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8.エンカウントは突然に

「ねえ、みんな」
 茶道部の部室。
 『和喫茶』という単語に丸の付けられた黒板の前で一同に声を掛けたのは、緩やかな茶髪をなびかせる、色白の美少年だった。
「ボク達も、何か目立つ作戦を考えなければいけないと思うんだ」
 だが、提案する少年を前に、茶道部部員の大半は首を傾げたまま。
「……………誰?」
 美少年なのは分かる。
 けれど、そんな美少年を部員に迎えた覚えは誰にもなかったからだ。
「やだなぁ。ボクだよ、玖頼」
 苦笑する美少年に、誰もが己の耳を疑った。
「………え? いや、ちょっと……え?」
 その名はもちろん部員の誰もが知っている。
 しかし、彼等の知っている玖頼は、目の前で穏やかに微笑んでいる細身の美少年などでは決して無く…………。
「夏休みにダイエットしたんだよ」
「ダイエットって、そういう次元を超えてるような……」
 むしろ、改造手術の領域だった。
「それより玖頼先輩。作戦って何じゃ?」
 そんな驚きの大改造ビフォアアフターをさらりと流し、良宇は玖頼の話を促す。
「そうそう。普通科も去年、喫茶店をやったクラスが結構あってね。だから少しでもお客さんを増やすために、何か作戦を考えた方がいいと思うんだよ」
 茶道部はメンバーの大半が一年生で、なおかつ去年の華が丘にいた者となればさらに少ない。去年の華校祭の状況を知る玖頼は、それだけでも貴重な存在だ。
「そうじゃな……。看板でも持って、歩くか」
「そのくらいじゃ目立てないと思う。去年の華校祭って遊びに行ったけど、メイドさんがビラ配りとかしてたよ?」
「竜崎君の言うとおりだよ。特に喫茶店は激戦区だから、看板くらいじゃアピールにならないと思う」
 刀磨や玖頼に言われるまでもなかった。メイドさんと看板を持っただけの巨漢では、はなから勝負になっていない。
「なあ、これって使えないか?」
 そんな中、一枚のチラシを取り出したのは、八朔だ。
 生徒会主催のイベントだというそれは……。
「華が丘高校ミスコンテスト? ……女性に優劣を付けるような事は、どうかと思うなぁ」
「そっちじゃないって。こっち」
 眉をひそめるウィルを軽くいなしておいて、八朔はミスコンの後に開かれる予定のイベントを指してみせる。
「………………ミスターコンテスト?」
「こんだけ野郎がいるんだ。一人か二人ちょっと出て、茶道部のアピールするってのもアリだと思うんだけど?」
 ミスコンをするなら男子のそれもするべきだろうという、女子側の意見で企画されたイベントだ。
 確かに、平等といえば平等だが……。
「けどこれ、女装だよね? 誰がするの……」
 ターとコンの間に派手に書かれた二文字を見て、刀磨があからさまに嫌な顔をしてみせる。
 どうやら、その単語に相当嫌な思い出があるらしい。
「順当に行けば………似合いそうな奴?」
 八朔は一同をぐるりと見回し……。
 やがて、小柄な少年と目が合った。
「いや、なんつーか、セイルにCMしてこいっつのは、無理じゃね?」
 もともと無口なセイルだ。コンテストのインタビューにすら、まともに答えられるか分からない。
「なら、私が行こうか?」
「お前はノリノリすぎるからダメだ」
 さらりと挙手をしたウィルを、八朔は速攻否定。
 なにせウィルには性別逆転の時の前科が山ほどある。ノリノリなのは悪くないが、それが明後日の方向に行きかねない。
「八朔! お前が言い出しっぺなんだからやれ!」
 言い出しっぺが責任を取るのは、メガ・ラニカでも華が丘でも変わらない法則の一つだ。それが故に、レイジは劇の監督役を引き受けていたのだから。
「ヤだよ! レイジ、お前行けよ!」
「俺ぁ放送部でコンテストの司会すっから、ダメだ」
「なんて卑怯な!」
 女装男どもにインタビューして回るのもそれなりに苦行な気もしたが、あえてここでは口にしない事にしておく。
「まあ、八朔くんだと無難すぎて面白くないかもね」
「なら刀磨が行くか?」
「…………勘弁して」
 そして刀磨も相当にトラウマがあるらしい。振られた瞬間、疲れ切った顔で首を横に振ってみせる。
「つかよ。普通に似合いそうな奴だと、イマイチインパクトに欠けると思うんだよな……」
 確かに、セイルや玖頼の女装は可愛いだろう。
 ウィルも似合うに違いない。
 八朔や刀磨も、それなりに無難なところで終わるはずだ。
 だが、目立つにはそれではダメなのだ。
 インパクト。
 それも、完膚無きまでに叩きのめせるほどのパンチ力が必要なのだ。
「なるほどのぅ。やっぱり、女装コンテストならインパクト勝負か……」
 畳敷きの礼法室にどっかと腰を下ろし、部長の良宇はしみじみと呟いて。
 周囲の視線に、気が付いた。
「…………な、なんでオレを見るんじゃ!」
 インパクト。
 女装時の破壊力。
 それを完璧に併せ持つ存在を、その場にいた彼以外の全員がその一点に見いだしていたからだ。
「あら? なぜかこんな所に、キングサイズのセーラー服が……」
 キースリンの傍らに座る少女が、どこからともなくセーラー服を取り出して。
「良宇。部長の格好いいところ、見せてみろ」
 短くも熾烈な戦いが、始まった。


 調理室の黒板は、チョークの白い文字で埋まっていた。
「あの……シェリル部長」
 上がる意見を端から書き記し、さらに何かを書き足そうとしている部長に、百音はさすがに声を掛ける。
「…………喫茶店のメニューにしては、多すぎません?」
 言われ、ようやく気付いたのだろう。
 真っ白になった黒板を見て、シェリルも思わずため息を吐く。
「メニューに載るかしら……」
「………全部は、無理じゃないかと……」
 明らかに二百は越えている。和洋あわせてそこまでお菓子の種類が出てくる部員も凄いが、それをきっちり書き記し、なおかつ実行しようと平然と考える部長も相当なものだ。
「すいません、遅くなりました」
 その時、調理室の扉ががらがらと開き、一人の少女が飛び込んできた。
「遅いよ、晶ちゃん」
「もうメニュー、決まっちゃいました?」
 部屋の奥に積んである予備の椅子を拾って来て、わざわざハークの隣に腰掛けつつ。晶が問うたのは、黒板の脇にいる部長にだ。
「まだですよ。というか、皆さんで作りたいメニューを並べていったら、ちょっと多くなってしまって……」
「あー。こりゃ、ちょっと多いですねぇ……」
 明らかにちょっとどころではなかったが、二人の基準としてはあくまでも『ちょっと』なのだろう。
「とりあえず、この中から茶道部のかたに決めていただきましょうか。……異論のある人は?」
 誰も手を上げる様子はない。料理部の内々で審査をすると、いつまで経っても終わらないだろう事は容易に想像できたからだ。
 おそらく、今までの数倍の時間を掛けてなお、決まらないに違いない。
「なら、遠野さん。ちょっと茶道部まで、お使いに行ってきてくださいませんか?」
 並んだメニューは、既に書記を兼ねた副部長がメモに落とし込んでくれていた。複写魔法で一枚コピーを取り、そちらを一年の一人に渡す。
「はい。わかりました」
 それを受け取り、遠野撫子は茶道部のいる礼法室へと向かうのだった。


 活動中の将棋部は、基本的に沈黙が多くなる。
 もちろん部員の大半が対局しているから当たり前ではあるのだが……。今日の部室に対局の音が響くことはなく、代わりに部員達の喧噪が支配していた。
「…………挑戦状? ゲーム研から?」
 喧噪の原因となったその名を、レムはもう一度口にする。
「ええ。ソーア君も、文化祭はそのつもりでいてください」
「そのつもりって、何ですか?」
 ゲーム研と将棋部の仲が悪いのは有名な話だ。正確に言えば、部長同士の仲が悪いだけなのだが……知った顔がゲーム研に誰もいない事もあり、レムもゲーム研にあまり良い感情を持ってはいない。
「連中の提示してきた勝負内容……見ますか?」
 頷き、部長から差し出された『挑戦状』にざっと目を通す。
「ええっと、人間将棋で勝負………?」
 文化祭で校庭の一部を使い、巨大な盤面を作るのだという。そして、その対戦相手によりにもよって将棋部を指名してきたのだ。
「将棋部に将棋で勝負ですか?」
 いくらなんでも、馬鹿にした話だと思う。
 大きさがいくら違っていても、将棋であれば将棋部に有利に決まっている。
「厳密には、将棋というより向こうの得意なウォーシミュレーションのようですが」
 ウォー何とかというのは馴染みがないが、ゲームの得意な晶や真紀乃に聞けばだいたいのことは分かるだろう。
 とりあえず人間サイズでそれをやるなら、自分は駒役だろう……などと思っていると。
「ソーア君は、中堅で登録しておきましたから」
「………………は?」
 部長の言葉にレムが上げたのは、間の抜けたそんな声。
「ルールを見ませんでしたか? 勝負は五人ひと組の団体戦だと」
 慌ててルールを読み直せば、確かに『先鋒戦から大将戦までの五戦を行い、先に三つ勝った方が勝ち』と書いてあった。
 剣道などの団体戦と同じ方式である。
「え、いや、ちょ………?」
 だが、いきなりルールを覚えて戦えと言われても、そうそう出来るものではない。
「というわけで、文化祭までは向こうの提示してきた人間将棋のルールでの対戦と戦術研究を徹底的に行いますよ。心しておくように」
 言ったことはひるがえさない部長の言葉に、レムが出来るのは………。
「……はい」
 イエスか分かりましたの、二択しかないのだった。


 礼法室のドアをぶち開けて、廊下に響き渡るのは獣じみた咆哮だ。
「やめろーっ! やめんかーっ!」
 そして飛び出してきたのは、巨大な『何か』。
 まさに獣の如き勢いで長い廊下を駆け抜けて、一階に続く階段を一足飛びに飛翔する。
「逃げたぞ、捕まえろっ!」
 それを追うのはやはり礼法室から飛び出した少年達。
 手負いの獣に情けは無用とばかりに、ある者はレリックを起動させ、またある者は手の中の携帯に壁紙エピックを表示させている。
「だわぁっ!」
 放たれた拘束系の魔法を紙一重でかわし、『そいつ』は特殊教室棟に続く廊下を疾走する。
 そのあまりの異形ぶりに、見る者全てが振り返り、またある者は携帯でその姿を捕らえようとするが……。
「がぁぁっ!」
 放たれる威に圧され、オートフォーカスでピントを合わせる事もままならぬ。
「…………………」
 やがて『そいつ』は特殊教室棟の廊下を走りきり、ついに禁断の裏庭へ。
 そんな中。
「あ、散切さん……」
 『そいつ』を追い掛けてきた散切を、呼び止める少女の姿があった。
「ごめんなさい遠野さん。ちょっと取り込み中なんです!」
 散切はそう言い残し、ぱたぱたと裏庭へと駆けていく。
 既に外にはレイジ達が回り込んでいるはずだ。被害がこれ以上広がる前に何とかしなければ、文化祭への出店も禁止にされかねない。
「…………………」
 そんな散切の。
 そして『そいつ』の消えていった裏庭を、遠野撫子はいつまでも見つめているのだった。


続劇

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