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#3.5幕間 終わりゆく七月

 夏休みともなれば、華が丘高校の駐車場に並ぶ車の数も目に見えてその数を減らす。
 学校が休みでも、教師達まで休みになるわけではない。研修や部活動の引率など、仕事の量そのものは授業のある時期とさして変わらないのだ。
 そんな学校の、教員用駐車場の隅。
 重々しいアイドリング音を止めたのは、大型の4WDだった。限界までリフトアップされた車高は、元々大きな車体をさらに大きく見せている。
 しかしその運転席から現れた姿は、巨大な車両に似合わぬ小さなもの。子供かと間違うほどの躯は、飛び降りるように運転席を抜け出して。
 音もなくアスファルトを踏むローヒールが。
「ロリ近ー」
 無造作に放り投げられた声に、数歩、たたらを踏んだ。
「何だよ、今来たところかよ……探し損じゃねーか」
「………何かしら? 小鳥遊さん」
 普通の生徒なら、その声に含まれた成分に思わず身を震わせただろう。
 けれど小鳥遊と呼ばれた制服の少女は、威圧される代わり、彼女に向けて小さな何かを放り投げるだけ。
「それ、悠太郎から。回覧だとよ」
 ローリの手の中に吸い込まれてきたのは、小柄な彼女の手にもなお小さな、プラスチックの欠片だった。
 USBタイプのフラッシュメモリである。
「……中身は見た?」
 回覧というひと言で中身を察したのだろう。小柄な養護教諭の表情にあるのは、明らかな険の色。
 小鳥遊に向けられたものではない。
 むしろ、そんな物を生徒に預けた、悠太郎に向けられたものだ。
「そんなに暇じゃねーっつの」
「そう。高木先生には、有難うと伝えておいて」
 そう言いつつも全くありがたがっていないローリに、小鳥遊は小さく肩をすくめるだけ。



 青い空。
 周囲の緑の森から降り注ぐ蝉時雨の中。白い雲の間を縫うように飛ぶのは……白球だ。
「……何をしてるの。維志堂くん」
 優雅な放物線を描くそれをぼんやりと眺めていた少年に掛けられたのは、静かな声だった。
「……いや。まだ勝ち残っとるんだなと思ってな」
 夏の高校野球は、地方予選真っ只中。華が丘の野球部も例外ではなく、そのトーナメントに参戦しているはずだったが……。
「こないだ、ベスト8で負けたけど?」
「む……」
 なら、校庭で白球を必死に追い掛けている坊主頭達は、既に次の大会への練習を始めているのだろう。
 その勤勉さは見習わなければ、と良宇は思う。
「そうじゃなくて、貴方は何をしているの? 今日は茶道部の日でしょう?」
 そう。
 夏休みに何もしないのも面白くないし、何より休み明けには文化祭がある。その辺りの話し合いも兼ねて、茶道部は休みの間も週に一度、部室に集まることになっていたのだが……。
 顧問の携帯は、既にその時刻を少々過ぎていた。
「おお……それがの、近原先生。誰もおらんのじゃ」
「……誰も?」
 言われ、ローリは眉を寄せる。
 茶道部の部員は全部で九人。そのうち八人が、来ていないという。
「レイジは放送部の集まりがあるそうじゃし、ウィルと八朔は京都に里帰りしとる」
 駐車場からここまで来るとき、放送室の辺りが賑やかだったのはその所為だったらしい。
 放送部も文化祭を控え、色々と準備があるのだろう。
「そこまでは聞いとるんじゃが、セイルや竜崎達から連絡が来とらんのじゃ」
「竜崎くん達は特別研修で、ブランオートくんとハルモニアさんは家の用事で遅れるってメールがあったけど……届いていない?」
 ローリの言葉に良宇は携帯を取り出すが、そこで動作が止まってしまう。
 脇からローリが覗き込めば、画面の中央に表示されている未読メールが五件あった。
「……届いてるじゃない」
 差出人は、今日来るはずだった五人から。
 ローリの言うとおり、三人は特別研修で欠席。残る二人は家の用事で遅れるとあった。
「……またレイジに教えてもらわんとな」
 むしろ、メールでの出欠は兼部員のパートナーにも送ってもらうよう言った方が早いんじゃないだろうか……と顧問の養護教諭は思ったが、さすがに言わないことにする。
 それよりも……。
「ホリンくんと仲が良いのね、維志堂くんは」
 僅かに真剣味を帯びた言葉に、良宇は気付いているのかいないのか。
 ただ、大きく頷いて見せるだけだ。
「助けてもらってばかりじゃ」
 合宿の時も、茶道部を設立させた時も。
 彼がいなければ切り抜けられなかった場面は、この三ヶ月だけでも数え上げればきりがない。
「いつか、この借りが返せればいいんじゃがな」
 無論、その逆のケースも数え切れないほどあるのだが……それに気付きもしないのが、この男なのだ。
「維志堂くん。たとえばの話、だけれど……」
 ぽつりとそう呟き、ローリがポケットから取り出したのは、小さなプラスチックの欠片だった。
 さきほど小鳥遊柚子葉から受け取った、USBのフラッシュメモリである。
「貴方が合格することも、レイジ君がパートナーになることも、あらかじめ決まっていた事だったとしたら……どうする?」
 良宇の視線は、ローリの細い指から下がるメモリに注がれたまま。
「……予知の魔法というのは、そんなにアテになるもんなんか?」
 わずかな沈黙の後。
 少年の口から紡がれたのは、そんな言葉。
「ならないわよ」
 魔法にも予知や予言と呼ばれる物はある。
 だが、そんな高精度の予言は魔女王にさえ使えないし、ましてや受験結果の予知などに使っていい物でもない。
 と、言われている。
「…………なら、どうもせん」
 ローリの否定を受け、良宇はひと言。
「レイジは俺が決めた俺のパートナーじゃ。それに、こうやって俺がここにいるのも、俺が先生から合格と言ってもろうたからじゃ」
「……そう」
 ローリの言葉は、否定ではない。
 だが、肯定でもないことを、良宇は気付かない。
「レイジ君達が来たら呼びに来て頂戴。わたしは保健室にいるから」
 手の中のメモリを弄びつつのローリの言葉に。
「おう!」
 良宇は、身の丈の三倍はある巨岩を背負ったまま、重々しく頷くのだった。


続劇

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