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17.ミスコントロール/ミスコンテスト

 少女たちの眼前に立ちふさがるのは、巨大な壁だった。
「……いらっしゃい」
 呟いたきり、無言のまま。
 無言の圧力と共に上方から降り注ぐ双眸は強く、激しく。
 少女たちは小さな悲鳴を残し、その場から慌てて逃げ出していく。
「………むぅ。どうすればいいんじゃ、これは」
 茶道部の部長にしてこのイベントの総責任者だからと接客に出てみれば……このザマだ。
「セイル達に任せた方がええんか……?」
 見れば、同じ無口キャラでもセイルはしっかりと接客をこなしているようだった。小さな彼がよたよたとお菓子やお茶を運ぶ姿はお姉さま方のハートをいたく刺激するようで、注文取りにも指名が出るほどだ。
 だが、無口キャラを覆せるほど流麗なトークを練習するには時間がなさ過ぎるし、巨体なのはもっとどうしようもない。
「ふむ……ちょっと、見ていてくれるかい?」
 そう言い残してウィルが出向いたのは、和喫茶の長椅子に腰を下ろした女の子の一団だった。
「和喫茶へようこそ、お嬢さまがた。ご注文はいかがなさいますか?」
 優雅に片膝を着き、恭しくメニューを差し出してみせる。
 女の子達は一瞬ぼぅっとしていたが、穏やかに微笑みかけるウィルに、きゃあきゃあとはしゃぎながらメニューに目を通し始めた。
 注文を取って、戻ってくるときも足取りは優雅さを崩さない。
「こんな感じでやってみたらどうだろう?」
「いや、その喋りは………」
 いくら何でも、難易度が高すぎた。
 こんな事がウィル以外で出来るのは、和喫茶に参加している三つの部全てを合わせてもハークくらいだろう。
「違うよ。良宇くんは背が高いから、膝をつけばちょうどいい高さになるんじゃないかな?」
「むぅ……」
 目の高さを合わせれば、少なくとも上から見下ろす威圧感は消える。
 確かにそれくらいなら、良宇でも出来そうだ。


 中庭でそんな騒ぎが起きている頃。
 運動場の特設ステージは、興奮の極地にあった。
「そいじゃ、五年ぶりに復活したミスコンテストもすっぱり中略していよいよ後半戦! 次はテメェらの審査要望ぶっちぎり第一位、水着審査だーっ!」
 マイクを掴む小指を立てたレイジの叫びに、会場を覆う男どもはさらなる絶叫で答えを返す。
「順番は厳正な抽選で行われたくじ引き! トップバッターはエントリーナンバー19番! 魔法科1−A、キースリン・ハルモニアさんっ!」
 前半の通常審査でも好成績を収めたキースリンだ。その彼女がトップバッターとなれば、場のテンションも高まらざるをえない。
「あ、あの………」
 そして、おずおずと会場に姿を見せた水着の少女に……。
 会場が、揺れた。
「おおーっと! これは定番も定番、ド定番! 白いワンピースが目に眩しいぞ!」
 黒い髪に白い肌。やや細身ではあるが、全体のバランスとしてみれば十分に整っていると言って良い。
 そんな彼女がまとうのは、決して強い主張はしない、控えめな白のワンピース。
「あ、あぅ……」
 通常審査など比較にならないテンションの高まりをみせる会場に、少女は戸惑いを隠せない。
「さて。では何かひと言、どうぞ!」
「え、ええっと……茶道部と料理部と園芸部でやっています、和喫茶……よろしくお願いします!」
 突き出されたマイクにひと息にそう言って、勢いよく頭を下げれば………。
 ご、という、額にマイクをぶつけた鈍い音が響き渡る。


 空前の盛り上がりを見せる運動場特設ステージの向こう。
 やはり、大量の見物人を集めているステージがあった。
「それでは、ルールを説明します!」
 プールサイドで声を張り上げるのは、説明役を務めるゲーム研究会の副部長だ。
「互いの持ち時間は十秒! それ以内に駒を動かさなければ、その段階で手番は相手に移ります!」
 水の抜かれたプールにあるのは、幻影魔法で描かれた密林である。密林の中には縦横に輝くラインが張り巡らされており、巨大なマス目を構成していた。このマス目の張り巡らされたプールをゲーム盤に見立て、人間大のウォーシミュレーションを行うのである。
 周囲はプールサイドから見下ろすことで、簡単に戦場全体を見渡すことが出来るようになっていた。
 そして、水の入っていないプールの中には、既に駒役のスタッフが待機済。
「ああ、レムくん。レムくんも駒役?」
 そんな駒達の中に知った顔を見つけ、刀磨は思わず声を掛けていた。
「まあ、そんな所。刀磨は……ゲーム研じゃなかったよな?」
 確か良宇達のいる茶道部で、和喫茶をしていると思ったが……。
「一般参加で駒役を募集してたから。面白そうだったしね」
 刀磨の頭に巻かれた駒識別用のハチマキには、大きく青い文字で『侍』という文字が浮かんでいた。
 なんとなくそれで、刀磨が参戦した理由を理解する。
「そっか……。ま、よろしく頼む」
 もっとも動きはプレイヤー任せだから、よろしく頼めるかどうかは運を天に任せるしかないのだが……。それでも、知った顔が仲間内に多いのは心強い。
「任せてよ!」
 そして一同は、プールサイドからの指示で定位置に移動し。
「では、第一回戦、開始です!」
 人間将棋の先鋒戦が、始まった。


「我々が供させていただくお茶やお菓子が、皆様の美しさの引き立て役になれればいいのですが……」
 差し出されたお茶とお菓子は、既に三杯目。
 どうやらウィルには、一定の固定客が付きつつあるらしかった。
「……お前、あれじゃホストだろ」
 変わらぬ様子で戻ってきたウィルに、八朔は苦笑するしかない。
 これが着流しではなくシャツであれば間違いなくホストだったが……ホストクラブの着流しプレイと言われれば、全く違和感がなかった。
「我々はホストだろう? 当たり前じゃないか」
「そのホストじゃねー!」
 八朔の言うホストが主催者側という意味のホストではなく、ホストクラブのホストという所から説明した方が良いのだろうか……。不思議そうな顔をしているウィルに全力で言い返した所で、パートナーの異変に気が付いた。
「どうした、ウィル」
「悪い、八朔。ちょっと席を頼むよ」
 そう言い残し、ウィルは調理室からさらに扉の向こうへと。
「いや、俺は裏方……っ! っておい!」
 誰もいない特殊教室棟の廊下を駆けていくウィルは、既にウィルではない。
 白いマントをひるがえす……。
「………やれやれ。仕方ねぇな」
 何か見過ごせない悪か、女性の危機を感じとったのだろう。
 こうなっては、もはや諦めるしかない。
「八朔。ウィルのご指名じゃ。代わりに行ってこい」
 だが、戻ってきたところで良宇から掛けられたのは、無情極まりないそんな言葉。
 席を見れば、さきほどの三杯目をあっという間に平らげたお姉様がたがこちらに手を振っている所だった。
「いやちょっとお前、それは……」
「パートナーから任されたんじゃろうが」
「うぅ……」
 そう言われれば、どうしようもない。
 確かに、仕方ないと諦めたのは自分である。
「いいなぁ……八朔。ボクも給仕役に回れば良かった」
 お姉様がたを相手にしどろもどろの八朔を調理室の窓から眺め、呟くのはハークだ。
「お前はお前で、立派に仕事をしとる。胸を張ってええぞ」
「良宇が女の子の時なら、そう言われても嬉しかったんだろうけどね……」
 むさ苦しい大男に言われても、嬉しくも何ともない。
「……それにしてもウィル、どこに行ったんだろ?」
「ミスコンじゃないんか? ハルモニアも行っとるし」
 確かこの時間は、校庭でミスコンテストが始まっているはずだ。和喫茶に男子の客が少ないのも、おそらくはそのせいだろう。
「ウィルはそういうの、見ないよ」
「そうなんか……?」
 良宇の言葉に、ハークは小さくため息を一つ。
「女の子に順番なんか付けて、何が楽しいの。ここにいても十分目の保養は出来るから、いいんだよ」
 女の子に順番を付ける必要など無い。
 ハークの基準で言えば、誰もが可愛いからだ。
 水着姿が気にならないわけではないが、ハークとしてはこうして和服やコスプレを楽しみ、生き生きとしている女の子達と一緒に働く方が楽しいのだった。


 ミスコンテストは、終盤を迎えつつあった。
 水着審査を終えれば、いよいよ最終投票だ。
 前半の投票と合わせた得票数で、今年のミスコンの覇者が決定することになる。
「さて。これで参加者二十名、全て終わったわけだ。これから投票の方法をもっかい説明……」
 ずらりとステージに並ぶ二十人の少女をオーバーアクションで指し示し、司会が口を開いたその時だ。
「ちょっと待ったーーーーーーーーーーーっ!」
 叫びと共に上空から舞い降りてきたのは、一人の少女だった。
 ひらりとひるがえる半被が収まった時、その裾から見えるのは……長い脚だけ。
「おい、あれまさか……」
 祭と書かれた背中越し。ネコミミを付けた謎の少女の出現に、会場は再びどよめきに包まれる。
「はいてな……!」
 その言葉を聞きつけたか、謎の少女は半被をばっと脱ぎ捨てて。
 揺れる会場の中。
 少女がまとうのは、すらりとしたビキニ姿。
「ぱんつじゃないから、はずかしくないもん!」
 言い切った。
 堂々とした宣言に揺れる会場に、運営からの指示を受けたレイジがマイクを構えてステージの最前列に躍り出る。
「お前ら、乱入はありか!」
 レイジの視界、全ての男が一斉に答えた。
 あり、と。
「エントリーナンバー21番として認めちまうなら、この後にワッフル連発!」
「ワッフルワッフル!」
 速攻だった。
 そして、一分の乱れもなかった。
「というわけでエントリーナンバー21番、クラスと名前を名乗りやがれってなもんだ!」
 いまだ終わる気配を見せぬワッフルコールの中、司会者はマイクをそいつに向けて放り投げる。
「エントリーナンバー21番! 魔法科1−A、水月晶よ! あとで体育館の舞台劇にも出るから、応援よろしくにゃっ!」
 マイクを受け取った晶は元気よくそうコメント。
 大きく手を振ってみせれば、周囲はワッフルを連発だ。
「は、派手な登場ですわね……」
 怒濤のワッフルコールを背中に受けて悠然と列に並びに来た晶に、近くに立っていたキースリンはもう驚くしかない。
「飛び入りの方が、盛り上がるでしょ?」
 そんな彼女に、ネコミミ水着少女は悪戯っぽく微笑んでみせるのだった。


続劇

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