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12.すれ違いダイナミック -メガ・ラニカ1xxx-

 アヴァロンの誇る名所に、水晶の森がある。
 文字通り無限に再生する魔法を封じ込められた水晶によって作られた、広大な森だ。普段は王都屈指の景勝として、有事には魔物の進入を阻む物理結界として機能するはずのそれは……。
「あの………」
 天候竜の黒い雷を受け、その半ばを炭化させている滅びの森を駆けながら、少女は目の前の男達に遠慮がちに声を掛けた。
「何だ?」
「ここには……お二人で?」
 どちらも魔法ではなく、剣術を得意とするように見える。
 細剣の青年は魔法も使えそうな気配もあるが、男の方は明らかに魔法は最低限の事だけしか覚えていないタイプだろう。
「いや。もう一人、魔女がいたんだが……」
「………」
 過去形で紡がれた男の言葉に、思わず少女は口を閉ざす。
「ああ、死んではいないよ。ちょっと変わった術を使う、身軽な子でね。情報を集めに行ってもらっているんだ」
 その言葉が誤解を与えたことに気付いたのだろう。青年は穏やかに苦笑し、少女が覚えた誤解にやんわりとフォローを加えてくれる。
「そう……ですか」
 安堵の声に、しばらくは森を駆ける足音のみが木霊する。
 無数の魔物の群れも、この辺りの密度はそれほどでもないらしい。戦闘らしい戦闘をする事もなく、ルートを調整することでかなりの距離を逃げ延びることが出来ていた。
「それより、あとひと息でアヴァロンを離れられる。気を抜くなよ」
 だが、森の出口を目にした瞬間。
 彼等の眼前に姿を見せるのは、牛頭を備えた三メートルほどの巨人。普段ならコボルト達と同じく、森の奥でひっそりと暮らしているはずの巨人型魔獣……ミノタウロスだ。
「やれやれ……その言葉、しっかり君に返させてもらおうか!」
 大斧を振り上げて威嚇の声を上げるミノタウロスに、二人の男は揃って剣を抜き放つ。


「…………ねえ、冬奈」
 前足で器用にページをめくりつつ。猫が話しかけたのは、道着から制服に着替えている冬奈だった。
「何よ、陰」
 人語を喋る生物は、メガ・ラニカにも確かに少ない。
 けれど、全くいないわけではないのだ。
 例えば、四月朔日家にいるこの黒猫のように。
「あんた黒猫役?」
 その黒猫が気にしているのは、どうやら台本に出ている彼女たちの名を通り名とした魔女の事らしい。
「あたしは大道具。黒猫役は晶よ」
 陰も晶のことは知っている。よく冬奈の家に遊びに来る、幼なじみのことだ。
 確かに冬奈よりは、猫っぽい雰囲気を持った少女ではあるが……。
「ああもう。なんで黒猫役やんないのよ。あたしが演技指導してやったのにー!」
「……は? ワケ分かんない」
 黒猫に黒猫の演技を教えてもらうというのもなかなかシュールな光景ではあったが、逆を言えばそれだけだ。
 その出オチのためだけに晶から役を変わってもらう気にはなれなかったし、そもそも文化祭当日は冬奈もそれなりに忙しい。
 その辺りも織り込んだ上での、裏方役なのである。
「マレフィキウムだって本場のを教えてあげられるわよ?」
「マレ………何?」
 聞いたことのない単語に、冬奈は首を傾げるしかない。
「メガ・ラニカが出来る前からある、古の魔法」
 メガ・ラニカの成立は、大航海時代が始まってから。そして、その段階で魔法を使ってメガ・ラニカの世界を創造できたということは……メガ・ラニカが生まれる前から、世界に魔法はあったという事になる。
「……私は今の魔法を覚えるので精一杯よ。それじゃね」
 リボンタイをきりりと締めて、鏡の前で軽くチェック。
 黒猫の言葉を軽く流して台本を取り上げ、部屋を出る。
「ファファ、おまたせ!」
「うん!」
 外で待っていた小柄な少女に、穏やかな笑み。
 寝るときは同じベッドだが、部屋は別の部屋が割り当てられているのだ、一応。
「ああもう! ちょっと待ちなさいよー!」
 ばたんと閉じられるドアの向こう。
 本物の黒猫の魔女だった黒猫は、甲高い声を上げてみせるのだった。


 机を教室の後ろに寄せ、空いたスペースが役者組の練習スペースになっている。
「……分かっています。ここで私が命を失っては、皆の犠牲が………」
 そこでいま演技をしているのは、勇者役のレムと死した侍従長役のハーク、そして姫君役の百音だった。
「なあ。なんか今日の百音の演技、良い感じじゃねえか?」
 昨日までの演技はどこか詰まり、悩んでいるように見えた。しかし、今日の百音のそれは吹っ切れたような堂々とした動きと共に、凜とした王女の気品すら感じられるもの。
「うん。昨日、荒地の公演を見に行ったからかな……」
「…………公演?」
 傍らでやはり演技を見守っていた悟司の言葉に、レイジの胸が軋んだ音を立てる。
「百音さん、演技に悩んでたみたいだからさ。ちょうど大きな劇団が降松に来てたから、一緒に見に行ってきたんだ」
「な………っ!?」
 思わず上げてしまった声に、教室の前で演技をしていた勇者達がこちらに声を投げてくる。
「どうかした? マズい所でもあったか?」
「い、いや………大丈夫だ。続けてくれ! ………で、それからどうしたんだ?」
 レム達の演技は今の所問題ない。気になっていた所も、度重なる練習で登場人物の気持ちを段々と掴んできているようだった。
 唯一遅れ気味だった百音も追いつき、これからは『間違えない』事に加え、『完成度を上げる』作業が加わってくるだろう。
「どうしたって……。ちょっと遅かったし、普通に夕飯食べて、帰っただけだけど?」
 演劇を見て、夕飯を食べて……一緒に帰る。
 明らかにそれはいっぱしのデートコースだったが、悟司としてはどうもその自覚はないらしい。
「…………そっか……そう、だよな」
 それを悟司らしいと思いつつ、レイジは胸の内の想いを押し殺し、苦笑いを浮かべるしかない。
 そんな事を話していると、ひととおりのやり取りが終わったのだろう。仮のステージから、少女が手を振ってくる。
「どうだった! 二人とも!」
「良い感じでしたよ」
「お、おう……。なんか、吹っ切れたみてぇだな」
 他のメンバーの演技も、特に問題のあるところは見えていない。後はこのまま完成度を高めていけばいいだけだ。
「ありがと! それじゃ……」
「ああ。文化部の集まりのある奴は、今日はここまででいいぜ。他の連中は作業の続き、よろしく頼まぁ!」


 茶道部の本拠地、礼法室に揃っていたのは、茶道部のメンバーだけではない。
「ウィル、花の準備は本当に任せてええんか?」
「任せてくれたまえ。その代わり、園芸部の皆さんも喫茶のスタッフとして招いても構わないかな?」
 良宇の言葉に頷くのは、白い髪の少年と、その傍らにいる女子生徒。
 今日のウィルは、茶道部の一員ではない。園芸部の部長と茶道部の部長を引き合わせる連絡役……そして、園芸部の一員として、この場にいるのだ。
「むしろ、こちらから頼みたいくらいじゃ。よろしく頼みます」
 呟き、ウィルの傍らに座る園芸部部長に一礼する。
 当然ながら、園芸部の部長は三年だ。同じ部長ではあるものの、一年部長の良宇とは華校祭の経験だけでも二回分もの開きがある。
 部屋を飾る花と助言が得られるだけでもありがたいのに、人手まで加わるとなれば、断る理由などどこにもない。
「で、料理はボク達が担当なんだよね」
 そして、反対側に並べられた座布団に腰を下ろすのは、料理部のハーク。料理部では数少ない男手として、やはりこの席に着いている。
「おう。美味しいお菓子を頼むぞ」
「はい。お任せ下さいませ」
 穏やかに一礼するもう一人の補佐役・撫子の言葉に、良宇は言葉を詰まらせる。
(ねえ、玖頼先輩。維志堂くん、撫子さんの事……気付いてないのかな? あの緊張してるのって、アレ見られたのを思い出したからじゃないよね?)
 少し離れたところで会議の進行を見守っていた刀磨が口にしたのは、先日の女装騒ぎのことだ。結局生徒会が感知する前に騒動を治めたこともあり、ペナルティなどは無かったが……。
 あそこで、確か女装した良宇を撫子は目にしていたはず。
(だと思うよ。それに、撫子さんも気付いてないみたいだねぇ)
 撫子が気付いていないのは、まあ分からないでもない。あれだけ外見が変われば、気付かなくなるのも当たり前だ。
 そして良宇が気付いていないのは……女装という非常事態で、周囲に気を回す余裕がなくなっていたからだろう。
(まあ、放っとけばいいんじゃね?)
 やはり会議の進行をぼんやり眺めているだけの八朔の言葉に、二人は頷くだけ。済んだことを蒸し返しても仕方ない。それに、この件については蒸し返した所で誰も得をする者はいないはずだ。
 そんなやり取りをしている間にも、三クラブ合同の会議は、粛々と進んでいく。
「五十公野。和服は、本当に貸してもらってええんか?」
 合同企画の名は、『和喫茶』。
 茶道部のお茶と料理部の和菓子をメインにした、その名の通りの和装喫茶である。
 その『和』テイストの要として名乗りを上げたのが、散切だった。
「家族に話したら、しっかり宣伝してこいと言われましたから。スタッフが増えるのも大丈夫だと思います」
 呉服問屋を商っている家が、イベント中に着る着物を提供してくれる事になったのだ。
「そうか。助かる」
 部員の中で着物を持っているのは、良宇と大神一門の一員である八朔だけ。良宇の着物は他のメンバーには明らかに大きすぎるし、八朔の家にある着物は別に八朔のものというわけではない。
「ただ何人か、着付けの仕方を覚えて欲しいのですが……」
 問題があるとすれば、そこだろう。
「男はオレが出来るが……」
「女子の着付けもお願いして構いませんか?」
「う………」
 返す言葉に、良宇本人よりも周囲の女生徒達の方が引いた。
 まあ、無理もない。
 散切ならともかく、こんな巨漢に着替えを手伝ってもらうなど、女子としてみればたまったものではない。
「なら、私が覚えたので構いませんか?」
 そんな微妙な空気の中で手を上げるのは、キースリンだ。
 そもそも茶道部の女子はキースリンと散切、あとは顧問のローリくらいしかいない。彼女が着付けに立候補するのは、ある意味仕方のない所とも言えた。
「お願いします。ただ、私とキースリンさんだけでは足りないと思いますから、料理部と園芸部でも何人か、講習に来て欲しいのですが……」
 散切の言葉に、両部の部長は揃って頷いてみせる。
 これで、服の問題も解決だ。
「なら、店の感じなんじゃが………こんな感じにしようと思っとる」
 次の議題は、店内の装飾だった。
「…………」
 周囲に漂うのは、何とも言えない微妙な空気。
「………へ、変かのう? 長椅子に座る茶屋スタイルのほうが、客が入りやすいかのぅと思うたんじゃが」
 良宇が取り出したのは、自作らしいイメージボード……いわゆる、店内の予想図だ。
「いや、何で良宇くん、こういう絵とか妙に上手いの?」
「………?」
 あまりに見事な完成予想図に対するハークのツッコミにも、良宇は首を傾げるだけ。


続劇

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