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18.極北のアヴァロン

 転がっている空き缶を見て、現れた姿は小さく肩をすくめて見せた。
「調子は……あんまり良くないみたいだねぇ」
「まあな」
 空き缶を元の位置に戻す悟司の表情が、その状況を物語っている。
 着地した状態の天候竜の頭までの高さは、最大で十メートルほど。その位置にあるポーチが目標なのだが、直撃させず、わざとかすらせて弾き飛ばすとなれば……難易度は、ただ当てるよりも一足飛びに跳ね上がる。
「しっかりしてよ? 悟司くんのそれが当たらないと、事件は解決しないんだから」
「分かってるってば!」
 叫びと共に弾丸が飛翔し、空き缶のど真ん中を貫いた。
 弾かれる空き缶の残響がしばらく道場の裏手に木霊して……。
 その後に来るのは、気まずい沈黙だ。
「…………ごめん」
 呟いたのは、そんなひと言。
「いいよ。それで命中率が上がるんなら」
 もちろん、それで命中率が上がるはずもない。むしろ昂る感情は狙う意識をブレさせ、弾丸の制御を疎かにする。
「けど、珍しいな。ハークがこんな所に来るなんて」
 ハークが積極的に声を掛けるのは、女の子だけだ。入学してからずっとそうだから、もはや気にもならないが……ここまで生き方にブレがないのは、いっそ羨ましくもなる。
「見かけが女の子だから」
「…………そういう趣味、ないよ?」
 真面目に嫌そうな顔をした悟司に、ハークはため息をひとつ。
「冗談だよ。晶ちゃんが冬奈ちゃんの所に遊びに来てるから、そのついで。そうでないと、何で君みたいに彼女取られて黙ってるような奴の所に……」
 そこまで言って、さすがのハークも言葉を止める。
「…………ごめん、言い過ぎた」
「いいけどさ……」
 百音とレイジが図書館に調べ物をしに行ったのは、もちろん悟司も知っていた。
 だが、悟司は弾丸制御の訓練があったし……正直なところ、百音の秘密を知ったことで百音を混乱させてしまっている事もまた事実。彼女が落ち着くまでしばらく時間を置くのもありだろうと思ってもいた。
 そして……。
「いくら中身がアレでも、女の子の顔を殴るわけにもいかないだろ……」
「ああ、そういう事なんだ……」
 ようやくの本音に、ハークも苦笑。
 女の子が大好きなハークだからこそ、悟司のその言い分は痛いほどによく分かった。
 確かに自分が同じ状況になったとしても……手を上げることだけは、ないだろう。口げんかなら余裕でする気だったが、こんな大事な作戦を前に、余計にテンションを下げることもない。
「ま、俺もこの格好はいい加減勘弁して欲しいからさ。夕方のあれは、死ぬ気で頑張るよ」
「……本当に頼むよ? この事件……結構、晶ちゃんも気にしてるみたいだから」
 ぽそりと続けたそのひと言に、悟司もハークがここを訪れた本当の意味を理解する。
「…………いいヤツだな、お前」
 穏やかに微笑む悟司に、ハークは耳まで顔を真っ赤にし、怒ったようにその場を後にする。
「うるさいよ。とにかく、頼んだからね!」
 彼女の髪に付いた鈴蘭のヘアピンは、怒っているような、困っているような、紅い輝きを放つだけ。


 一方、わずかな時間を使い、華が丘を離れている者もいた。
 セミナーハウスの裏手の山は市有地であり、セミナーハウスの管理下にあるわけではない。出入り自由なその場所に、今日は三人の姿が立っていた。
「変化……なしか?」
「……………?」
 レムの言葉に、セイルは無言で首を傾げるだけだ。
「セイルくん、何か変わった感じとか、ない?
「……………?」
 リリの言葉にも、いつも通りのセイルの反応を示すだけ。
 少なくとも、何らかの異変が起きた様子は見られない。
「それでソーアくん。ここの祠って、何かあるの?」
 先日あった臨海学校の夜、肝試しに使った祠の前だ。あの晩はそれなりに雰囲気の出ていたそこも、夏の日差しと蝉時雨の中ではさすがに怖くも何ともない。
「ちょっとな。前に、変わった幽霊と話が出来たんで……そいつとまた話せないかなって」
 神隠しの刀鍛冶、カキモトノヒムロ。
 セイルの身体に宿ることでレムの前に現れ、双空をエキガミと呼び、使うなと忠告した……この祠に祭られた刀の神。
 そして……その言葉の末尾に続けようとした言葉は……。
 間違いなく、メガ・ラニカだった。
 レイジの調べてくれた情報でも『神隠し』以上の手がかりはなかったものの、彼が彼の地の名前を知っているという事は、神隠しに遭った先は自ずと見当が付いてくる。
「夜じゃないから、ダメなのかなぁ?」
 幽霊ならば、夜に出る。
 リリらしい、極めてシンプルな推論だが……。
「声かけられたの、確か朝方だったんだよな。……けど夜まではさすがに待てないだろ。作戦もあるし」
 特にこの辺りは交通の便が悪く、次のバスを逃せば夜まで華が丘に帰れない。もちろんそうなっては、夕方の作戦には間に合わなくなってしまう。
 そしてタクシーを使うには、いくら割り勘にしても、学生の小遣いには余裕がなさ過ぎた。
「だよねぇ……」
 ギリギリの時間まで粘ってはみたものの……。
 何の収穫もなく、三人は島を後にする。


「アヴァロン…………ああ、あった」
 分厚い書物の中程に、その項目はひっそりと記されていた。
「こっちの内容とあんまり変わんねえみたいだな……」
 どちらの書物に記された記述も、おそらく参考にした資料が同じなのだろう。ざっと眺めた限り、さして差はないように見えた。
 かつてのメガ・ラニカ最大の都、アヴァロン。
 世界の中心、世界樹の北方に位置し、水晶の森に囲まれた大いなる都。
「滅んだ詳細は不明……か」
 ローゼリオン家で聞いた物語が本当なら、その原因は無数の魔物達の侵攻によるものだったとなる。そして、その暴走が、天候竜の異変に繋がったとも。
「けど、アヴァロンってそんな北にあったのか……」
 百音の祖母の家……小さなアヴァロンと呼ばれた場所も、常春とでも言うべき暖かな場所だった。
 そのイメージも手伝っていたせいか、古代のアヴァロンももっと南の暖かい場所を想像していたのだが……。冬などは、意外と寒かったのかもしれない。
「ねえ……これ、おかしいよ」
 しかしそこまで読んだ百音は、首を傾げた。
「だって世界樹って、メガ・ラニカの一番北にあるんだよ?」
 百音の知る世界樹は、セイルの祖母が住む銀嶺の森のさらに北、世界の果ての近くにある。さらに言えば世界樹は、世界を支える唯一の存在とされていた。
 即ち、アヴァロンの南にあった世界樹が別の樹だという可能性は……極めて低いことになる。
「それが世界の中心だったって……? どういう事だ?」
 けれどその答えは、限られた時間の中では見つからず。
 二人は仕方なく、図書館を後にするのだった。


 カフェ・ライスのテラスに付けられた階段を踏めば、掛けられたのは元気の良い少女の声。
「いらっしゃ…………なんだ、鷺原くん達ですか」
 途端にトーンを提げた少女の声に、悟司は苦笑するしかない。
 ライスの若い子向けの衣装は、メガ・ラニカから帰ってきた時から変わる気配がない。祐希も諦めているのだろうが……さすがに知り合いに見られるのは良い気分ではないらしかった。
「なんだはないじゃない、メイドさん」
 冬奈の言葉に珍しく嫌そうな顔をしながら、それでも祐希は一行を空いているテーブル席へと案内する。
「……準備はどうなりました?」
 バイトもあったし、朝の支度もあるため、祐希は今朝の巣の探索には参加していなかった。もちろん夕方の件はメールで受け取っているから、把握しているが……。
 その作戦のキーが、目の前の悟司であるはずだった。
「出来る限りはね」
 今までずっと、冬奈の家で練習していたのだ。精密射撃はもともとシルバーバレットと相性の良い攻撃ではあるのだが、その精度も……今朝よりは少しはマシになったと、そう思う。
「そうですか……菫さん、すいませんが」
「ええ。今日もお疲れさま!」
 いつものエプロン姿の菫の声を受け、祐希は後にする。
 もちろん仕事の都合上、菫は祐希たちの計画を知っていることになるが……はいり達には決して口外しないと約束してくれていた。
「じゃ、すみません。すぐ着替えてきますから、少し待っててください」
 集合時間には少し早いが、山の麓から現場までは飛行魔法の使い手達によるピストン輸送が中心になる。時間が掛かるのが分かっている以上、少し早くても何の問題もないはずだった。
「別にその格好のまんまでもいいのに。可愛いわよ?」
 冬奈の言葉に分かりやすく嫌な表情をしておいて。
「冬奈ちゃんもそう思うわよねぇ?」
「…………勘弁してください」
 菫の言葉にため息を一つ吐くと、少女は奥の更衣室へと姿を消していく。


続劇

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