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22.消失ハッピーエンド -メガ・ラニカ1xxx-

 崩れ落ちたアヴァロンに姿を見せたのは、大剣を提げた冒険者だった。
 男の視線の彼方にあるのは、ボロボロのドレスをまとった、小柄な姫君だ。
「冒険者様……良かった………ご無事で……」
 その姿を見つけるなり腕の中に飛び込んできた少女を、男はそっと抱きしめる。
 アヴァロンの姫君と、一介の冒険者だ。身分の違いは、二人の想いを許すことは決してないだろう。……けれど、廃墟の中に立つ今この瞬間だけは、一人の男と女として向き合っていたかった。
「…………無事なのは、共に戦ってくれた仲間があったからこそ。そして……」
 腕の中。
「………待ってくれている方が、いたからこそ」
 少女の瞳に浮かぶ涙を、そっと拭い。
「ああ……」
 二つの影はスポットライトの中、一つに重なり合ったまま。


 ぐるぐると回る思考の中。
「お慕い………して、おります」
 百音がその言葉を口に出来たのは、文字通り奇跡に等しいことだった。
 何せ、レイジに抱きしめられ、腕の中で顔を覗き込まれているのだ。拭い去られた涙も演技ではなく、驚きで浮かんだ本物の涙。
「…………姫……」
 そして、シーンのハイライト。
 レイジはゆっくりと、腕の中の百音に唇を寄せ……。
(ちょ、ちょっと、レイジくん………近い……っ)
 腕の中、レイジに比べて百音の身長はかなり低い。
 逆を言えば、ここまで顔を近付けなくとも、キスの演技は十分に出来るはずだった。
(え、いや、ちょ…………っ)
 けれど、レイジの顔は近付いてくる。
 声は出せない。胸元に付けられたピンマイクがそれを拾ってしまえば、今までの劇が全て台無しになってしまう。
 だが、瞳で訴えようにも、レイジは既に瞳を閉じていて。
 抱きすくめられたその身は、避ける事も、防ぐ事も出来なくて。
 唇と、唇が。
「んん…………っ!」
 重なり、合う。
(だ、だめ……っ! ここで動いたら、劇が……っ!)
 万雷の拍手の中、ゆっくりと幕が下りていき。
 レイジの唇の感触を自身の唇で感じつつ、百音の瞳からひとすじの涙がこぼれ落ちていく。
(だ………め…………っ!)
 そして。
 百音の意識は……幕が下りきる音と共に、暗転した。


「なあ。最後のあれ、ホントにキスしてなかったか?」
「冗談。演技でしょ? 角度とかじゃないの?」
 拍手鳴りやまぬ客席の中、そんな呟きがどこからともなく浮かんでは消えていく。
「おや、お嬢さん」
 中程の席でのんびりと拍手をしていた老紳士は、傍らの席に座っていた女性が立ち上がるのを感じ、小さく言葉を紡いでみせる。
「カーテンコールまでは見ていかないのですかな? 自慢のお孫さんが主演まで務めたというのに」
「やれやれ。私をお嬢さんと呼ぶのも、もうお前くらいだろうさ。大ローゼリオン」
 苦々しげに呟き返すのは、フードを目深に被った女性だ。穏行の魔法でも掛けているのだろう、この残暑厳しい季節にフード姿という目立つ格好のはずなのに、辺りの生徒からは気にされる様子もない。
「美しいレディは皆お嬢さんですよ。それに貴女も、美しさに磨きがかかりこそすれ、衰えてなどいませんしね」
 女性のぼやきに、大ローゼリオンと呼ばれた老紳士は態度を改めるつもりはないのだろう。平然とそんな事をうそぶいて、表情を変える気配もない。
「そういうのはその辺にいる若い娘に言ってやりな。ソニアの小娘どもとかね」
 そしてフードの女は、観客席をゆっくりと後にする。
「やれやれ……大魔術師など、もう魔女王様にお返しした名ですよ。そう呼ぶのも、貴女くらいでしょうね……フラン」
 その背中を穏やかに見送り……かつての大魔術師エドワード・ローゼリオンは、静かにそう呟くのだった。


 緞帳が下りきったステージの上では、ちょっとした騒ぎが起きていた。
「レイジ! 百音さん!」
 さして広いわけでもないステージの上だ。それほど大柄でもない悟司でも、十数歩も走れば端から端まで辿り着くことが出来るほどに。
「いない………」
 だが、その十数歩の世界から、二人の主人公の姿が忽然と消えていた。
 幕は下りた。劇も終わった。
「どうすんだよ、カーテンコール!」
 けれど、最後の大仕事はまだ残っている。
「………とりあえず、レムは!」
「さっき気が付いた所だよ。落ち込んでるけど」
 主演が主演を務められなかったのだ。落ち込んでいるのは無理もない。
「ならレムに予備の勇者の服があるだろ、あれ着せて出てもらおう」
 アクションシーンの多い勇者と剣士には、予備の衣装が一着ずつ用意されていた。もちろん本来の演者に合わせて作られたものだから、レムが着る分には一切の調整は必要ない。
「姫君は子門さん、頼みます」
「え……?」
 呼ばれた名に、レムの元へ戻ろうとしていた真紀乃が慌てて振り向いてくる。
「背の高さも同じくらいだし、レムの練習相手、やってくれてたんでしょう?」
 百音のパートナーである悟司が百音の練習相手を務めたように、レムのパートナーの真紀乃も、やはり彼の練習相手を務めていた。
 もし百音に何かあって代役が必要になっていれば、彼女が姫君役として駆り出されていたことだろう。
「ハルモニアさん。ドレスの予備とか、ないですか?」
「最初のお城のシーンで使ったドレスなら、何着か……」
 最初の舞踏会のシーンは、裏方の子も何人かモブとして参加している。裏方作業はドレスを着ては出来ないから、彼女たちのドレスは既に楽屋に吊してあるはずだった。
「それでいいです。子門さん、頼めますか? 騎士団長が最後に出られなくなりますけど……」
「背の近い子に兜被って出てもらいますから、大丈夫です!」
 真紀乃の言葉に頷いて、一同は最後の早着替えの支度にとりかかる。


続劇

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