街並みや街道、ファファの両親と来て、次に写し出されたのは森の中に佇む少年と少女の姿。
「これがランドくんとラピス。……どう?」
「どうって…………」
 見せられたリリは、困惑するしかない。
「………パパとママの、若い頃だよ」
 何せそれは、瑠璃呉家のアルバムにある無数の写真と、全く同じ姿だったのだから。
 そして。
「この二人……!」
「どしたの、晶ちゃん」
「リリ。今日、あんたの家に行って良い?」
 その写真を見た晶も、驚きを隠すことが出来なかった。


「あの、晶さん……。ちょっと、お願いがあるんですが……」
「どうしたの? キースリンさん」
 キースリンが晶に頼み事など、滅多にあることではない。珍しいこともある物だと、下校の支度をしていた手を止めてみれば。
「料理の練習だったら、今日じゃなかったわよね?」
 ハーク達と一緒に料理の練習に付き合って欲しいとは、同じ料理部の百音経由で聞いていたが……確か、今日ではなかったはずだ。
「えっと、お願い事の仕方を教えて欲しいんです」
 質問の内容が、よく分からない。
 そもそも、今しているこれはお願い事ではないのか。
「百音さんに頼まれて、ゲートの裏口を通してもらえないかお父様の所にお願いに行くことになったのですが……」
「そいや、裏口の番をしてる騎士団って、キースリンさんの家の所なんだっけ」
 どうやら百音達も自分たちに出来る範囲で行動を開始しているらしい。力ずくや正面から通れないなら搦め手、というわけだ。
 そういうやり方は、もちろん嫌いではない。
「危険な場所ですし、父のことですから無理だとは思うのですが……。晶さんだったら、少しでも効果のある方法を知らないかなと思いまして」
 ゲートの中の恐ろしさは、騎士団を率いる父に幼い頃から聞かされていた。そんな所にまだ学生でしかない友人達を導き入れる手伝いをしたくはなかったが……レムやリリを助けるためとなれば、首を縦に振らないわけにもいかない。
「なるほどねぇ……。いいわ、教えてあげる」
「本当ですか?」
 晶は席を立ち、同じように帰る支度をしていたハークのもとへと手を伸ばす。
「ハークくん。ちょっと一緒に来て」
 練習には、練習台が不可欠だ。
「ボク? まあ、いいけど……」
 キースリンの『お願い』の練習台なら、それほど酷い目には遭わないだろう。むしろ、美味しい立ち位置と思えなくもない。
 二つ返事で応じたハークを加えた三人は、使っていない教室へと移動を開始する。


 華が丘高校の坂を下り、商店街へ。
 込み入った商店街から新しい住宅街へと抜ければ、途端に道幅も広くなる。
「ったく。自分で行くって言っといて、土壇場でキャンセルとかする? 普通」
 晶が勝手なのはいつもの事とはいえ……冬奈は預かった品をポケットの中で弄びながら、苛立ちを隠せないまま。
 新しい道を少し歩けば、やがて一緒に歩いていたリリが大きく手を挙げてみせる。
「あ、パパー!」
「早かったな。今日はみんなで宿題でもするのか?」
 冬奈やファファは家の方向が違ったはずだから、ついでに歩いてきたわけではないだろう。もちろん陸としては、愛娘の友人が遊びに来てくれるのは大歓迎なのだが……。
「そうじゃなくって……。陸さん、これ、見覚えありません?」
 そう言って冬奈がポケットから取り出したのは、小さな円状の物体だった。
 手のひらに収まるほどの小さなケースには、中に小さな針が浮かび……方向を定めることなくゆらゆらと揺らめいている。
「やっぱり……違う?」
 陸からの反応はない。晶も冬奈も、勝率は九割はあるだろうと踏んでいたのだが……まさか、本当によく似た偶然だったのか。
「…………あれ? 時の迷宮にいたのって、お前ら……じゃないよなぁ?」
「はい。晶ちゃんと、ハークくんです」
 ファファの言葉に、二人の姿を思い出す。
 そして、十六年前に一度だけ出会った、二人組の姿も。
「ああ………そうか、言われてみれば、確かに」
 さすがに細かな詳細までは思い出すことは出来なかったが……小柄な少年と、快活な少女の二人組だった事は覚えている。
 それは、この時代に生きる晶とハークに確かに重なるもの。
「やっぱり、ランドとラピスって……」
「あれ? 俺、その名前は名乗ってないはず………」
 確かその名を決めたのは、晶達と別れてからのことだ。彼女たち二人が知っているはずはないのだが……。
「見てください」
 その言葉と共に冬奈が差し出したのは、自身の携帯だった。
 大型の液晶ディスプレイに映るのは、メガ・ラニカの森で出会った二人と、ファファの姿。
「……そうか。あれ、携帯だったのか」
 カメラのようにして使っていたから、どんなレリックなのだろうとは思っていたが……今思い出せば、それは確かに彼のポケットにあるのと同じ物だ。
「携帯だったって……携帯で写真撮るのなんて、当たり前でしょ? デジカメだって……」
「そんなのが流行ったのって、ここ十年ちょいの間だぞ? 俺のいた時代には、あってもポケベルとか、使い捨てカメラとかだったんだよ」
 デジカメが手軽に入手できるようになったのは、パソコンが普及した九十年代の末からだ。陸が高校生だった当時は、携帯でさえこれほどの普及を見せてはいなかった。
「…………ぽけべる?」
 聞いたことのない単語に、メガ・ラニカ出身のセイル達だけでなく冬奈やリリも首を傾げてみせる。
「今の子、ポケベル知らんのか……。で、それが確かめたかったのか?」
 軽いカルチャーショックを受けながら、陸はブラシを握り直す。
 もともと車の掃除をしていたのだ。娘と話をするのはもちろん楽しいが、日が暮れるまでには掃除も済ませてしまいたい。
「そうじゃなくって……時の迷宮から、92年に行く方法を教えてもらえませんか?」
「………ん?」
 いきなり切り出された話題に、陸は蛇口を開けようとしていた手を止めた。
「ランドさん達が92年から現代に来て、そこからまた92年に戻れたんなら……そこに繋がる道が、あるはずですよね?」
 そのルートを使えば、92年に向かうことが……そして、皆の目的を果たすことが出来る。
 ルーナレイアでも月瀬でもない。時の迷宮に通じて、なおかつリリ達の味方になってくれそうな、数少ない人物なのだ。
「…………悪いが、教えられないな」
 止めていた手をきゅ、と動かし。
 陸は車の掃除を再開する。


続劇

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