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11.伝えたい、言葉は……

 降松のセミナーハウスは島の居住区の外れにあり、辺りに民家は見当たらない。専用の海岸を得ることと、騒がしくなることに対する配慮の二つが主な理由だが……セミナーハウスの照明が消えれば、辺りを照らす明かりは、月明かりだけとなる。
 そんな中。
 海風にゆらゆらと揺れるろうそくの明かりを囲み、男の姿をした少女たちが頭を突き合わせ、ぼそぼそと何か語り合っている。
「で、この辺りには、無くした刀を探す落ち武者の霊が夜な夜な……」
 おどろおどろしい語り口に、誰かがごくりと息を呑み。
「俺の首はどこだーっ!」
「きゃーっ!」
 叫び声は語り手の逆方向から。
「いや、だから刀はどこだなんだってば……」
 晶が強引に持っていったオチにきゃあきゃあと悲鳴を上げる一同に、冬奈は苦笑を浮かべるしかない。
「はいはい。怖い話は程々にして、肝試し始めるぞー!」
 黄色い声で盛り上がる男達の怪談大会を打ち切っておいて、真紀乃は辺りを見回した。
 参加者は生徒の大半。
 だが、肝心な顔が見当たらない。
「……ンだよ。委員長とキースリンさんは不参加かよ」
 さらに言えば、パートナーの姿も見当たらなかったが……あんなことのあった後だ。正直、真紀乃も少々顔を合わせづらかった。
 この場に彼がいない事が良い事なのか悪い事なのかは、判断に苦しむところだったけれど。
「いいじゃねえか。ちったぁ察しろよ」
 レイジの言葉に気を取り直し、テーブルの上に出してあった大きな箱を天へとかざす。
「まあ、仕方ねえか……。なら、お前らクジ引けー! これで肝試しの組、決めっからなー!」


 肝試しのコースは、セミナーハウスの庭から細い道を通り、近くの山の上にある祠を目指すという簡単なものだった。
 祠の前にはお札が置いてあり、それを持ち帰れば任務成功というわけだ。
「…………」
 二人ひと組のチームに渡されたのは、懐中電灯が一つだけ。
「…………」
 小さな明かりは、いかにも心許ない。
 華が丘なら魔法の明かりを灯す事も出来るだろうが……魔法の使えない降松では、こんな場では機械の力に頼るしか方法がないのだ。
「大丈夫? 美春さん」
 前を歩く長身の姿に、悟司はおずおずと声を掛ける。
「……うん。悟司くんこそ、足元がまだ柔らかいところあるから、気を付けてね」
 山の斜面は先日の台風の影響がまだ残っており、所々に湿り気の抜けていない場所があった。昼間ならひと目で分かるその場所も、闇と木の陰に覆われれば、他の地面と判別が付かない。
「僕は大丈……うわっと!」
 そう言いかけた瞬間、悟司の体がずるりと滑る。けれど悲鳴を上げるより早く小柄な体を受け止めるのは、先を歩いていたはずの百音の腕。
「…………」
 長身の少年の、意外と大きく、たくましい腕の中。
「…………」
 少女の外見を持つ少年と、少年の外見を持つ少女は、互いに言葉を紡げないまま。
「え、ええっと……怪我は、ない?」
「う……うん。大丈夫……」
 長く気まずい沈黙の果て。
 二人はようやく立ち上がり、それ以上の言葉もなく、その場を後にするのだった。


 細い道の周囲は、深い草むらになっている。
「ばぁぁっ!」
 そこから飛び出して来たのは、崩れた顔のマスクを被った長身の影だ。普段ならさして怖くもないそれも、暗がりの中から唐突に現れれば……。
「きゃああああああっ!」
 驚いた少女は傍らにいた少女に半泣きで抱き付き、半泣きで悲鳴を上げ続ける。
「はいはい、大丈夫よ、ファファ。これ晶だから……ってひゃああっ!」
 抱き付かれた冬奈は、怖い物は平気らしい。だが、普段ならば小さなファファを軽々と受け止められる彼女の体格は、今はファファよりひと回りばかり小さくすらある。
「やだやだ、こわいよぅ!」
 故に、暴れるファファを押えきれず、あっさりと押し倒された。
「うっわ……男の子同士の絡みなのよね、一応」
 草の原の上、女の子の姿をした男の子二人組が絡み合う様に、脅かし側の晶も思わずマスクを脱いで見入ってしまう。
「でも、これはこれでアリじゃない……?」
「奇遇ね。あたしもそう思うわ」
 傍らのハークも、やはりマスクを脱いでばたばたと暴れるファファ達を眺めている。
「バカな事言ってないで助けてよ!」
 二人が手助けする事を思い出したのは、胸元のはだけた冬奈に半泣きで叫ばれてから。
「ふぇぇん……」
 脅かし手側に助けてもらいつつ身を起こし、ファファの服の汚れを払ってやって、冬奈はパートナーの手をそっと握ってやる。
「ったくもぅ。ほら、手ぇつないであげるか………ら……」
 その言葉を、口にし終わるよりも早く。
「ふぇ……?」
 冬奈の目の前に木の上からするりと降りてきたのは、手の平ほどある大きな蜘蛛だった。
 声にならない悲鳴が響き、少年達は再び草原の上へ。
「だ、大丈夫だよぅ、冬奈ちゃん! ほら、虫、もうどっか行っちゃったからって、ひゃああっ!」
 期末試験の時に明らかになった話だが、冬奈は虫に致命的なトラウマがあるらしい。メガ・ラニカにいたときはファファが虫除けの魔法を使っていたから事なきを得ていたが……ここ降松では魔法が使えないということで、効果の期待できない虫除けスプレーに頼るしかなかったのだ。
「やだやだ! ファファ、おっぱらってぇ……!」
 恐がりのレベルが半端でない分、二人の乱れようは先ほどまでの比ではない。
「……何だかんだで、冬奈ちゃんもこういうの好きなんじゃないかなぁ」
「狙ってるわよね、やっぱり」
 このまま裸になってしまうのではないかという勢いで暴れている二人の様子に、マスクを戻していた脅かし手達も再びマスクを脱いで、まじまじと見入っていたりする。
「変な事言ってないで助けてよぅ!」
 半裸にされかけていたファファ達を助け起こし、祠へ向けて送り出して。
「……ふぅ。楽しかった」
 顔の崩れた美女のマスクを被りなおし、晶はまだ笑いを漏らしている。
「脅かす側も、結構楽しいねぇ」
 もう少し地味な役割だと思っていたが、驚く女の子を見るのも、そう悪いものでもない。しかも普段なら嫌われてしかるべき行為を働いてむしろ喜ばれるのだから、ハークの基準でなくても美味しいポジションと言えた。
「でしょでしょ? あ、次のグループ、来たわよ!」
 山道の下から、揺れる懐中電灯の明かりがやってくる。
 クジで決まった順番からすれば、冬奈達の次のグループは……。
「……百音ちゃん達か。だったら今度はこれ、使ってみない?」
 ハークの取り出したアイテムに、晶もニヤリと笑う代わり、小さく親指を立ててみせる。
「いいわね。分かってきたじゃない! ハーちゃん!」


 繋がれた手は、ほんの少しだけ震えている。
「大丈夫? 美春さん」
 少年の手に引かれながら、後ろを付いて歩く悟司はそんな言葉を投げてみた。
「……うん。って、今は私の方が男の子なんだから、悟司くんのほうこそ、わたしを頼ってね!」
「ははは……そうするよ」
 男の子なのは見かけだけで、中身はいつもと変わりないのだ。震えた手だって大きくはあるが、本当は怖くてたまらないのだと言葉の外で伝えている。
 けれど、ここで悟司が先に立てば、百音の責任感に傷を付ける事になるだろう。そうして百音が嫌な想いをするのは、悟司にとっても本意ではない。
「そろそろ誰か出てくると思うんだけど………」
 さりげなく周りを警戒するように促しておいて……。
 その言葉と同時、悟司の視界を音もなく横切ったのは、四角い謎の物体だ。
「ひゃぁぁぁあっ!」
 首筋を撫でさするぬるりとした感触に、百音の思考は一瞬で吹き飛んで。
「み、美春さんっ!?」
「いやゃぁあぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 混乱した百音は順路を外れ、草むらの中を力一杯駆け出していく。進む向きは下、海岸の方向だ。
「ちょっと、美春さんってば!」
 百音の駆け抜けた後には、人が歩ける幅の小径が拓かれていた。放り投げられた懐中電灯を拾い、悟司もそれを辿ってパートナーを追い掛けていく。
 その姿は、あっという間に見えなくなって。
「………ちょっとやりすぎたかな」
 草むらから出てきたのは、ハークだった。
 持っている竿の先には、紐に結ばれたコンニャクが揺れている。いきなり暗がりでコンニャクは威力があるだろうと思っていたが……想像以上だ。
「鷺原くんいるし、大丈夫でしょ。まあコンニャクは威力があり過ぎるみたいだから、中身が男子の女子限定にしましょっか」
「そうだね。……あ、次のグループ、来たよ!」
 下に見える懐中電灯の明かりを確かめ、二人は草むらへと戻っていくのだった。


 セミナーハウスの屋上からは、辺りの景色が一望できる。
 傍らにそびえる小さな山を眺めれば、山道の合間をゆらゆらと揺れる小さな明かりが目に付いた。
「祐希さん。肝試し……行かないんですか?」
 真紀乃が主催した肝試しの参加者の明かりだろう。キースリン自身は怖いのはあまり好きではないが、賑やかに楽しむ皆に混じるのまでは、嫌いなわけではない。
「すいません、キースリンさん。……でも、キースリンさんにどうしても話しておきたいことがあって……」
 祐希の様子に真剣な色を感じ取り、キースリンは口をつぐむ。
 それを拒絶と取ったのだろうか、少年も沈黙を保ったまま。
「祐希さん……」
 やがて、その沈黙を破ったのは、キースリンの側だった。
「………ごめんなさい」
「な、何ですかいきなり」
 唐突な謝罪の言葉に、むしろ慌てたのは祐希だ。まさか自分の思考が読まれて、なおかつ先読みまでされたわけではないだろうが……。
「いえ。私の事でいつも迷惑ばかり掛けているから……パートナーが、お嫌になったのかな、と」
 パートナー制度は三年の間固定のままだ。変更しようにも入れ替えられる相手がいないというのが、彼女たちの知る最も単純な理由なのだが……。
 中にはどうしても合わないという理由で別々に部屋を借りていたり、パートナーの退学などの理由で単独で過ごす生徒も、ごく少数だがいないわけではないと聞いている。
「違いますよ! 迷惑だなんて、とんでもない!」
 うつむき気味のキースリンに、祐希はそれを全力で否定。
「むしろ逆です。キースリンさん」
 そして少女の姿をした少年は姿勢を正し、やはり少女の姿をした少年の名を呼んだ。
「はい」
 不安を否定された事に少し安堵したのだろうか。キースリンもそっと背を伸ばし、いつもの淑女然とした雰囲気を取り戻す。
 そんな少女に、祐希はゆっくりと手を伸ばし……。
「……え?」
 首元を抱きしめるようにしたその指先が、少女の首もとでぱちりと小さな音を立てる。
 それが、首から下がった小さなペンダントだと気付くのと同時だった。祐希の口から、自身の思いが紡がれたのは。
「あなたが、好きです」


続劇

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