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15.竜を追うものたち

 臨海学校から一夜明けた、十四日。
「なんだかんだで、ほとんど集まってるな……」
 学校には内緒の作戦だから、学校には集まれない。
 臨時の詰所となった大神邸に集まったのは、魔法科一年のほぼ全員。用事で欠席の連絡をしていた者もいくらかいたが、メガ・ラニカに帰らず性別逆転を免れた生徒の顔までいたのは正直予想の外だった。
「で、とりあえずどうするんだ? 天候竜からポーチを奪い返すったって、飛んでるヤツを捕まえるわけにもいかないだろ」
「まあ、狙うなら着地した後の夜か、飛び立つ前の明け方だろうね……」
 少なくとも、飛んでいる間の天候竜を相手取るには、航空戦力が足りなさすぎる。天候竜は夜に飛ぶという話を聞かないから、その間を狙うか、飛び立つ隙を狙うかのどちらかになるだろう。
「それなら、あれの巣ってのを見つけないと……」
 その言葉に、レイジが中央に一枚の地図を広げてみせる。
 臨海学校に行く前にライスで聞いてきた、天候竜の巣の大まかな予想図だ。
「なあ、ワンセブンはダメなのか? あれを天候竜にくっつけりゃ……」
 ワンセブンは自らではなく、祐希の魔法で動く。それを辿れば、何とか出来るのではないか。
「ワンセブンはちょっと……」
 だがその作戦に、当事者の祐希は渋い顔。
 ワンセブンは祐希の携帯であり、魔法の杖でもある。紛失の可能性が高い今回の作戦に投入するには、リスクが大きすぎた。
「だから、代わりにこれを使おうと思うんだ」
 代わりに取り出したのは、携帯に似た箱形の機械と、ワンセブンよりひと回り大きなフィギュアのブリスターだった。
「なんだそのキモいの」
 確かに精密機械のワンセブンより、頑丈そうではある。ついでにフィギュアの箱をよく見れば、降松のリサイクルショップの値札が貼られており……百円と書かれてあった。
 確かに百円なら、行方不明になっても惜しくない。
「これにGPSを背負わせて、天候竜の巣を探そうと思うんだ」
「じー?」
 メガ・ラニカでも聞いたことのない単語だ。
「例えば、こう」
 祐希が大神邸の庭で機械のスイッチを入れると……しばらくすると、機械の液晶画面に華が丘の地図が表示された。
 位置的に、間違いなく大神邸である。
「おおっ! なんかすげえ!」
「……いや、みんなの携帯にも付いてるから」
 とはいえ、さすがに誰かの携帯を天候竜の巣に置いてくるわけにもいかない。ならばと、以前中古屋で買っていたそれを引っ張り出してみたのだ。
「そうなんか……」
「維志堂くんには驚いて欲しくなかったな……」
 晶のぼやきもどこへやら、良宇はしきりに感心するばかりだ。
「でも、こういうハンディGPSって、別に位置情報が送れるわけじゃないでしょ? 結局回収するんなら、GPSなくても良くない?」
 その晶の言葉に、一同は首を傾げた。
「GPSって、その機械がどこにあるか調べられるんじゃないの?」
「調べられるのは、携帯だからなんだってば」
 GPSは、上空を飛んでいる衛星から勝手に飛んでくる位置情報を元に、自らの位置を特定するだけの機械である。している事は高度に見えるが、実際は放送波を受信するだけのラジオや、電波時計と変わりない。
 自身の位置を誰かに知らせるには、GPSで得た位置情報を、携帯などの通信機械を経由して送る必要があるのだ。
 祐希の持ってきたGPSもそれは同じで、GPSが獲得した位置情報を回収するには、そのGPS本体が置かれた巣に忍び込み、回収する必要がある。
「……それ、意味なくない? 巣を探すためにそれを使うのに、巣に行っちゃうんだよね、それ」
 そうなってしまっては本末転倒だ。
「……なるほど。フィギュアで、GPSの画面を確認するわけね」
 だが、冬奈の言葉に祐希は静かに頷いてみせた。
「そういうことです。こいつで画面を確かめれば、最悪回収出来なくても、場所だけは分かりますから」
 フィギュアで見たものは、祐希自身の目にも映る。巣に着いたフィギュアがそこでGPSの画面を確かめれば、位置情報は祐希に伝わると……そういうわけだ。
「……そのじーなんたらはよく分かんねえが、これを天候竜にくっつけりゃ、後は祐希が上手いことやってくれるって事でいいのか?」
 凄まじく漠然とした認識だが、いきなりGPSの説明が出てきても、分からなくて当たり前だろう。華が丘の住人がメガ・ラニカの魔法理論の話をされて困惑するのと変わりない。
「そういうこと。後は、これをどうやって天候竜に付けるか……だけど」
 そこに挙がるのは、細い手だった。
「それは、オレがやる。オレの刀が、この中じゃ一番速いだろ」
 大半の飛行魔法の使い手は、自転車よりも少し速い程度を出すのが精一杯だ。最も速い速度が出せ、なおかつ小回りが効くのは、確かにレムの双刀だろう。
「…………」
 セイルがぼんやりと心配そうな視線を投げかけるが、レムは知らんぷりを決め込んだ。
「なら、そのフォローで飛べる奴が何人かいりゃいいか。祐希は外せねえとして……ハルモニアかねぇ」
「私……ですか? わかりました」
 妥当な選択に、キースリンも静かに頷いた。彼女の召喚する大烏なら、祐希を連れても十分な速度を出すことが出来る。
「なら、後の面子は天候竜を見つけるのと……」
「他に何かする事があるの?」
 当面の作戦と、実行部隊は決まった。残りはとにかく天候竜を見つけ、レムが祐希の人形を取り付かせるフォローをすればいいだけのはず。
「ああ。ちょいと、図書館で調べ物してきてえんだが……何人か、手伝っちゃくれねえか?」


 夏の空はどこまでも高く、青く広がっている。
 快く晴れたそこには入道雲の一つもなく……天候竜の、一匹もいない。
「いないねぇ……セイルくん」
 セイルを連れて歩きながら、リリは青い空を見上げた。
 用のない時はなんだかんだで飛んでいるくせに、用のあるときに限って見当たらない。
「………いた」
 ぽつりと呟く少女に、少年は慌てて空を仰ぐ。
「え? どこどこ? いないよ?」
 そう呟いた瞬間、青い空を切り裂いて、巨大な影が横切っていく。
 リリは慌てて携帯の電話帳を呼び出し、発信ボタンを押し込んだ。
「もしもし、こちらリリ! いまゲートの上らへんを、天候竜が飛んでいったよ! 向きは……東!」
 三コールで出た相手に早口でそう伝え、二人は竜を追って移動を開始する。


 冬奈が広げた新聞は、今日の日付のものだった。
「とりあえず、明日からはしばらく曇りか……」
 まずはそれが分かっただけでも、収穫ではある。
「ねぇ。こんな古い新聞とか読んで、どうするのよぉ……天候竜の記事なんて、そんなにないでしょ……?」
 そして、調べ物に既に飽きている少年がいた。
 晶である。
「暑い外でウロウロするよりはマシだよ。涼しいし」
 調べ物組の方が楽だと、誘ってきたのはハークだった。確かに暑い中を走り回るよりは、冷房の効いた図書館の方がいくらかマシだったが……。
 それでも、一枚数ページの地元新聞を延々と手繰る作業は、開始五分で心が折れそうだった。
「あー。もう、字とか読むのめんどくさいー。パソコンで検索とかじゃダメなの?」
「パソコンは今埋まってますから。順番ですよ、先輩」
 そして、地方版を黙々と眺めていたもう一人の少女は……性別逆転の被害者でも、それどころか魔法科の生徒ですらなかった。
「てか、真流理も良い子ねぇ……晶より、百倍役に立つわ」
 良宇の妹である。冬奈達が中三の時に一年で入ってきたから、全く知らない顔でもない。
「レイジ先輩や兄がずっとあれなのも……家族として厳しいですから」
「先輩……ねぇ」
「なんでそこだけ強調するんですか」
 そんなところにだけ食いついてくる晶に嫌な顔をひとつして、再び資料を手繰り出す。
 まあ、誰のためにしているのかは……少なくとも、兄のためでないことだけは確かなようだった。
「まあいいや。パソコン使えるようになったら言って」
 所詮は田舎の華が丘だ。図書館の中でネット検索の出来るパソコンも、それほど数が多いわけではない。
「ぬこぬこ動画とか見ちゃダメだよ?」
「じゃあ間を取ってグルグルマップで……」
 どこの間かさっぱり分からない。既に机に突っ伏してサボる気満々の晶を放っておいて、皆はそれぞれの調べ物を再開する。
「つか、ネット調べるなら家で調べた方が楽じゃん」
 ふと、晶が復帰した。
 よく考えれば、晶の家にもネット環境くらいある。どうせ調べ物をするなら、遠慮無くパソコンを占有できる家の方が便利が良いに決まっていた。
「家だったらゲームするでしょ、晶」
「まあねー」
「そこは嘘でも否定してってば」
 冬奈の指摘にさらりと答える晶に、ハークは頭を抱えるしかない。もちろんそんな調子では、資料調査など一向に進むはずもない。
「次の資料、持ってきたよ」
 そんなバカな話を小さな声で続けていると、机の端に大量の資料がどん、と置かれてきた。
「お疲れさま、ファファちゃん。……で、肝心の資料調べたいとか言ってたバカは?」
 確か、ファファと一緒に次の資料を取りに行ったはずだ。
 それが戻ってきていないということは……。
「なんかむこうで、放送部の先輩にナンパされてた」
「………何やってんの」
 本当に何をやっているのか、ワケが分からなかった。


 ナンパされたレイジの前に積まれているのは、愛の言葉でも何でもなく、大量の書籍。
「で、なんで中国神話なんですか……ゴシップ先輩」
 どれも中国神話の専門書だ。解説書から伝説一覧まで、有名どころをひととおり山にしてある。
「……何かこう、時代はチャイナだ! って感じがしてな……」
「意味わかんねッス」
 もともと奇行の多い先輩ではあるが、ブームの基準もよく分からない。神話そのものはレイジもある程度紐解いたことがあるが、どうしてこのタイミングで中国神話なのだろう。
「レイジ」
「なんすか」
「先輩命令だ。男に戻ることを禁止する」
「頭膿んでませんかゴシップ先輩」
 そのうえ、デフォルトの奇行も相変わらずだった。
「というかだなぁ、これが元に戻るというのは、人類の損失だろう」
「損失のまんまで良いッス。……そうだ、ゴシップ先輩。ちょっと聞きたいことがあるんすけど」
 ふと思い出したのは、大神邸を出る前、レムから聞いた話だ。余裕があれば、ある人物について調べて欲しいと言われていたのだが……。
「ええっと、カキモトノ……なんだっけ」
 言いかけて、思い出せないことに気付く。
 何だか難しい名前だったはずだが、結局漢字でどう書くのかも分からないままだ。天候竜捜査の班を分けた直後でバタバタしていたため、細かい所を聞く暇がなかったのである。
 メールで確認しようかと思った、その時だ。
「ん? カキモトノヒムロか?」
「そうそれ……って、知ってるんすか先輩」
 変人と名高い先輩の口からさらりと出てきた名前に、思わず目を見張ってしまう。
 目の前の少年が華が丘の歴史を研究しているなど、聞いたこともないが……。
「この辺りに住んでた、神隠しの刀鍛冶だろ。天正だか江戸時代だかに一時期行方不明になってて、戻ってきた時には凄い刀鍛冶になってたとか、そういう話だな。最後にはどこかに神として祭られたとか読んだが……」
「結構簡単になれるんすね、神様って……」
 まあ、定員は八百万人もいるくらいだし、ちょっと頑張ればなれてしまうレベルなのかもしれないが。
「その辺はまあ、メガ・ラニカで言う竜殺しの魔女とか、皆殺しのソニアとか、そのレベルなんだろうな」
 どちらも、メガ・ラニカでは定番の伝説の存在だ。確かにそのくらいの知名度が神様と呼ばれる条件だとすれば、神様になるのはそこそこ難しく、だが頑張ればなれてしまう……くらいと言えるだろう。
 竜を倒したと言われるレイジの先祖も、もう少し知名度があれば神や伝説と呼ばれる存在になっていたのだろうかと思うと、若干微妙な感覚ではあったが。
「確か、華が丘八幡宮の大きな刀を作った鍛冶の、師匠だったと思うが……どした」
「いえ、女の子の事ばっかり調べてるわけじゃないんだなぁと」
 どう考えても女の子のことしか調べていないような気もしたが……。何だかんだでこうして後輩の面倒を見たり、放送部の原稿を書いたり、それなりの仕事はしているらしかった。
「…………で、そっちはどうなった? 四凶を書経と左伝、どっちの資料に準じればいいか、決まったか?」
 とはいえ、レイジに任されていたのは話し相手ではない。
 今までにゴシップがまとめたノートを見て、二種類ある資料のうち、どちらの意見として発表するかだった。
「………そもそも先輩のノートが意味不明すぎてわかんねっす。なんすかこのCUって。ツェーウーっすか」
 字はそれほど汚くない。むしろ、読みやすいと言っていい。
 だが、書いてある内容はといえば、キュウキだのトウテツだの暗号としか思えないカタカナ名前の間に、CUというさらによく分からない単語が乱舞している。
 メガ・ラニカ人でCUと言えば彼等の守り神であるツェーウーを示すのが定番だが、何せ相手はメガ・ラニカ神話ではなく中国神話。ツェーウーを示す文字ではないはずだった。
「蚩尤だよ。しゆう。中国の字は難しい字ばっかりだから、分かりやすく書かないとめんどくさいだろ」
「……そんな暗号やめてください」
 そもそも蚩尤というのがどういう存在なのかすら、よく分からなかった。ゴシップのノートの文脈から、どうやら悪神や疫神の類らしい、と判別できる程度だ。
「ホリンくん、いた!」
 そんな話をしていると、静寂を旨とする図書館にしては大きな声が飛んできた。
「ちょっと、調べ物サボって何やってんだよ!」
 周囲からの冷たい視線に慌てて声のトーンを落とし、少女の姿をしたハーク達がやってくる。
「……いや、俺も無理矢理捕まってだな」
「ちょっと、何やってるんだレイジ!」
 弁解の言葉を出した瞬間に飛んできた叱咤の声は、あろうことか今までレイジを引き留めていたゴシップからだった。
「レイジ! こんな美人達と一緒に調べモノしてたんなら、ちゃんと俺に紹介しろ!」
「やっぱり一度死んでください。先輩」


続劇

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