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23.野薔薇・爆現

「え、ええっと………」
 何の前触れもなく現れたその姿に、ファファは言葉を失っていた。
「どうしたの、冬奈ちゃん……それに、その服……」
 彼女の着ている服には、見覚えがあった。
 演劇部からの依頼で服飾研が作っていた、舞台衣装の一着だ。
「冬奈ではないっ!」
 真っ青なマントをひるがえし、仮面のそいつは高らかに叫ぶ。
「我が名は、野薔薇仮面!」
「冬奈ちゃんが壊れたぁ!」
 ファファの叫びを颯爽と無視し、自称野薔薇仮面が引き抜いたのは、腰のサーベルではなく、八角形の六尺棒。
 そんな特徴的な武器の使い手など、この華が丘広しと言えども一人しかいない。
「青き薔薇の化身、野薔薇仮面が捕まえるのだから、四月朔日冬奈は何も捕まえてはいないっ! これぞ世界の真理! この世の法則! はーっはっはっは!」
 人間、極限状態まで追い詰められると、何をしでかすか分からないという良い見本だった。
「虫発見! サーチ! アンド! デストロイッ!」
「デストロイしちゃダメだってばぁ!」
 四月朔日流の武術の動きそのままに、頭上で六尺棒を振り回し。加速を付けたその一撃を、一部の容赦もなく金の虫へと叩きつけた。
「正義は、勝つ!」
 衝撃に気絶し、ふらふらとその場に落ちていくトビムシを満足げに見やり、自称野薔薇仮面は勝利の高笑いを上げている。
「ええっと……とりあえず、捕まえちゃっていいのかな……」
 その間に、ファファは落ちたトビムシを籠の中へ。
「こらー! そこ、何してるー!」
 馬鹿笑いを聞きつけたのだろう。やってきたのは、金髪の子供。
 魔法学科の実技試験だから、当然ながら監督を務める教師がいる。
 この子供が、その監督だった。
「あ、ルーニ先生」
 だが、高笑いを上げている少女の姿を見て、流石のちびっ子先生もぽかんと口を開けたまま。
「……なあ、ハニエ。四月朔日の奴、こういうキャラだったっけ……?」
「ええっと……なんか、どうしても虫を触るのがイヤだったみたいで……」
「まあ、気持ちは分からんでもないが……」
 かくいうルーニも、虫など絶滅してしまえばいいという思想の持ち主だ。もちろん今回の試験も、彼女の本意ではなかったりする。
 とりあえずその事は置いておいて。
「お前、ほんとーに四月朔日じゃないんだな?」
 ルーニは頭を掻きつつ、目の前の不審人物にそう問いを放つ。
「くどい! 我が名は四月朔日冬奈などではない! 我が名は……」
「ハニエ。高木の奴には、内緒な」
「……はい?」
 ファファが答えるより早く、ルーニの指先は長い金髪の内側に仕込まれたヘアピンへと伸びている。
 触れる固い感触を確かめ、彼女は短く鋭い言葉を解き放つ。
「武装錬金!」
 瞬間、彼女の金の髪が数倍に伸びたように見えた。
 辺りを覆う黄金の波濤はまとまり、絡まり、束となり。やがてさらに太さを増して、人の身ほどある太い腕を造り上げる。
「ちょっと先生っ!?」
「な……っ!」
 金髪から生まれた豪腕は、自称野薔薇仮面をその太い指で掴み上げ。
「部外者は………出ていってもらおうかっ!」
 容赦なく、放り投げた。


 痛む頭をさすりながら、レムはゆっくりと身を起こす。
「な、なんだったんだ……さっきの……」
 横から鈍器のようなもので殴られた気がするが、辺りにそれらしき姿は無い。
 隣でずっと座っていたはずの巨漢に問いかけようとして。
「なあ、良……ってどひゃぁっ!」
 そこにいたのは、何だか黒いバケモノだった。
 もはや、集光性とかそういうレベルではない。
「いや、いくらなんでもそれはないだろ良宇!」
 集まりすぎだった。
「おお、もういいのか」
 黒い何かは、良宇の声でそう喋り。
 鈍い動きでこちらにその手を伸ばしてくる。
 太い腕は、既に黒。いや、よく目を凝らせば……。
「!!!!!!!!!!!!」
 凝らしたところで、レムの全身にぞわりという感覚が走り抜け。
「ち、近づくなぁぁぁっ!」
 レムの中の何かが、音を立てて切れた。
「どわぁぁあぁぁあっ!」
 気付いたときには双の刃を抜き放ち、辺りを一陣の烈風が吹き抜けている。


 吹き抜ける風は、薔薇の芳香をまとう穏やかな風。
「うわ……凄いことになってる……」
 迷い込んだ光景は、明らかに日本の風景ではない。ましてや、どう考えても田舎のいち高校の裏庭ではなかった。
「やあ、二人とも」
 東屋の籐椅子に身を委ね、優雅に手を振ってみせるのは百音と悟司の知った顔。
「これ……ウィルくんがやったの?」
「素晴らしいだろう?」
 ゆったりと微笑み、ティーカップを傾けるウィルの格好は、悟司と同じ華が丘の制服だ。
 気品のある雰囲気なのは違いない。白い夜会服を着ていないのがいっそ残念なほどだった。
「素晴らしいけど……なんていうか、凄いね」
 満足げなウィルの前で、いくらなんでも『やり過ぎ』と言うのは気が引けた。
「けど、トビムシ達も満足してくれているみたいだよ? ほら」
 だが、ウィルがその脇に置く大きなカゴには、敷き詰められた薔薇の上、三匹のトビムシが丸まっていた。
「へぇぇ……!」
 ここから動かずに三匹ものトビムシを捕まえたというのなら、その戦果は確かに相当なものだ。
「あ、悟司くん! 肩!」
「ん? ああ……」
 百音の小声に肩へと視線を送ってみれば、そこには小さな金色の虫がとまっていた。どうやらトビムシにとって、ウィルの家の薔薇の香りはそれほど魅力的なものらしい。
「ローゼリオンさん。これ……」
 ウィルの花園目指して飛んできたのだろう。ならば、これはウィルの戦果であるはずだ。
「君の肩がよっぽど気に入ったみたいだね。なら、そのまま連れて行くといい」
「……いいの?」
 悟司の問いに、戦果の主は鷹揚に頷いてみせる。
「テストの結果からすれば良くはないだろうけど、選んだのはトビムシで、見つけたのは百音さんだからね。私が文句を挟む筋合いもないさ」
 穏やかに笑う少年の言葉に、悟司は少し考えているようだったが……。
「……ありがと。なら、遠慮なくもらっとく」
 その言葉にも、ウィルは微笑んだまま頷くだけだ。
「百音さん、捕まえてもらっていいかな?」
 あまり動けば、トビムシは逃げてしまうだろう。悟司は百音に捕まえてもらうようそっと声を掛け。
「ねえ、悟司くん。これ……」
 難なくそれを捕まえた百音は、その背を見るなり言葉を詰まらせている。
 少女の手の中を覗き込んだ悟司も、さすがに言葉を失ってしまう。
「…………ローゼリオンさん。このトビムシ……本当に、もらっていいの?」
 その金色の甲殻には、日付はなく。
 全休、の二文字が記されていた。


 軽やかな身のこなしで一回転、二回転。落下の勢いを容易く殺し、音もなく大地に降り立つのは青いマントの仮面の剣士。
 否、棍を持つその身は、戦士と言うべきだろうか。
「くっ……何という奇策……! おかげで、私の正体がバレてしまうところだったではないか……!」
 わずかにずれた仮面を直し、体に付いた埃を払う。もちろん、既にバレバレだという事には少しも気付いていない。
「ああぁぁぁぁぁぁ………っ!」
 そんな彼女の元に届く叫びは、やはりはるか上空からだ。
 鈍い爆撃音と共に大地が揺れて。吹き付ける風と砂埃に、自称野薔薇仮面は自らのマントでその身を華麗にガードする。
「ちょっと、何!?」
 爆心地にあるのは、巨大な影。
「むぅ……死ぬかと思った……」
 ゆっくりと身を起こしたのは、二メートル近い巨大な躯だ。
「普通死んでるわよ、それ」
 少女のように落下の勢いを回転で殺すことなく、ダイレクトに落ちてきたはずだ。いくら鍛えて丈夫な体とはいえ、人間の限界をわりと超えていた。
「おお……どうした。四月朔日」
 そんな超人技を披露したことに一分の自覚もなく、良宇は青い仮面を見て怪訝な表情を浮かべてみせる。
「と……っ! わ、我が名は四月朔日冬奈ではな…………い……………?」
 だが、自称野薔薇仮面は高らかに名乗ろうとして、紡ぐ言葉を途中で止めた。
 その視線と意識は、巨漢の右の拳から覗く金色の羽根に注がれている。
「…………ん? ああ、これか」
 彼女の視線に気付いたのだろう。良宇は固く閉じられた右拳をそっと開いてみせた。
「ひゃっ、ひゃ、こ、これ、ちょっ……! やだ、放すんじゃないわよ!」
「おお……?」
 どうやら自称野薔薇仮面の悲鳴で意識を取り戻したらしい。良宇の手の中にいたトビムシは細い羽根をぴんと伸ばし、羽ばたきを開始。
 ぶぅん、というやや低い音が辺りの空気を震わせて、金の甲殻に覆われた小さな躯がふわりと空に浮く。
「ひゃ……………」
 向かった先は、真っ直ぐ前だ。
 即ち……。
「や、やだ……っ! ひゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
 耳をつんざく絶叫に、金色の虫は再びその場にぽとりと落ちて。
 少女も再びその場に崩れ落ちる。
 倒れた衝撃で仮面もからりと落ち、正体が露わになってしまうが……そちらは特に驚くところではなかった。
「…………」
 とりあえずトビムシをポケットから取り出した風呂敷で包み込み。次にどうするべきか考えていると、頼りになる相棒がやってきた。
「お? 良宇、ハニエから四月朔日が見つかったってメールをもらったんだが……こんな所にいたのか」
 レイジだ。
 彼の作戦もそれなりに上手く進んだらしく、籠の中には二匹のトビムシが丸まっていた。
「……メール?」
 だが、レイジの言葉に良宇は首をひねるだけ。
「……見てないんだな」
「…………どうするんだ?」
 差し出された折り畳み式の携帯を開いてみれば……。
「うわこいつ先月のメールから見てやがらねえ!」
 メインディスプレイは、着信履歴とメールありの表示で埋まっている。さすがのレイジも、メールありで三桁の件数表示がちゃんと出ることを初めて知った。
「どうやって……見ればいい?」
 吹き飛ばしてしまった良宇に、追い掛けてきたレム達が合流するまで。
 メガ・ラニカ人のはずのレイジは、地上人の良宇に携帯メールの使い方を教える羽目になった。


 テスト終了を告げるルーニの声が、校内に響き渡っている。
「試合に勝って、勝負に負けた……そんな所ですか」
 祐希はワンセブンから外された追加パーツを片付けながら、そう呟いていた。
 結局、捕まえられたトビムシは十九匹。校内に放たれたトビムシの総数は三十六匹と聞いているから、捕獲数で言えば過半数を捕まえたA組の勝ちは間違いない。
「結局、一週間くらい出て来なくちゃいけないんですね。あたし達」
 ただ、十九匹ぶんの休みのうち、重なってしまった休みが五日もある。
 確保できた休みは、土日を除いて十四日。
 対するB組は確実にこちらより少ないが、全休のトビムシを捕まえたと聞いていた。
「まあ、それだけ皆さんと顔を合わせられると思えば……」
「……キースリンさん。メガ・ラニカで、学校ってどこに行ってた?」
 そんな事をさらりと言えるキースリンは、今まではずっと家庭教師などに習っていて、学校に行くことそのものが楽しいといったクチなのだろうか。
 もちろん、真紀乃もこのクラスメイトと顔を合わせるのは嫌ではないが……。
「家で母さまから……」
「……ああ、そこはアメリカ式なんだ」
 意表を突いて寺子屋とでも来るかと思っていたら、お嬢様の答えはそれよりさらに斜め方向だった。
「さて。僕たちも戻りましょう」
 ワンセブンと装備一式をポケットに戻した祐希に頷き、キースリンが下へ戻るための八咫烏の召喚に入る。
「はー…………………」
 そして、分離したレリックを携帯の脇に戻し、祐希の言葉に答えようとした真紀乃が。
「……い…………っ!?」
 上から飛んできた『何か』の巨躯に引っ掛けられて。
 下へと。
 落ちた。
「え……?」
 そいつの次のひと挙動に巻き込まれたのは、祐希だ。
「祐希さんっ!」
 叫ぶキースリンの背に現れた八咫烏が、大きく羽ばたき一直線に降下を開始する。

 その背後にあるものは……。


続劇

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