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3.鳴らない、電話

 華が丘にも、携帯ショップはある。
 全キャリアを取り扱っているその店は、副業として携帯の加工……即ち、携帯の電波が無効化される華が丘で携帯を使うために必要な加工も執り行う事で知られていた。
「…………珍しいですね、ブランオートさんがいるなんて」
 猫の額ほどのショーウィンドウを見つめる小柄な姿に、店から出てきた悟司は思わずその名を呼んでいた。
「………ホリックの、勉強」
「ああ………」
 セイルの祖母はレリックなどの作成魔法……ホリックの大家だ。その血を受け継ぐセイルも、ゆくゆくはその道を歩むのだろう。
 そして二人が持ち、ショーウィンドウにも並ぶ魔法化された携帯にも、その奥義の片鱗はしっかりと刻み込まれているのだ。
「………新品?」
 呟く少年の視線は、悟司の提げるメーカーロゴの入った小さなペーパーバッグに向けられている。
「です。こないだ、壊れちゃったんで」
 携帯の魔法加工には、本来なら数日を要す。だが珍しく運の良いことに、加工済のものが一つ、在庫として置かれていたのだ。
 空いた時間なら十分少々で終わるとのことで、手続きを終えたのがつい先ほど。
「お。機種変更、終わったのか?」
 そんな事を話していると、さして広くもない通りの向こうから手を振る姿がひとつ。
 道場帰りの、レムだ。
「ああ。データもバックアップがあったから、だいたい元通りだって」
「……どした? 何か消えて困るデータでも?」
 機種変更も終えたというのに、悟司の表情は浮かぬ顔。
 確か、悟司は復旧したデータは『だいたい』と言っていた。ならば、その『だいたい』の中に、何か致命的なものでもあったのか……?
「いや……それはないんだけどさ。百音さんに、機変したってどのタイミングで掛けるべきかな……と思ってさ」
「…………?」
 だが、悟司の言葉にセイルは無言で首を傾げ。
「さっさと掛けりゃいいだろ」
 レムもあっさりとそう言い切ってみせるだけ。
「何だか百音さん、忙しいって聞いてるし……」
 携帯がなくとも、狭い華が丘の事だ。家族や友達を通じ、最低限の情報は入ってくる。
 その中には、日夜ご町内の平和のために走り回っている『謎の魔法少女』の活躍も含まれているわけで……。
 魔法の発動体として起動している間も、携帯は携帯としての機能を保つ。通話も出来るし、メールだって届く。
 逆を言えば、極限まで間の悪い瞬間に、謎の魔法少女の元に悟司からの連絡が届く可能性も……否定できないのだ。
「……なら、間が悪いときもあるか」
 おそらく、トイレかお風呂あたりを想像したのだろう。もちろんそれとは次元の違う間の悪さなわけだが、悟司もそれ以上の否定をすることはない。
「パートナーの気持ちや状態がこう、分かる魔法とかあればなぁ……」
 さらに言えば、連絡が取れなかった間、先日のキースリンとの誤解を解くことも出来ていないのだ。そちらに関しても謝って誤解を解いておきたいのだが……。
 機を間違えれば、それどころではない程の致命的な事態になりかねない。
「そんな魔法、あったらオレが知りたいよ」
 そればかりは、問われたレムもため息を返すしかない。
「……ブランオートさんはどうしてる?」
「…………リリさん?」
 回された問いかけにも、セイルは首を捻るだけ。
「そういえばセイルのパートナーって、リリさんだったよな。どういう付き合い方してるんだ?」
 ハークは明らかに尻に敷かれているし、祐希は理想的すぎて明らかに参考にはならないだろう。そういう意味ではセイルとリリは、異性同士のパートナーで数少ない参考になりそうな組み合わせと言えた。
「……………みんなと、一緒」
「一緒って……レム達と同じように接するって事?」
 悟司の言葉にもセイルは首を傾げるだけだ。
 当の本人がそれ以上の説明をしないのだから、二人としては彼のわずかな言葉を頑張って読み解いていくしかない。
「まあ、この中で一番パートナーと仲が良いのって、セイルだしよ……試してみたらいいんじゃね?」
 結局、至った結論は……そのひと言だ。


 彼方まで並ぶ屋根の上を駆け抜けるのは、緩やかなフリルに身を包んだ小柄な少女。
 最近流行りの太陽電池パネルを踏まないように。半歩手前の瓦屋根で大きく跳躍し、そのまま路地へと飛び込んだ。
「これで……四件目……っ!」
 着地と同時に変身を解除。
 路地から姿を見せたのは、どこにでもいるごく普通の女の子。
 軽く伸びを一つして、華が丘の田舎町を歩き出す。
「馬鹿もん! まだ三件目じゃぞ!」
 だが、上空から人の言葉を喋る小さなフクロウが降りてきた時点で、半ば台無しだった。
「…………大声で喋らないでよ。メレンゲ」
 魔法世界に近しい華が丘だが、人の言葉を喋る動物まではそれほどいない。正体がバレないよう、目立たないように目立たないようにと行動している彼女にとって、喋るフクロウのような目立ちまくる存在は、ある意味悩みの種とも言えた。
「………しかし、自ら人助けをしに回るなど、どういう風の吹き回しじゃ?」
 百音の気持ちを理解したのか、魔女っ子の制約……正体を知られてはならない……を察したのか、小さなフクロウは少女の提げたトートバッグに掴まると、ぽそぽそと声のトーンを落としてみせる。
「そんな、今まで何もしなかったみたいに言わないでよ……」
 もともとおせっかい焼きな彼女にとって、与えられた使命とはいえ、人助けの活動そのものはそこまで意識するほものではない。
 もちろん、目立ちまくる格好を除けば……ではあったが。
「まあ、積極的に活動するのは良い事じゃ。フラン様もお喜びになろうて」
 ほぅ、と満足げに笑うフクロウに無言を保っていれば。
「……………あ」
 バッグの内側から伝わるのは、マナーモードにしておいた携帯の振動だ。
「もしもし!」
 聞こえた声は、機種変更を控えたパートナーではなく……
「……………レイジくん?」
 聞こえる声に、心臓がどきりと脈打つのが分かった。
『今、例の台本書いてるんだけどよ……どうにも詰まっちまってな。暇だったらでいいんだが、手伝っちゃくんねえか?』
「………うん。…………どこにいるの?」
 携帯の向こうからは、わずかなざわつきが聞こえてくる。どうやら、ホームステイしているパートナーの家ではないらしい。
『ライスでコンセント借りてやってんだ。祐希も手伝っちゃくれてるんだが、あいつバイトの合間だからよ』
 台本の手伝いなら祐希のほうが適任だとは思えたが、確かに彼はライスのアルバイトだ。空いている時間なら菫も大目に見てくれるだろうが、繁忙時間となればそうもいかないだろう。
「ライスだね? 分かった。………すぐ、行くよ」
 答え、携帯をバッグに放り込むと、魔女っ子……否、百音は蝉時雨の中、華が丘の商店街に向かって走り出した。


 そうして、夏は過ぎていく。
 やってくるのは夏の終わり。


 そして、二学期だ。


続劇

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