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5.三者、面談

 ローリの車がそのアイドリングを止めたのは、銀杏並木を見下ろす位置にある小高い丘の上だった。
 ぞろぞろと後部座席から駐車場に降りていけば、簡素な柵の向こうに並ぶのは……。
「………お墓?」
 メガ・ラニカの墓標とは随分と違う。
 御影石で作られた頑健なそれは、セイルもテレビでしか見たことのない物だ。
「八朔。ここはもしかして……」
「ああ……。柚子叔母さんの墓だよ」
 近いうちにここに来ると決めていたのだろう。無造作にトランクに放り込んであった掃除用具を取り出しながら、八朔も古い記憶を思い出す。
 家族で宇治に引っ越す前の最後の大きな記憶……柚子の七回忌の法要で、確かにここに来た覚えがある。
「このあいだの十七回忌で来れなかったから。悪いけど、掃除を手伝ってくれる?」
 柚子の十七回忌は、ちょうど華が丘の文化祭に重なっていたのだ。墓参りに来られなかったのは甥っ子である八朔も同じ事。
 彼を柚子の元に連れて行くことも目的の一つだったのか、それとも単に労働力が欲しかったのかは……分からなかったけれど。
「先生。さっきの話なんですけど……。例の封印、程良く解く……なんてことは出来ないんですか?」
 問題になっているのは、ツェーウーの封印が強力にされ過ぎて、そこから生まれるマナまで少なくなっている所のはずだ。
 ならば、それを緩めることが出来れば……レムのことも、リリのことも、一挙に解決できるはず。そのうえ封印を担当していた者がこの街に四人も残っているのだから、そのくらいは出来るのではないか。
「封印の細かい調整をしてたのは、柚なのよ。だから、私達がいくら頑張っても、力加減が分からないからどうにもならないの」
「うぅ……」
 その話が本当ならば、力加減を悪い方に間違えれば、地球は滅びてしまうことになる。
 仮の話としても……成功すれば現状維持、失敗すれば世界消滅。これだけ不条理なレートを突き付けられていては、気軽に試すことも出来はしない。
「けど、当時のメガ・ラニカは……何もしなかったんですか?」
 ツェーウーの封印はメガ・ラニカが再接続される直前の出来事ではあるが、メガ・ラニカが何もしなかったとも思えない。
「まさか十歳ちょっとの子供がそんな事してるなんて思わないでしょ。菫先輩はもう高校生だったけど」
 メガ・ラニカとの再接続が二十年前。
 確かにローリ達の年を考えれば、そのくらいの出来事にはなるが……。
「十歳って……小学校だよな?」
 呟く八朔に、ウィルもセイルも首を傾げるだけ。
 メガ・ラニカに義務教育制度はない。もちろん私塾制度は普及しているから、同程度の知識に関しては問題ないのだが……。
 小学生と言われても、セイルからすれば「よく間違えられる、どうやら失礼らしい何か」程度の認識しかなかった。
「じゃが、先生達、小学生でそんな事を……?」
 高校生になってなお、基礎的な魔法で精一杯の良宇からすれば、小学生の内からそんな事が出来る状況というのが想像も付かない。
「さすがに私たちも、そんな事態になってるなんて思わなかったもの。確か、その辺りが分かったのって……それこそ、私たちが華が丘に入ってからの事だったはずだし」
「柚子さんが亡くなった後……?」
 柚子の命日は、先月の末。
「そうね」
 それに事件が明らかになった当時に柚子が生きていたなら、その段階で封印は成立していたはずだ。


 呟くように漏らされた言葉に、隣席の大魔女達はほぅ、と声を漏らす。
「故郷を捨てるか。面白いことを言うね、この子は」
 混じるのは怒りでも苛立ちでもなく、むしろ感嘆の感情に近い。
「だがそれを、我らの同胞の前でも言うとはね……」
 その言葉に自分の席を見れば……。
 驚いた表情でこちらを見ているのは、大魔女ではなくむしろ同席のキースリンやハーク達だ。
「…………」
 メガ・ラニカに住むのは大魔女だけではない。
 彼の地からの留学生である、キースリンやハーク達……そして、ハーフである晶やリリの祖父母達も、滅び行く世界の一角で暮らしているのだ。
「まあ、面白い考えだが……百万のメガ・ラニカの民を、一体どこに住まわせるって言うんだい?」
 老女の問いに、やはり晶は答えない。
「地上の大きな都なら……帝都と言ったかね。一千万の民が住むと言う場所さえあるのなら、住む場所はまあ何とかなるだろうさ」
 それはあくまで中央の話だ。
 昔授業で習った記憶が確かなら、華が丘の人口が約五万。隣の降松や遠久山でさえ、二十万を越えることはない。
「けど、農作業をするための畑は? ヤギを飼うための山は? 魔法植物の生えてる森も必要だし、もちろんマナもないと暮らしていけないからね…………」
 大魔女の言葉に、夏休みに遊びに行ったパートナーの実家を思い出す。
 ヤギが群れを成す山の麓の小さな村は、明らかに日本のどこにもない光景だった。
「……そんな場所が、地上にあるのかい?」
 そんな場所は、少なくとも日本にはない。ホームステイレベルではない、日本に移り住んですぐに自身の生活を始められる者が、異世界にどれだけいることだろうか。
「もちろん、それくらい私たちも考えたさ。……けど、残念ながら今の地上には、それが出来る土地がないんだよ」
 それこそ、国を一つ建てるに等しい努力と研究、開拓が必要になるだろう。そして魔法を生活の一部として組み込んだメガ・ラニカの民に、魔法抜きでそれを要求するのは……文字通りの茨の道と言えた。
「それに……私たちだって、メガ・ラニカが好きなんだよ。あんた達が、この街を好きなようにね」
「なら、何かあたし達に出来ることは………」
「前にも何もないって言ったろう? 強いて言えば、パートナーと仲良くしておいで。……それが、おまえ達の出来るただ一つの事さ」
 のんびりと時間の過ぎていく田舎のメインストリートを眺めながら、大魔女は静かにそう呟くのだった。
「とにかく、あの二人は連れて行く。そうさね……体育祭が終わった後……十八日の夕方、といった所かね」


 居並ぶ墓石の間に響くのは、竹箒が石畳に摺り合わされるざくざくという穏やかな音。
「先生」
「なに?」
 持ち込んだ花の様子を整えながら、ローリは良宇の問いに小さく言葉を返すだけ。
「もし、オレらが何とか出来る方法を思いついたら……先生らは、それに協力してくれるかの?」
「何とかって……何を」
「それは……分からんが」
 レムとリリを救いたい思いは、ある。
 そのために、何かしなければならないという思いも、無論ある。
 だが、そのためにどこを目指し、一体何をすればいいのかは……良宇にも、いまだ見えてこない。
 それは傍らで黙々と掃除を続けているセイルも同じなのだろう。むしろ、パートナーである彼の方が強い想いを抱いているのは、想像に難くない。
「内容次第ね。実現可能なプランなら手伝うし、危険すぎるようなら、教師として全力で阻止してみせるわ」
 二人を救いたい思いは分かる。しかし、二人を救いたいと願う余り、自らの身を危険にさらしてしまっては……ただの共倒れになってしまう。
「そうか……それで、ええんじゃの」
 呟く良宇に掛けられたのは、近くの水道から水を汲んできたウィルと八朔の声。
「何か思いついたのかい?」
「まだじゃ」
「なんだ………」
 水の入った桶を受け取り、ローリは突っ込んであった柄杓で墓石の上から水を少しずつ掛け始める。
「なら、思いついたら言いに来なさい。大人の尻ぬぐいをさせるようで悪いけど……良い方法があるなら、それに越したことはないもの」
「…………おう」
 そして、一同は墓石の下で眠る柚子に手を合わせ。
 今度こそ、坂を下った先へと向かうのだった。


続劇

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