26.滅びゆく世界の物語 −メガ・ラニカ2008−
状況は理解できずとも、危険であることは理解できる。
「どういう事だ……こりゃ……」
雷光を撒き散らすレム……双刀を背中に移し、四つ足で構えたそいつをレムと言っていいのかは分からなかったが……から間合を取り、レイジは傍らの真紀乃に質問を叩きつける。
「最近、レムレム……変なの」
「変っていうか、明らかに暴走してない? あのレリック」
ハークも既に黒い翼を展開済だ。戦いに関しての自信はないが、飛べるなら回避することや逃げることは出来る。
「レリックって暴走するもんなのかよ」
魔法具であるレリックには、暴走しないように作成段階で幾重ものセーフティが掛けられていると聞いていた。だからこそ、平和な華が丘の街で剣やハンマーを持ち歩いていても咎められることはない……。
のだが……。
「そんなの知らないよ!」
手に入れたばかりの頃は、使い方が分からず、暴走した……というか、暴走『させた』と言う方が正しいのだが……覚えはある。
けれど、アクセルも踏んでいないのに全力でスピードが出てしまったなどという事は、ハークの経験の中では一度もない。
「来るぞっ!」
雷光をまとったそいつは両足に風をまとい、機動力も強化しているらしい。
直上に駆け上がることでハークは雷の強襲を何とか回避するが……直撃すれば、どうなるか分からない。
「とにかく、レムレムを疲れさせて! そうすれば、いつもそのまま寝てくれるから!」
どうやら真紀乃の口ぶりだと、この現象は初めてではなく何度も起きているもののようだった。
そして、その度に対処しているのは………やはり、真紀乃なのだということも。
「いつもっておめぇ……レムのことなんか……」
「見てないわけないでしょ……。でも、レムレムったらみんなの見てない所でばっかり、こっそり色々やろうとしてるんだもん……!」
人型メカを発動させて、雷をまとうレムに叩きつける。中距離型のそれなら、術者は雷撃のダメージを受けることなく戦うことが出来るのだった。
「だったら私も、レムレムの見てないうちに強くなるしかないじゃないですか!」
だが、華校祭で疲れた体には、中距離型のレリックの起動は相当堪えるものらしい。その上相手はパートナーということもあり、攻撃のキレは鈍く、いつものような一点突破の破壊力は見られない。
「がぁっ!」
近接からガードに入った良宇を雷光で弾き飛ばし、レムはさらに少女たちの元へと殺到。
次に放たれた雷光を受け止めたのは……。
「晶ちゃんっ!」
晶ではなく、黒い翼を拡げ、その間に割り込んだハーク。
「バカっ! 死んじゃったらどうするのよ!」
「大丈夫だって。そんな痛い目に遭うくらいなら、逃げるから!」
軽口を叩くが、翼に叩きつけられた衝撃を全て吸収し切れたわけではない。走る痛みに思わず顔をしかめてみせる。
「………つか、明らかにこっちに分が悪くねぇか?」
近接……以前に、そもそも戦闘系の技を持つのはこのメンバーでは良宇と真紀乃の二人だけ。晶の磁力は電気系とは相性が悪いし、強力な風の前ではハークの風も通じそうにない。
さらに言えば、このメンバーの中で最強のアタッカーは………。
暴走した、レム自身なのだ。
「また来た!」
次の攻撃が狙うのは、ガイオーの操縦者たる真紀乃。
だが、レムのその一撃は真紀乃まで届くことはなく、逆にカウンターの打撃を受け、道の向こうまで吹き飛ばされる。
その一撃を叩きつけたのは……。
世界を救う。
言葉の意味は、分からない。
「……………」
けれど、三人の女性が放つ尋常でない気配は、理解できる。
「セイル、どきな」
無言でリリをかばうように立つ少年は、祖母の言葉に首を横に。
「リリさんは……僕が、守る」
他の皆も同じだ。悟司やキースリンも、状況を把握できていないリリの前にそっと立ち位置を移している。
状況が分からないのは同じだが、リリが大変なことになりそうな事だけは、何となくだが理解できた。
「祐希くん。あなた達は関係ないでしょう?」
「関係なくはありません。クレリックさんは、1−Aのクラスメイトです」
菫に静かに答えを返す祐希の傍らに舞い降りたのは、白い仮面の剣士。
「薔薇仮面!?」
「相変わらずどこにでも出てくるな……」
「フッ……。可愛らしい女性の危機となれば、地の果てでも駆けつけてみせるさ」
そのひと言に、一同はあっさりと納得する。もっとも、あまり唐突な登場をどうこう言っている余裕がないのも確かではあったのだが。
「その心意気や、良し!」
そして仮面の剣士の言葉に答えたのは、リリのクラスメイト達でも、その場にいる三人の女性の誰でもなく……。
はるか天空から放たれた、男の声。
「誰!」
その場にいた全ての者が……菫や大魔女達さえ、だ……声の源を見上げれば、その姿は電信柱の先端にある。
「薔薇仮面が………もう一人……?」
響き渡る凜とした声に、夜の闇にも眩しいマント。
華校生なら見慣れた仮面の剣士と同じ意匠。
だが、仮面の剣士は既に一同の傍らにいる。
さらにいえば、仮面の色は……。
「銀色の……仮面……?」
銀色。
いつもの白い仮面の剣士ではない。
そいつが何者かを知るのは、この場では四人。
菫と大魔女。そして……。
「…………アージェント・ローゼ。君たちの言い方で言えば、銀薔薇仮面とでもなるのかな……」
絞り出すようなマスク・ド・ローゼの言葉に、銀色の仮面の剣士は高らかに声を上げてみせる。
「貴公がそちらに付くのなら、私は心おきなく我が盟友の力となれるというものだ」
電信柱の頂から優雅に飛翔し、空中で二、三回転。舞い降りるのは、二人の大魔女と菫の傍らだ。
大魔女達が微妙にイヤな顔をした気がするが、それを突っ込む余裕は少年達にはあるはずもない。
「どうすんだ? よくわかんねぇけど、この面子じゃどうにもなんねぇぞ?」
相手はメガ・ラニカの誇る大魔女が二人に、菫と謎の剣士。
菫が魔法を使っているところは見たことがないが……彼女が夫と経営するカフェの結界を彼女が張ったという噂が本当なら、その実力は単身で八朔達全員を凌ぐと言っても良いだろう。
「と、とにかく、事情を説明してください! そうでなければ……!」
「そうね。事情を話せば……あなた達も、分かってくれるわよね?」
レムの攻撃を弾き返したのは、ファンシーな外見に似合わぬ剛健な一撃だった。
「危ないところだったわね!」
少年達の眼前に舞い降りるのは、ふわりと広がるレースとフリル。
その姿は、その場にいる誰もが知っているもの。
「ハルモニィ……」
「無事かい!」
「それに、百音の婆ちゃん……?」
百音の祖母……大ドルチェだ。百音の件の後は姿を見なかったから、帰ったとばかり思っていたのだが……。
「話は後! とにかく、そいつを!」
戦うのは大魔女ではなく、ステッキを構えた魔女っ子らしい。
「待ってくれ! こいつはレム……俺達のクラスメイトなんだ!」
「え……?」
だが、レイジの言葉に魔女っ子は一瞬気を取られ……。
その瞬間、雷をまとった猛攻が来る。
ハルモニィをさらなる脅威と判断したのだろう。まとう雷は、先ほどまでとは比較にならぬ大きなもの。
「く……っ!」
回避も防御結界も間に合わない。ダメージ覚悟で腕を交差させ、攻撃を正面から受け止めようとするが。
響き渡る獣の咆哮に、飛びかかってきたレムは即座にバックステップ。間合を取り、威嚇の構えを解かないままだ。
「クラスメイトだからって油断してると……死ぬわよ!」
悠然と立つ大ドルチェの傍らに舞い降りたのは、小柄な少女と……長身の男。
少女のまとう気配は、先ほど響き渡った咆哮と同じ質。
「あなたは……?」
どちらも見覚えのない姿だ。メガ・ラニカ旅行でも見た覚えはないし、もちろん華が丘でも見ない顔。
「ルーナで良いわ。こっちは月瀬」
首から下がるペンダントを巨大なハンマーへと変化させ、小柄な少女はニヤリと笑う。
不敵……ではない。もっと野性的な。
激しい戦いを前にした、獣の笑みだ。
「……まあ、大ブランオートの娘って言った方が、わかりやすいかしら?」
「大ブランオートの娘って……セイルの……母ちゃんか?」
大ブランオートなら、この場にいる半数が面識があった。良宇がまとっている手甲は彼女の作だし、メガ・ラニカでその館に泊めてもらったこともある。
「ああ。ウチの子がいつもお世話になってます」
のんきに頭を下げてくるルーナに、戦いも忘れて一同も頭を下げ返す。
「あれ? でも、セイルくんのパパとママって……」
言葉の少ないセイルはあまり自分の話をしないが、確か彼の両親はセイルが幼い頃、事故で……。
「…………死んでない」
月瀬と呼ばれた長身の男……彼がセイルの父親なのだろう……も、白衣の内側からじゃらりとガンベルトを引き抜いてみせる。
そこから抜き出した弾丸は、半分の五発。
そこに灯る淡いミスリルの輝きに、ハークは思わず目を見張る。
「ま、その辺りの話は後にして……大ドルチェ。キュウキの刀、本当に封印しなくていいの?」
「……ああ」
「封印って……どういう事だ?」
キュウキの刀……それが、レムの持つ双刀を指すことは、話の流れから想像は付いた。
だが、封印……?
「そこの暴走してる彼が持ってる刀、ずーっと持ってると、使ってる人の心を食べて、ボロボロにしちゃうのよ」
ルーナはそう呟いて、ハンマーを大きく振りかざす。その先端に現れた光の鉄球の軌跡に、間合を計って飛びかかろうとしていたレムは再び後退を余儀なくされる。
「で、あたし達はそれを探して封印するのがお役目だったんだけど……」
着地したところに牙を剥くのは月瀬のミスリルの弾丸だ。
縦横の軌跡を描く五発のそれは、レムの動きを止めるには十分すぎるもの。
「なら、早く封印してくれよ!」
そうすれば、レムは暴走することも、心を蝕まれる事もなくなるはずだ。
双の刃が無くなれば落ち込みもするだろうが、元気でいれば代わりとなるレリックも見つけることは出来るだろう。
「ああ。ここにきて方針が変わってね………。彼には、それをずっと持っててもらうことになったの」
「どういう……事? なんでレムレムの刀を封印しないんですか!」
持ち続ければ、レムは心を食われ続ける。
今日のように暴走することもあるだろう。
だが、それを目の前にして、そしてそれを知った上で……レムにその刃を持ち続けろという。
「知ってるでしょ? メガ・ラニカがあとちょっとで滅ぶって」
「……は?」
唐突な話題に、一同は間の抜けた声を返すだけ。
レムの暴走の話をしていたはずなのに………メガ・ラニカが滅ぶなどという突拍子もない話に飛ばれて、ついて行けるはずがない。
「あんな劇をやっておいて、気付いてないの?」
どうやらレイジ達の舞台劇を彼女たちも見ていたらしい。むしろ、呆気に取られた様子なのはルーナの方。
「…………ルーナ」
「なによ」
「…………あれは、劇」
セイルと同じ喋り方をする月瀬の言葉に、ルーナはキレた。
「分かってるってば! けど、天候竜の黒化まできっちり再現しといて、気付いてないわけないでしょって話!」
呟き、ハンマーをかざせば、その先に現れたのは今度は無数の鉄球だ。それを放てば、ハンマーと光の鉄球の間に、同じ数だけの光の鎖が現れる。
雷の獣と化したレムを制圧するのは、ほんの一瞬のこと。
「どういう事だ……?」
ルーナの実力は分かる。
けれど、世界の……崩壊……?
「ホントに気付いてないの? 大ドルチェ、聞いてた話と違うわよ?」
あっさりとレムを捕獲しておいて、セイルの母親は背後で戦いを見守っていた老女に声を投げ付ける。
「ふむ……もう少し核心まで進んでるかと思ったんだが……。いいよ。話しておやり」
「めんどい。月瀬」
「…………長く、なる」
「いいよ。私が話すよ。お前じゃ、きっと分からん」
途切れ途切れのその口調では、通じるものも通じないだろう。
ため息を一つつき、語り出す大ドルチェの様子に……ハルモニィは悲痛な顔で目を伏せる。
「メガ・ラニカの創世神話は……」
菫は語る。
「初代老ドロシーが、この華が丘で『蚩尤』と呼ばれる大きな力の持ち主に出会ったところから始まる……」
フランは語る。
滅ぶ世界の物語と。
パートナーシステムの、真の役割を。
続劇
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