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4.それぞれの選ぶ道

 朝日を弾く金属質の鱗に、向こうが透けて見えるほどに薄い翼膜。
 ゆったりとくねらせる長い頸と尻尾は、どこか優雅さを感じさせるほど。
「これが……竜……?」
 悟司の前にあるのは、かつて物語の本で読んだ『竜』と呼ばれる生物そのものだった。
 しかもそれが一頭ではない。十頭以上の大集団となって、王都の一角に集まっているのだ。
「正確には、乗用飛竜だな」
 乗用飛竜の名の通り、これから悟司達はこの竜に乗って、メガ・ラニカの各地へ飛ぶことになる。
 もちろん悟司が向かうのは、パートナーである百音の家だ。
「まあ、ウェザードラゴンや古龍とは違う種だから、ドラゴンって言って良いのかホントは微妙な所なんだけどよ」
「それでも凄いよ……」
 確かに、小さなものでも十メートルを超える天候竜などと比べれば、数メートルの飛竜は見劣りしてしまうだろう。だが、小さいとはいえ『飼い慣らされた竜』という存在は、華が丘には存在しない。
 そんな中、一頭の飛竜が薄い翼膜をばさりと広げてみせた。
 薄くはあるが、鎧の内張にも使われるほどの耐久性を持つそれが羽ばたくこと、二度、三度。
 数メートルの巨体はゆっくりと持ち上がっていき……。
「それじゃ、おさきー!」
 その背中、御者の向こうから手を振っているのは、晶とハークの二人組だ。
「おお、気を付けてなー!」
 力強い上昇から、翼を真っ直ぐに拡げた滑空へ。真っ青な夏空を音もなく滑り出したそれは、時折羽ばたきを挟みながら、あっという間に芥子粒ほどの大きさへと変わっていく。
 下位種とは言え、竜の名を冠するのは伊達ではない、という事だ。
「どうしたの? 冬奈ちゃん」
 そんな様子をぼんやりと見上げていた冬奈に掛けられたのは、傍らから覗き込んできた百音の声。
「いや、何かこの光景、見覚えがあってさ……」
「るろぶか何かで写真でも見たんじゃねえの?」
「そうなのかなぁ……? メガ・ラニカは初めてのはずなんだけどね」
 レイジの言葉に首を傾げるが、感じる違和感はぬぐえないまま。
 確かに観光案内を買ってはいたが、停竜所の写真など載っていなかったと思うのだが……。
「レイジ、四月朔日。竜籠の準備、出来たそうだぞ」
 観光案内の内容を思い出していると、竜の群れの間から姿を見せたのは良宇とファファだった。レイジとファファは家の方向が同じだったため、飛竜の背ではなく乗り合いの竜籠を使うことになったのだ。
「おう。じゃ、行こうぜ。四月朔日」
「ん……」
 二つ返事でそう返し、冬奈は再び擬竜の群れに視線を送る。
 飛竜の黒い瞳は、その問いかけに答えを返すことなどないままだ。


 頭上を横切っていくのは、巨大な翼を持つ黒い影。
 その下に何人もの人が入れそうな籠をぶら下げたそれは、竜籠という乗り合いの飛竜だ。乗り心地は今ひとつだが、大人数を一度に運べるのでメガ・ラニカではいろいろな場面で重宝されていた。
「竜に乗って観光ってのも、アリだったかなぁ……」
 そんな事を呟いたレムの肩を叩くのは、元気いっぱいの掌だ。
「空なら、レムレムが乗せて飛んでくれるんでしょ?」
「まあ、それもそうか……」
 飛竜は大きい分、ホウキなどに比べて小回りが効かない。長距離の移動ならともかく、上空からの王都観光ならレムが自力で飛んだ方が何かと都合がいいだろう。
「それじゃレムレム! 街、案内してよっ!」
 レムは子供の頃から王都で暮らしていると聞いていた。そんな彼だから、王都の観光スポットは軒並み把握済み。
「おう! 任せとけっ!」
 そして二人も、元気よく街の雑踏へと姿を消していった。


 王都メガラニウスは、二十万ほどの人口を有する。
 メガ・ラニカでは最大の都市だが、日本の基準で言えば中規模な地方都市と同程度でしかない。そんな所だから、中央部を少し離れればその喧噪はあっという間になりを潜めてしまう。
「ここが……キースリンさんの家ですか?」
「はい」
 軽く答えるキースリンだが、見上げるばかりの鉄柵の隙間からは、豆粒ほどの建物らしきものが見えるだけ。地上であれば、明らかに地平線の彼方に消えている所だ。
 大貴族の一員というのは、伊達ではないらしい。
「で、どうやって入るんです……?」
 キースリンの話が正しければ、屋敷には誰もいないはず。これだけの距離を歩くのもそうだが、まずは門扉をどうやって開けるのか。
 鉄柵も高いが、鋼鉄製らしき扉はもっと大きく、重そうに見える。
 これを本気で開けるとなれば、良宇かセイルあたりを連れてこなければどうにもならないのではないか。
「どうと言われましても……」
 だが、首を傾げるキースリンが近づけば、見上げるばかりの巨大な門扉は音もなく動き出す。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
 扉の向こうに立つのは、執事服を着た老人だ。
 キースリンの姿を認めるなり、恭しい動作で一礼をしてみせる。
「ただいま。セバスチャン」
「そろそろお着きになるかと思いまして、紅茶の支度をしてございますが。いかがいたしましょう」
「セバスチャンの紅茶も久しぶりね。なら、お部屋に持ってきてくれるかしら?」
「では、そのように。ちなみに、私の名前はゲデヒトニスでございます」
 少女は老執事の問いかけに平然とそう答え、扉の内へと一歩を踏み出した。
 フロアを踏むかつ、という足音に、その光景を呆然と眺めていた祐希はようやく我を取り戻す。
「え、あの、キースリンさん?」
「どうかなさいまして?」
 キースリンは既に扉の向こう、館の内にいる。
「いや、どうかって……どうなってるんですか? これ」
 だがその扉は、ハルモニア家の庭に立ち入るための鉄柵に付けられた大扉だ。どう考えても、くぐった先はハルモニア家の庭になるはずなのに……。
 明らかに繋がっている場所が、おかしい。
「だって、遠いでしょう? 門から玄関まで」
 さも当然というふうに答えるキースリンに、祐希は返す言葉もない。
「セバスチャン。祐希さんのお部屋は?」
「はい。お嬢様の隣の間を、続きの間に仕立て直しておきましたが。よろしゅうございましたか? ちなみに」
「ええ、それで構わないわ」
 ジーンズの裾上げでもあるまいし、部屋ってそう簡単に仕立て直せるものじゃないよな。
 祐希はそう思ったが、この段階でもはやツッコむ気にもなれなかった。


 王都メガラニウスは、二十万ほどの人口を有する。
 メガ・ラニカでは最大の都市だが、日本の基準で言えば中規模な地方都市と同程度でしかない。だがそんな所でも、中央部の人口が集中する箇所は、大都市のそれと大差ない。
「ええっと………」
 リリの目の前にあるのは、二つに分かれた大通り。
 西洋風の作りでありながら、書かれている標識は全て日本語というのが少々不思議な気分だったが……何が書かれているのか見当も付かないよりはマシだと思うことにする。
「右……かな?」
 言葉尻に付けるのは、疑問符だ。
 その不安を拭うように傍らを見れば、小柄な少年が無言でこちらを見上げている。
「……迷ってる?」
「迷ってなんかないよ!」
 ようやくぽつりと呟いたセイルの言葉を、速攻否定。
 むしろ速過ぎる辺りが、その窮状を肯定しまくっていた。
「そうだ! セイルくん、メガ・ラニカの人なんだから……場所、わかんない?」
 問われたセイルは無言で首を傾げるだけだ。
 そもそもセイルは北方育ちで、王都に来た事もほとんど無い。もちろん、そんな所の土地勘などあるはずもなかった。
「………大人しく、道聞くか……」
 顔を上げれば、花屋と書かれた看板が目に入る。
 地元の情報は地元の人に聞くべきだ。
 出発前に父親から言われた旅行の基礎中の基礎を思いだし、リリはその花屋へ向かって歩き出した。


続劇

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