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5.蘇る物語 -メガ・ラニカ1xxx-

 高い高い尖塔の上。
 幾千、幾万の結界に覆われた魔法塔の大広間を歩くのは、まだ若い娘だ。足元までを覆う純白の法衣をまとう彼女の背はすいと伸び、優雅な……しかし、機敏な動きで急ぎ気味に歩を進めていく。
 辿り着いたのは、豪奢なドレスに身を包んだ貴族達の踊る、ダンスホール。
 だが娘はその踊りの中に混ざることもせず、さらに歩みを進めていく。踊るに値せぬ家柄だから……というわけではない。そこで踊る貴族達より、娘ははるかに気高く、尊い地位にあるのだから。
 さらに廊下を抜け、警備の兵をひと目で制し、さらにさらに進んでいく。
「姫様。この先は危のうございます」
 そこで娘の前へと回り込んだのは、チュニック姿の矮躯の老爺だった。
 見る者が見れば、その老爺のまとう短衣は相応の地位の者……目の前の娘ほどではないにせよ……にしか許されない品だという事が分かっただろう。
「分かっています。けれど、報告された恐るべき光景……我が目で確かめねば、信用できません」
 尖塔の内部は高度な魔法によって、巨大な城さえまるまる入るほどの空間が拡張されている。今娘達がいる回廊はその最深部に位置しており、外の様子を直接目にすることは出来ないのだ。
「大丈夫です。幾千、幾万の魔物に囲まれようと、我らがアヴァロンの水晶の森と百万の結界が、その行く手を阻んでみせることでしょう」
 そう。
 尖塔の名は、アヴァロン。
 世界の中央にあり、世界を支える大樹……世界樹を傍らに抱く、メガ・ラニカ最大の聖地にして、魔女王の住む聖都。
「………ですが、お前も知っているでしょう? 天の気が乱れ、世界に立ち籠めるマナにも凶の相が現れたと……」
 それは、彼女自身が受けた託宣だ。
 世界を構成し、支える力……マナに凶相が現れ、天を守る力……天の気にも、乱れが生じたのだと。
 それがどんな形となって現れるのかは分からない。けれど、世界の支えが狂い、乱れた果てにあるのが……メガ・ラニカそのものの滅びである事は、想像に難くない。
「それこそ、此度の騒ぎとは何の関係もありませぬ。それに、その件の探索を命じた冒険者達からも……すぐにその回答が得られることでしょう」
 無論、魔女・魔術師の総本山たるアヴァロンがそんな託宣に手をこまねいていたわけではなかった。
 既に優秀な魔術師や在野の冒険者を集め、探索の旅に向かわせている。どんな形にせよ、その秘密は彼等の手によって明かされるはずだった。
「ですから、外の様子は見に行かずとも良いと……姫様!」


 黒板に大きく描かれた文字に、祐希は首を傾げた。
「………合同で劇を……ですか?」
 登校するやいなや、キースリンともども空き教室に連行されてみれば、そこにいたのはA組とB組の副委員長達。
「どうだ?」
 そして、議長というたすきを掛けた、B組の委員長。
「………出来たんですね」
 どうやら夏休みの間ライスで延々作業していた台本が、ついに形になったらしい。
 祐希としては、てっきりB組だけでやるのかと思っていたのだが……。
「面白そうですけれど……でも、台本ってあるんですの?」
 だが、キースリンの問いはレイジが一番待っていたもの。
「こんなこともあろうかと!」
 定番の掛け声と共にレイジが取り出したのは、既に印刷済の藁半紙の束だった。
「ちょ……手回しよすぎ……!」
「通す気まんまんじゃねえか!」
 どうやらB組の副委員長連は聞いていなかったのだろう。怒濤のブーイングが上がる中、藁半紙の台本がいそいそと配られていく。
 ご丁寧にも、人数分準備してあるらしい。
「ってわけでよ。まあ、見るだけ見ちゃあくれねえか?」


 A組のホームルームの最初の議題は、昨日延期になった文化祭の出し物の相談だった。
「というわけで、B組から合同劇の提案があったんですが……どうでしょう?」
 朝イチのそれに間に合わせるための、レイジの強攻策だったのだろう。確かにホームルームに間に合わせるためには、それより早くA組の長である祐希達に話を通しておくしかない。
「結構、定番の内容なのね」
 劇の概要がまとめられたプリントをざっと眺めつつ、晶が抱いたのはそんな感想だ。
 正統派ファンタジーによくある、崩壊を間近にした王都での、勇者と姫君のロマンス……らしい。
「まあ、シンプルでいいと思うよ?」
 難解な話にしても、見ている側が理解できなければ意味がない。もちろん、その物語の本質を理解できなければ、演じる側にとっても苦痛でしかなくなってしまう。
 そういう意味では、脚本家の狙った所は外れてはいない。
「実際、喫茶とかって、普通科とかなり被ってるみたいだしな……」
 A組で出ていた意見は、喫茶やお化け屋敷、迷路といった定番の類ばかり。そして、普通の喫茶や露店の類は多くのクラスが行うため、出し物が被らないよう生徒会から調整が入るだろうと噂されていた。
「そうそう。迷路は2−Aと2−Bが合同でやるそうよ。空間系のエピックとか、派手に使うみたい」
「………勝てそうにないね、それ」
 二年の担任を締め上げて吐かせたのだろう。はいりの裏情報に、あちこちから嘆息の声が上がる。
 魔法科二年は魔法科棟のすぐ上の階だ。二階全てを使った巨大魔法迷路の下で一年のひとクラスがしょぼくれた迷路を作ったところで、勝ち目がないのは明らかだった。
「なら、劇はどこかやるの? 演劇部?」
「演劇部は今年はハムレットらしいわよ。他のクラスは今のところ、聞いてないわね」
 シェイクスピアの大作だ。もともと秋の演劇大会用に準備していた物を、練習を兼ねて先行公演するらしい。
「しかも、英語版だって聞きました」
 難易度が桁外れに高いのは理解できるが、話の内容を観客がどれだけ理解できるのかは、疑問だった。
「………被らないな」
 少なくとも王道で日本語劇という路線を行くなら……演技では勝てないまでも、理解しやすさでハムレットとでも互角に戦えるだろう。
「なら………決まりですかね」
 そして、A組とB組の合同演劇の準備が、始まった。


続劇

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