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13.降神

 朝食のテーブルで良い匂いを漂わせているのは……。
「朝から……カレー?」
「おう。今流行っとるんだぞ」
 良宇の作った肉じゃがに、昨晩のうちにルーを加えておいたものだ。傷まないように気を付ける必要はあるが、逆を言えばそこだけ気を付ければ、今朝の朝食の準備はご飯を炊くだけで済む。
「確かに一日おいたカレーは美味いけどさ……」
 肉じゃがベースの和風カレーと考えれば、味も悪くない。
「たくさん作っとるからのぅ。残しても勿体ないし、たくさん食え!」
 何だかんだで、食べ盛りの一同だ。あっという間に平らげて、あちこちからおかわりの声が上がる。
「どした、祐希。なんか良い事でもあったか?」
 そんな良宇特製のカレーを食べながら、レイジは隣に座っていた祐希に声を掛けた。
「別に。どうかしましたか?」
 いつも通りの返答だ。しかしその内に潜む、どこか嬉しげな色を……レイジが見逃すはずもない。
「ああ、キースリンさん! 福神漬け、そんなに入れたらきっと辛いよぅ!」
「え……あ、はい……あら? なんでこんなに……」
 祐希の視線が向かうのは、ファファに止められているキースリンの姿。向こうもこちらに気付いたのか、少しだけ顔を上げ……視線を確かめるなり、頬を赤らめて下を向いてしまう。
「……そういうことか。やりやがったな、テメェ」
 どうやら、昨日の肝試しの間に上手くやったらしい。
 もっともこの二人に関しては、遅すぎたと言っても良いくらい………。
「まだ返事は聞いてませんよ」
 だと思ったのだが、穏やかに答える祐希の言葉に、レイジは目を丸くする。
「……はぁ? 何やってんだよ」
「いいんですよ。答えがどうあれ、僕の気持ちが伝えられただけで……十分ですから」
 キースリンがどう答えるにせよ、祐希はそれを受け止めるだけだ。思いを告げて、その覚悟も出来た以上、もう悩む事は何もない。
「……なんつーか、報われねえなぁ、お前」
 身分違いの恋なんか、するもんじゃない。
 真実からはほんの少しだけズレた感想を抱きつつ、レイジはカレーの残りを平らげる作業を再開するのだった。


 セミナーハウスの掃除を終えれば、全ての日程は終了だ。
 正門前には既に大型バスが停まっており、もう半数ほどの生徒は荷物を抱えて乗り込んでいる。
「みんな、さっさと乗ってねー。乗り遅れても、魔法のホウキは使えないわよー」
 島は本土から陸続きだが、交通の便はお世辞にも良いとは言えない。数時間に一本の路線バスがあるだけで、歩いて帰るなど論外だ。
「………ん?」
 そんな列に並んでいると、レムの服の裾を引っ張る小さな姿があった。
 セイルだ。
「やっと……見つけた……」
 口にした重々しい言葉に、思わず眉をひそめる。
 途切れ途切れではあるが、いつものセイルの物言いではない。電波の悪い携帯から聞こえてくるようなそれは……。
「その刃……使っては……いけない……」
「……どういう事だ? セイル」
 レムの刃といえば、携帯にぶら下がるストラップの事しかない。確かに強い力をもつレリックだが、最近はようやく制御しきれるようになってきたというのに。
「……セイル…ちが……私………カキモト………ヒム……」
「ヒムロ……? ……ヒムロって、あの祠の神様か!?」
 それは、肝試しの時に使った、山の祠で祭られていた神の名だ。フツヌシの名を冠する、刀と鍛冶を司る神のひと柱。
 セイルがその名を名乗り、どうしてレムの刀を使うなと言うのか。
「神……ちが………エキガミ……打っ………メガ・ラニ……」
 そこまで言って、セイルは沈黙。
「セイルくん、どうしたの?」
「………?」
 寄ってきたリリに肩を揺すられれば、そこで意識を取り戻したのか、リリに向けて不思議そうに首を傾げてみせる。
 その様子は、どう見てもいつものセイルの姿だった。
「なあ、セイル。エキガミって……何だ?」
 エキガミ。
 刀の神が打ったというなら、それは刀かそれに類するものなのだろう。そして話の流れからすれば、使うなと言われたレムの刀こそ、エキガミという事になる。
 だが、レムの知る刀の銘は『双空』。それぞれの銘で言えば、風神と雷神だ。エキガミなどという、よく分からない名前ではない。
「セイルくん、こないだから変なの。パパが言うには、女の子になってから、霊を呼び寄せる体質になっちゃったらしいんだけど……」
 何でも、陸やルリのクラスメイトであったセイルの母親も、似たような体質だったらしい。狼に転じる能力の代わり、といった所なのだろう。
「ヒムロ、エキガミ……メガ・ラニカ、か」
 その言葉に、起動しないはずの腰から提がる双の刃が、ちり、と鳴った気がした。
「なあセイル。もう一度、あそこに……」
 もう一度祠に戻れば、何か分かるかもしれない。
「ソーア君、あなた達で最後よ。早く乗りなさい!」
 そんな事を思ったレムに掛けられるのは、担任教師の催促の声だ。


 島と本土を繋ぐ大きな橋を渡れば、華が丘までは三十分もかからない。
「それじゃ、みんな揃っている事だし、帰ったらこのまま解散にするからねー。三日間、お疲れさま!」
 そんなバスの中。A組担任の声を聞き流しながら、悟司は傍らの少年に小さく声を掛けた。
「心配?」
 主語は付けない。周りに人がいるこの場では、どの話をメインに据えても、怪しまれてしまうだろう。
「ううん。ママにメールしたら、メレンゲは大丈夫だって……。それより、悟司くんの携帯……」
 あの時の土砂崩れに巻き込まれ、悟司の携帯は半ばから二つに折れていた。メモリーカードは無事だったからデータのバックアップは問題ないし、携帯の外装があれば魔法の杖としても問題ないのだが……。
 しばらくは携帯での連絡が取れないということになる。
「まあ……さすがにバッテリーの持ちも限界だったし、変えろって事なんだと思う」
 もともと姉のお下がりに番号を入れたものだ。機能的な所は問題なかったが、バッテリーの持ちが悪いのだけは泣き所だった。
「あとさ……今日、美春さんの家に行って良いかな?」
「え? でも……」
 ハルモニィの正体を、知られてしまった。
 これ以上の事を話しても状況は悪くならないと思う反面、これ以上の事は話せないと思う自分もいる。
 とにかく状況が混乱しすぎていて、どうすればいいか分からなかったのだ。
「メレンゲ……だっけ? あのフクロウくんの事が心配なだけだから。他のことは、美春さんが落ち着いたら話して」
 アニメのような魔女っ子だから、アニメのように正体を知られてはいけなかった……というのはお手軽すぎるだろうが、百音が秘密にしていたからには、それなりの事情があったに違いない。
 それ以前に悟司もまだ状況が整理しきれておらず、これ以上の話を聞かされても、余計混乱してしまいそうだった。
「………うん。ありがとう……悟司くん」
 普段は、もうちょっと踏み込んできてくれて良いのに……と思う事の多い悟司の言葉も、今日ばかりはありがとうと思うしかない。
「………何か言った?」
「なんでもないよ」
 呟いたその名を、もう一度心の中だけで転がして。
「最後に。みんな性別が入れ替わって大変だろうけど……くれぐれも、軽率な行動には走らないように。いいわね!」
 はいりのその声と共に、バスは華が丘へと入っていった。


続劇

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