-Back-

6.オレ/ワタシとアイツのカンケイは

 ライスからの帰り道を歩くパートナーは、珍しく無言だった。
 いつもなら、やれゲームの話題だの、普通科の誰それが誰を好きだの、そんなとりとめのない話題を振ってくるか、どうしようもない無茶振りで少年を困らせるかのどちらかなのに。
 大魔女との会話が堪えたのは、分からないでもない。
 けれど、まだハーク達は魔法を学び始めたいち学生にしか過ぎない。今まで大魔女達が頭を捻っても出来なかったことが、おいそれとどうにかなるはずもないのは、ある意味当たり前だ。
「晶ちゃん………」
「ねえ、ハークくん」
 晩のおかずの話でもしようかと思って名を呼んだ瞬間、少女の側から呼ぶ名が響く。
「………何?」
 少年の応答に、少女は沈黙を守ったまま。
 やがて。
「ハークくん、あたしといて……」
 問いかけた瞬間、二人の脇を大型の車が駆け抜けていく。
 商店街とはいえ、歩行者天国でもアーケードでもない。車の主要道路も兼ねているそこは、むしろ車の通りの方が多い事さえあるほどだ。
 恐らく、パートナーに先ほどの問いは聞こえていないだろう。それを晶はもう一度繰り返そうとして……。
「どうしたの? 帰ったら、スタアソルジャーやるんじゃなかったの?」
「……………忘れてたわ」
 とぼけたパートナーの言葉に、浮かぶのは苦笑い。
「言った以上……今日は徹夜だからね」
 もちろん、狙うのは全面クリア程度ではない。ネット上でいくつも乱れ飛ぶ、理不尽極まりない縛りプレイへの挑戦だ。
「はいはい。ボクは途中で寝るけどね」
「なら、あたしはやりたいようにするから……先に寝てて良いわよ」
 晶の顔に浮かぶのは、満面の笑み。
「……そんなコト言われたら、起きてるしかないじゃないか」
 寝顔を撮られるくらいならいい。額に『にく』と書かれるのも、まあ落とせるぶんよしとしよう。
 だが……あれだけは…………。
「それでいいのよ、それで」
「はいはい」
 元気を与えようとして吸い取られすぎてしまったらしい、げっそりとしたハークを見遣り。
「ありがとね、ハークくん」
「何か言った?」
「何も!」
 晶は、思考を切り替えていく。
 タイムリミットは十八日。
 それまでに、何をすべきか、何が出来るか。
 到達点は見える。けれど、そこに至る道筋はまだ、見えないままだ。


 アパートの階段を連れ添って上がり、鍵を開けて中へと入る。
「ただいまー」
「ただいま帰りました」
 鉄製の階段を昇る音を聞いてスタンバイしていたのだろう。迎えに出たのは、少年の母親だ。
「お帰り! 祐希、ケーキ買ってきてくれた?」
「あ……忘れてた」
「もぅ……買ってきてって言ったじゃなーい」
 どうやら二人を出迎えるのはオマケに過ぎず、それがメインだったらしい。
 仕事が早く終わったのなら、近くなんだし買いに行けばいいのに……とも思うが、日頃は祐希達を養うために忙しく働いてくれているのだ。
 流石に口に出すまではしない。
「すみません、ひかりさん……」
 代わりに頭を下げたのは、パートナーの少女だ。
 だが、そんなしおらしい様子にひかりは優しく微笑み、長い黒髪を嬉しそうに抱き寄せる。
「キースリンちゃんはいいのよ。で、祐希。あんた、ちゃんとやることはやってるんでしょうね」
 明らかに少女と少年に向ける態度には差があったが、まあそれもいつものことだ。
「やる事って、何だよ……」
「やる事って言ったら一つでしょ! せっかくこの辺りの穴場も教えてあげたのに……」
「……何の穴場なんですか? 祐希さん」
 首を傾げるパートナーに、祐希はため息を吐くしかない。
「…………勘弁してよ。っていうか、僕とキースリンさんは……」
 祐希は男だ。
 そして、傍らの少女も……本来の性別は、外見と等号では結ばれない。それはひかりも知っているはずなのに……。
「薔薇が嫌いな女の子なんかいるわけないでしょ! もぅ。なら、早く夕飯作ってよー」
 正式に付き合い始めた事を報告したのは、間違ってたかなぁ……と思いながら、祐希は夕飯の支度と部屋の掃除と洗濯物の残りを片付け始めるのだった。


 夕食を終えて。
「隣、いい?」
 鷺原家の縁側で外を眺めていた百音に掛けられたのは、悟司のそんな声だった。
「悟司くん……」
 見上げる瞳は、昼間のハルモニィとは全くの別人。
 久しぶりに掛けられた声に、戸惑い、どこか落ち着かずにいて……。
「いいよ。気にしないで」
 穏やかに微笑んで、悟司はそのまま縁側を後に。
「…………ごめんね、悟司くん」
 その背中に漏らすのは、小さな声だ。
 ハルモニィとして接している時には普通に話すことが出来たはずなのに、百音としてのそれは、不思議なほどに上手く行かないまま。
 むしろ、パートナーと意識すればするほど、それは混乱の度合いを高めてしまう。
 その時、傍らに置いてあった携帯から流れ出すのは、四年ほど前に流行ったJ-POPだ。
「…………これならいい?」
 電話に出れば、スピーカーから聞こえてきたのは自分の部屋にいるらしいパートナーの声。
「悟司くん………」
 携帯から聞こえる声は、いつもの悟司の声とはほんのわずかに違っていた。普段なら困りもののその特性も、今日ばかりはありがたく思いながら……百音は電話口に小さく頷いてみせる。
「レイジにまた何か、された?」
 今日のハルモニィに対するレイジの態度を見ていれば、何かあったのは想像が付く。
「違うの……。この間、ソーアくんが暴走しそうになったの、知ってるでしょ?」
 その事は、レム自身から聞いていた。今はその関係で、ルーナレイアと月瀬が彼の監視役になっている事も。
「その時に、ハルモニィになって助けに行ったんだけど……レイジくんがいたの」
「そっか……」
 レイジとは、文化祭以来ほとんど話をしていない。今日の電話が、久方ぶりの会話だったのだが……それも必要事項を多少やり取りした程度で、雑談というほどの話はしていなかった。
「それで、レイジくんもソーアくんを助けたいって……」
 レイジがハルモニィを信用していないという話は、今の悟司には黙っておくことにする。無用な話題でいらない心配を掛けるのも悪いし、それはハルモニィ自身が何とかすべき問題だろう。
 それに、悟司に問いたいのは、そんな事ではない。
「悟司くんは?」
 百音の問いに、電話の向こうの悟司は黙ったまま。
 長い沈黙の果てに……悟司はぽつりと一つの問いを口にした。
「レムとクレリックさんを大魔女に差し出すのが、ハルモニィの使命?」
「違うよ! そんなこと……例え課題でも、絶対に許さない!」
 声を叩き付ける百音の様子に、電話の向こうから聞こえた穏やかな声は、安堵の声か。
「俺もそうだよ。友達を見捨てて、世界なんか守れるもんか」
 犠牲無しには平和は為しえないと云う。
 けれど、例えそうだったとしても……犠牲無しの平和を求める努力を続けることは、けっして無駄ではないはずだ。
「なら……」
「前に言ったろ? 百音さんのすべきことには、出来る限り協力するって。事態がどうあれ、約束を破る気はないよ」
 確かに今の三人の関係は、微妙な位置にある事は違いない。だが、今は親友の命が掛かっているのだ。
 こだわっている場合ではない。
「レイジの力を借りる相談だろ。レム達を助ける作戦を考えるなら、あいつの悪知恵は外せないしな」
「…………うん!」


 広い風呂場に響くのは、洗面器からばしゃりと浴びせかけられたお湯の音。
「レイジ。オレ達、どうすればええんかのぅ……」
「だなぁ……」
 大魔女達は、何もしなくて構わないと言った。
 けれど、そんな事を言われた程度で燻っている彼らではない。
 レムは助けたい。
 リリも助けたい。
 けれど……思いはあっても、そのための具体的な方法が、思い浮かばない。
 散らばっているピースが、少しずつ揃いつつある手応えはある。だが、足りないピースを待つのではない、それを自ら補い、最終的な図面を完成させるためには……それでも、何かが足りないのだ。
「お前、頭ええじゃろう。何か思いつかんか?」
 言いたいことは分かったが、割と無茶振りだった。
「……頭が良くても、出来ることと出来ねえことがあんだよ」
 そう。硬軟併せ持つ発想は、レイジの強みだ。
 常に前へと切り開く、良宇の力と同じように。
 だが、それだけでは……それ一つでは、この状況は打ち払えない。
「……なあ、良宇」
 故に、レイジは良宇へと問うた。
「お前、男の面子と友情なら、どっち取る?」
「面子なんか知らん」
 迷うことない良宇の言葉にもう一度頭から湯をかぶり、レイジは小さくため息を一つ。
「やっぱ、あいつらの頭を借りるしかねぇ……よなぁ」


続劇

< Before Story / Next Story >


-Back-
C-na's 5th Dimentional Labyrinth! "labcom.info"
Presented by C-na.Arai