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3.敵はどこだ

 少年がまとうのは、雷と疾風。
 両手に提げた刀から放たれるそれは、いつものそれと変わらない。少なくとも、今日は暴走する様子はないようだった。
「………ったく。勘弁して欲しいぜ……」
 軽いひと振りで、刃からあふれ出る両の力を払い落とす。ぱり、という小さな破裂音を残し、二つの刃は十字に重なるストラップへとその姿を変えた。
「今日は機嫌良いんだな、お前ら」
 小さく微笑み、ストラップのぶら下がる携帯をポケットへ。
「捨てれば……か」
 辺りを見回し、独りごちる。
 華が丘山の坂や階段のある位置を正面とすれば、反対側に当たる場所だ。なだらかとは言えない山肌には鬱蒼と木が生い茂り、落ち葉が層を成す地面には人の通った跡さえ見当たらない。
 飛行魔法がなければ……そして、上空から見渡した程度では、レムの姿を確かめることは出来ないだろう。
「捨てられるもんなら、とっくに捨ててるっつの……」
 レイジに放った言葉は、嘘ではない。
 再びポケットから携帯を取りだし、ストラップに魔力を送り込む。
 音もなく姿を見せた刃は……レムが初めて見たときから魅せられた、冷たい輝きを湛えたままだ。
「風神、雷神。お前らホントに、キュウキ……とかいう怪物なのか……?」
 少年の問いに、双の刃は沈黙を守ったまま。
「…………ったく。こういう時は、ちゃんと答えろよ」
 苦笑し、刃を腰に戻してゆるりと一歩。
 踏み出したところで、レムの身体はずるりとその場から滑り落ちた。


「ホリンさん! こっちです!」
 大きく手を振る真紀乃の元に舞い降りたのは、天翔るホリン家の馬だった。
「……と、ハルモニィ?」
 レイジはもちろん予想通りだが、彼の前に居心地悪そうに座る魔女っ子に関しては三人の想定の範囲外だ。
「色々あんだよ。手伝ってくれるってぇから、とりあえず連れてきた」
 信用出来ねぇけどな、という空気を抑える様子もなく、レイジはぶっきらぼうに言い放つ。
「で、レムレムは?」
「山の裏側だと思う。細かいところは良く分かんねぇから、虱潰しだろうな」
 遠目からだが、華が丘山に降りたのは間違いないはずだ。手前側に降りたならレイジ達のいた位置からは丸見えのはずだし、かといって山の向こう側には住宅街が広がるだけで、隠れていられるような場所はない。
「虱潰しって、この人数で……?」
 華が丘山は小さな山だが、それでもれっきとした山である。ゲートや八幡宮のような施設を抱え、山肌を覆う森も深いところはちょっとした密林と言っていい。
「厳しいのは分かってらぁ。けど、下手に人数を増やしても、レムをみすみす逃がすだけだしな」
 大人数で騒がしく動けば、向こうの警戒心を増すだけだ。そうするくらいなら、少数精鋭で相手に気取られないように動いた方がいい。
「仕方ないか……。なら、あたしとファファでこっち側を見てみるわ」
 冬奈が引き受けたのは中層付近。森も多く視界が狭めのため、小回りの効くタイプの飛行魔法が威力を発揮する位置だ。
「あたしは……」
「子門は飛べねぇから、俺と空から見回りだ」
「分かりました!」
 レイジの天馬はファファ達の魔法に比べて、小回りが効かない所がある。反面、二人乗りで視界を広く取れば、上空からの監視にはもってこいだろう。
「アタシは……一人で良いの?」
「一人にしたかぁねぇが、しょうがねぇだろ」
 ハルモニィの跳躍は、単体でこそ機動力を発揮する魔法だ。レムに何かする可能性はあるが、人手に限界がある以上、ハルモニィを信じるしかない。
「………うん」
「なら、レムを見つけたらすぐ連絡な! 解散!」
 そして三チームに分かれた一同は、華が丘山の各所へとそれぞれの飛翔を開始した。


 少年の手の中にあるのは、十の弾丸だ。
 それは、男から少年のもとへ渡った後、八発にその数を減じていたもの。
「そう……天候竜から」
 もう製作者の元にも残っていなかったはずの二発の弾丸の数奇な運命を聞き、白衣の男は静かに頷いてみせる。
「色々あって……みんなが助けてくれたんです」
 それは、華が丘山のさらに向こう、深い森での出来事だ。弾丸を差し出してくれた小さな手は、少年の脳裏に鮮烈な記憶となって刻み込まれたまま。
 小さな手の主が目の前の男の息子だったのは、何か因縁じみたものを感じさせるが……それも、縁と言うものなのだろう。
「けど、最近は上手く行ってなくて……」
 浮かぶのは、少女と、少年と、そこに重なる理不尽なシステム。
 それが少年の集中を妨げる原因になっているのは分かるのだが……それをどうすればいいかは、未だに見えてこないまま。
「…………困ってる?」
 端的な質問に、悟司は静かに首を縦に。
「なら…………自分に出来ることを、すればいい」
「………はい」
 そう。
 そうするしか、ないのだ。
 単純な真理に僅かに顔を上げ、小さく男の名を呼ぼうとしたところで……。高い空から音もなく舞い降りてきたのは、ふわりとなびくフリルの少女。
「あ…………」
 辺りに漏れたのは、ばつの悪そうな少女の声。
「ハルモニィ。どうしたの?」
 だが、それを気にする様子もなく、悟司は目の前の少女の名を呼んでみた。
 今の目の前の少女は、彼のパートナーではなく、謎の魔女っ子。その事が、彼女に対する微妙なもやもやをほんの少しだけ和らげてくれる。
「えっと………あのね、レムくんが学校を飛び出して行っちゃって……華が丘山のどこかにいるみたいだから、探してるの」
 ハルモニィも、悟司に掛ける調子はいつものハルモニィのもの。彼女も美春百音ではなく、謎の魔女っ子として悟司に相対しようとしているのだろう。
「レムが? なら、俺も手伝うよ」
 前後の流れはよく分からないが、少なくともハルモニィが出動するほどの事態ではあるらしい。
「………いいの?」
「レムの奴、今大変なときだろ。どこを探せばいい?」
 悟司は移動系の魔法を使えない。とはいえ、それでも出来ることはあるはずだ。
「なら……八幡宮のあたりを探してくれる?」
「分かった!」
 建物の中や影は、飛行魔法では探せない。足が物を言う場所なら、悟司でも十分力になれる。
「………俺も行こう」
 駆け出した悟司に続くのは、白衣の男。
「いいんですか? 月瀬さん」
 男の頷きは、悟司達の言葉少なな同級生のそれを彷彿とさせるもの。


 山の中腹を、東側から北側へ。
「この辺りにもいないねぇ……」
 緑の中に紫電はおろか、見慣れた金髪も、制服姿もない。
「おーい。ちょっと、あんたたち!」
 届くのは、鋭角な少女の声ばかり。
「もう少し上を探してみましょうか」
 ファファは冬奈の言葉に小さく頷き、背中に浮かぶ淡い翼に意識を集中させていく。
「あんた達! 聞こえないの!?」
 眼下で両手をぶんぶんと振り回して叫ぶ声に、冬奈はため息を一つ。
「何ですか? えっと……」
 何度か会った覚えはあるのだが、名前がぱっと出て来ない。
「ルーナレイアよ。小ブランオートでもいいけど」
「ああそうそう。セイルくんのおば……」
「それ以上言うとぶん殴るよ!」
 そう叫んだ時には首のペンダントを巨大なハンマーへと変えている。言ったことは実行するどころか、下手をしたら実行してから言うタイプのようだった。
「で、何ですか? ルーナレイアさん」
「あんた達、月瀬見なかった?」
「月瀬って……セイルくんのお父さん?」
 確か、白衣を着た長身の男だったはず。セイルと同じようにほとんど言葉を口にしないから、声の印象は全く残っていないのだが……。
「なんで月瀬はお父さんで、あたしはおばさんなのよ」
 渋い表情をするルーナレイアを放っておいて、冬奈は宙に浮かんだままで首を振る。
「見てないですけど……携帯に掛けてみたら?」
「そんなもん、あたしが持ってるわけないだろ?」
 開き直ったかのようにそう言い返し、ルーナレイアは意味もなく胸を張ってみせるのだった。


 目を開ければ、初めに飛び込んできたのは鬱蒼と茂る森の緑。
 差し込んでくるかすかな木漏れ日に目を細めつつ、レムは自身がまだ生きている事を確かめる。
 直近の記憶を辿っても、少なくとも抜け落ちた記憶はないようだった。山肌で足を滑らせたところで記憶が終わっているのは、そこで気を失ってこの場面に続いている、という事なのだろう。
 兎にも角にも、死んではいない。
 頭を揺すり、両手を動かし、指を親指から折ってみる。
 問題ない。
 だが……。
「痛ぅっ!」
 左足を動かしたところで、脳髄まで抜けるような衝撃が来た。
 足を曲げれば、変なところでぐねりと曲がるような感覚がある。
「ああ、こりゃ、折れてるなぁ……」
 緊急事態から思考が一周回り、かえって冷静になっているのだろう。痛み以外はなかば他人事のような感覚で、レムはその場にぼんやりと寝ころんだまま。
(とりあえず携帯はあるし、助けは呼べるか……)
 森の中とはいえ華が丘の街中だ。携帯が圏外になるはずがない。
 そんな事を考えながら顔を上に向ければ、そこには………。
「………洞窟?」
 無数の下がる蔦に覆われた洞窟が、ぽっかりと口を開けているのだった。


 上空から見下ろせば、華が丘山はさして高い山ではない。
 けれどそんな小さな山でも、たった二人分の目で追うには、広大に過ぎた。
「見つかりませんねぇ……レムレム」
 遊覧飛行を楽しむ余裕もなく、真紀乃はきょろきょろと眼下を見下ろしているが……目に入るのは森の緑ばかり。
 見慣れた金髪がいる気配はどこにもない。
「そういう魔法とか、ないんですか? ホリンさん」
 そんな虫の良いことを口にした瞬間、耳元に届いたのは最近流行りのJ-POP。
「こちらレイジ! どうした、四月朔日」
 Aパートが終わるよりも早く通話状態に持っていき、レイジは通話口へと怒鳴りつける。
「レムが見つかったぁ!?」
「どこですかっ!」
 思わず手を伸ばしてきた真紀乃に携帯を預け、レイジは両手で手綱を取った。
「西側の斜面……? 分かりました! ホリンさん!」
「おう! 誘導頼むぜ、子門!」
 手綱の指示を受けた天馬はレイジの意志と真紀乃の誘導に従い、山の西側へと駆け出していく。


 華が丘山の山頂……八幡宮にも、レムの姿は見当たらなかった。
「ええっと……悟司くん。お願いがあるんだけど」
 本殿の裏手、古びた灯籠の隅に腰を下ろし、ハルモニィは小さくその名を呼んでみせる。
「何? ハルモニィ」
「携帯、持ってない?」
「持ってるけど……」
 華が丘の……それも魔法科の生徒なのだから、魔法携帯は持っていて当たり前だ。特に悟司の携帯は、先日機種変したのを百音も知っているはずなのに。
「誰かに、連絡取ってくれないかな?」
「………ああ」
 そう言われて、ようやく悟司もハルモニィの言いたいことを理解する。
 百音の携帯には、クラスメイトの携帯番号はあらかた入っているはずだ。けれど、ハルモニィのそれに百音の友達の番号が入っているはずがない。
「で、誰を呼べばいいの?」
「えっと……ファファちゃんか、冬奈ちゃんか、真紀乃ちゃんか………」
「……四月朔日さんのなら入ってたかな」
 クラスの女子とも付き合いがないわけではないが、その大半は百音経由で情報が伝わってくる。それで不便を感じなかったから、あえてアドレス帳に登録する必要を感じなかったのだが……。
「あ、四月朔日さん? 俺だけど……。公園にいたら、ハルモニィに頼まれてさ……見つかった? なら、すぐに行く!」
「見つかったの?」
 パートナーの問いに力強く頷き、三人も西側の斜面に向けて移動を開始する。


 鬱蒼と茂る森に灯るのは、淡い魔力の輝きだ。
 やがて明白色の灯りが消え、代わりに漏れるのは小さな少女のため息ひとつ。
「ごめんなさい。わたしじゃ、これが精一杯です」
 折れた部分の腫れは引いていたが、おかしな方向に曲がった足はそのままだ。ファファの知る魔法の中でも最も効果のあるもののはずだが、今の彼女の力ではこれが精一杯らしい。
「いや、だいぶ痛くなくなった。ありがとう」
 レムの言葉が嘘でないのは表情からも明らかだったが、それでも完治にはほど遠い。
「ルーナレイアさん。治療の魔法とか、使えないんですか?」
 沈んだファファの様子を見かねてか、冬奈が何となく付いてきたルーナレイアに問いかけるが、彼女も苦笑と共に肩をすくめてみせるだけ。
「あたし、前衛専門なんだよ。折れる前より丈夫になる折り方なら知ってるけど」
「それはあたしも知ってるからいいです」
「何言ってるの、二人とも……」
 顔色ひとつ変えずの武闘派同士のやり取りに、ファファは呆然とするだけだ。
「レムレムっ!」
「レム!」
「あ、真紀乃さん……レイジ……」
「心配したんですよ! ってちょっ!」
 寝ころんだままのレムに一瞬安堵の表情を見せるものの、ファファによって添え木を当てられつつあるねじ曲がった足に、さすがに言葉を失ってしまう。
「折れてるだけだから、別に死んだりしないわよ。応急処置もちゃんとしてあるし」
「ルーナレイアさん…………まさか!」
 紡ぐ言葉に、深い茂みがざわりと鳴って。
「何がまさかなんだい?」
 対する朱月の魔女の瞳も、弦月の如く細まっていく。
「……………レムレムに、何かしましたか?」
「してないよ。こいつが勝手に崖から滑り落ちて、勝手に折っただけさ」
 だが、突き付けられたあまりに純粋な怒気に、魔女は小さくため息を一つ吐くだけだ。
「ホント? レムレム」
「ホントだよ。ルーナレイアさんはファファさん達と一緒に、オレを助けてくれたんだから」
「そう………ですか」
 骨が折れている以外は至って健康そうなレムの言葉に、真紀乃もその気を散らしてみせる。
「なら、後の問題は……こっちだろ」
「この穴………何だ?」
 無数のシダや蔦の垂れ下がる大穴は、歴史の教科書で読んだ防空壕のようにも見えるが……。
「この魔力の感じ……今までよくもまあ、見つからなかったものね」
 穴から流れ出す気の感覚は、ルーナレイアのよく知るものだ。浴びるだけで心の奥底に漠然とした不安感を生み出す、白い霧として表現されるそれは……。
「時の迷宮への抜け穴よ、これ」
 唐突な言葉に、一同は言葉を失うしかない。


続劇

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