14.悪夢、降り止まず
正面の戦いは、混乱の極みを迎えていた。
「真紀乃、大丈夫っ!?」
「何とか……冬奈さんは?」
「鍛え方が違うわよ」
同じ女子である以上、触れない作戦は女子陸には通用しない。だが、逆に同じ女子である以上、レリックで本気で殴りかかるのも今ひとつ気が引けた。
ちなみに、サッカー部の時は遠慮無くレリックで攻め立てていたのだが。
「あ、レムレムだ! おーい!」
そんな中、攻撃をかいくぐって逃げ回っているレムの姿が目に入った。
「なんだこれ。目茶苦茶だな……」
レムも部長達から自衛をする事は認められていたが、回りは全員女子である。もちろん、自衛とはいえ反撃する事など論外だった。
「状況はどうなってるの?」
ここまで状況が混乱してくると、どちらが優勢なのかすら分からない。喧噪で実況放送も聞こえないし、携帯を使う余裕があるはずもなかった。
「さっぱりだ。連絡もつかなくなってるから、そっちの部長さんがとりあえず一度本部に戻れって」
傍らの将棋の駒は健在だから、魔法が途切れたわけではないのだろう。
だが、通信が途切れた以上、本部の状況も気にかかる。
「……あら?」
そんな中、冬奈が耳元を抑え、動きを止めた。
「どしたんですか?」
「いえ。裏庭の方で、誰かがトラップに引っかかったみたい」
念のために張っておいたトラップの一つが、発動の合図を送ってきたのだ。
「どこの部でしょうか……?」
正面突破だけが攻め方ではない。校舎の裏側への進入は禁止されていないから、裏から攻めるのも立派な戦術である。
「特殊教室棟の裏側辺りで、五人か六人くらい。誰が引っかかったかまでは分かんないわ。レム、この話も一応」
「ああ。報告しとく」
刀を取り出し、宙へと浮かばせる。上空では顧問同士が戦っているはずだが、あまり昇りすぎなければ巻き添えを食らうことはないだろう。
「なら、こっちももうひと仕事……」
レムが戦線を離脱したのを確かめて、冬奈も拳を握り直す。
「ですね。百音ちゃんもどっか行っちゃったし……」
「…………どっか?」
その言葉に、冬奈は慌てて辺りを見回した。
見える範囲に、敵方に所属する友人の小柄な姿は無い。
「まさか!」
戦場を縦横に跳び回りつつ、ウィルが思考を止める事はない。
「寄せ手側の指揮は、ないも同然か……」
ひととおりちょっかいを出してみた限り、攻撃側には防御側のような統一した動きは感じられなかった。故に防御側のような連携も見られず、てんでばらばらの攻めを繰り広げているだけだ。
「さて、どうしようかな……」
指揮者がいない以上は、各個撃破しかないのだろうが……いかんせんウィルは一人だけ。
何より、力押しのローラー作戦は美しくなさ過ぎる。
「あら? 薔薇仮面……さん?」
そんな事を考えながら地面に舞い降りると、そこにいたのは同じクラスの貴族令嬢だった。
「ふむ……キースリンさんか。君は何部だったかな?」
無論、攻撃側だからといって女性に手を挙げる気はない。ただ、敵側ならばすぐに離脱するだけだ。
「今は料理部として活動しているのですけれど……」
「料理部も確か、防御側だったね。何かお困りのようだけれど……?」
ならば、戦う理由はどこにもない。
そして、守る理由は出来た。
困っている女性を助けない理由など、いついかなる時であれ、彼の辞書には存在しない。
「この辺り、攻撃側の手が厳しくて……。調理室に戻れそうにありませんの」
確かに周囲は、攻撃側が多くいる。空のカゴを持っているあたり、何か補給物資でも持ってきたのだろうが……。
「なら、そこまで送ろ……」
言いかけたところで、言葉を止める。
「……新手?」
キースリンもひとかどの剣士。相手の気配を察する術も、ある程度は身につけている。
「……そのようだ。この先は、攻撃側の手が薄い。君は先に行くと良い」
細身の剣をゆっくりと引き抜いて、ウィルはその場に留まる構え。
「いいんですの?」
「構わないさ。早く行きたまえ」
キースリンが姿を消して。
新たな追っ手が姿を見せたのは、それからすぐの事だった。
降ってきたのは、巨大な円形の物体だ。
トタン製のそれは、上空から猛然と標的に向かって襲いかかり、直撃した瞬間にべこりという間抜けな音を容赦なく響かせる。
「ってて……何だよ、これ……」
直撃しても少し痛い程度で、致命傷にはほど遠い。
ただ、うっとうしいことこの上ないだけだ。
「タライ……?」
上空から無制限に召喚されては降ってくるのは、金ダライだった。
「現場のレイジです。どうやら、校舎の裏側から進入しようとしていたチアリーディング部が、何らかのトラップに引っかかったようです」
魔法陣は上空に唐突に現れ、金ダライを呼び寄せては姿を消している。ただ、一定の高さ以上には昇れないらしく、レイジの上にタライを降らせる様子はないようだった。
「レイジー! 上に何か無いのか? 変なトラップとか」
先ほど悟司が踏んでしまったよく分からない魔法陣が、トラップのトリガーだったのだろう。踏んでしまった以上、今は稼働し続けているそれを止める事が先決だ。
「すまん悟司! 今日の俺ぁ放送部だから、中立なんだ! 邪魔もしねえが、協力も出来ん! 悪く思うな!」
「ってか、俺は部外者だっ!」
そんな事を言っていると、また金ダライが降ってきた。魔法で作られたものらしく、足元がタライだらけになっていないのがせめてもの救いと言ったところだが……。
「おっと。先ほどのトラップですが、通りすがりの一般生徒も巻き込まれたようです。安全なルートを通ったつもりが、これが運がない!」
下の混乱ぶりが見ていて楽しいのか、真剣な口調で実況するレイジの目はニヤニヤと笑っている。
「お前後で覚えてろよ!」
「鷺原くん! そんな事よりまたタライが……!」
「どういう召喚魔法だよ! くそっ!」
しびれを切らし、ケースから取り出したのは銀の弾丸。
左手で携帯を握り、精神を軽く集中。
握り混まれた右手から浮かび上がるのは、銃弾のうちの三発だ。
「てぇいっ!」
三発の弾丸は、悟司の描くイメージのままに。
落ちてくるタライに当たり。
そのまま、貫通した。
「……え?」
「ふみゃっ!?」
タライはそのまま鉛直に落ちて、リリの頭を直撃する。
「弾丸じゃ、軽すぎるか」
本当なら、当たった衝撃で吹き飛ばすはずだったのだ。しかし、銃弾は金ダライよりはるかに軽く、直撃しても貫通力が上回るせいで、弾き返す前に貫通してしまう。
「クレリックさん、何かいい魔法は……」
「そういえば、結界が……」
慌てて携帯を取りだし、着スペルを起動させようとして……。
「にゃうっ!?」
降ってきたタライに頭を打たれ、集中するどころの騒ぎではない。
「地味に……ヤバいかな」
タライの降る量は、だんだんと数を増している。
いくら何でも死にはしないだろうが、これ以上頭を殴られれば、あまり面白くない事になるかもしれない。
そう思った瞬間。
タライが、縦に振ってきた。
「いや、それはちょっとヤバいっ!」
ウィルの前に現れたのは、茶道部の三人だった。
「ほぅ……お前が相手か! 薔薇仮面」
マスク・ド・ローゼが攻撃側を幾度も攻めている事は、実況の放送で知っている。目的はよく分からないが、茶道部も攻撃側だ。
おそらく、戦いになるだろう。
「防御側に力を貸すと決めたものの、女性に手を挙げるわけにはいかないのでね」
呟き、ゆっくりと剣を抜いてみせる。
構えた刃は、正面に腹を。当然ながら、峰打ちの構えであった。
「ここはまず、キミたちの進行を止めさせてもらおう!」
ウィルの目的は、キースリンを逃がす事。
「先輩、八朔!」
「分かってる!」
そして、彼ら三人も、キースリンを追う気は毛頭無かった。
わずかな言葉の不足が……。
「へぇ……。これが、噂の薔薇仮面か」
そしてビッグランドーのわずかに余分な言葉が。
「一つ訂正させてもらおう……」
互いの誤解を生み。
「私の名はマスク・ド・ローゼ! 断じて薔薇仮面という名前などでは……ないっ!」
新たな戦いの炎を、巻き起こすのだ。
タライを弾き飛ばしたのは、横殴りの打撃だった。
「おっと! 実況のレイジです! 薔薇仮面に続いて、噂の魔女っ子も出現しました! 状況が状況なので突撃インタビューは空気を読んで差し控えさせていただきますが、実況は続けさせていただきます!」
上空のレイジが叫んだとおり、そこに立つのは愛らしい衣装に身を包んだ、小柄な少女。
「ハルモニィ……?」
スウィート・ハルモニィ。
華が丘高校に現れる、自称魔法のお菓子屋さんだ。
「大丈夫? 君!」
落ちてくる金ダライを杖のひと振りで力任せに弾き飛ばし、魔女っ子は元気よく声を掛けてくる。
「あ、ああ……。それより、彼女が……」
リリは先ほどからタライの直撃を既に数度受けている。これ以上バカが進行するのは、あまり喜ばしい事ではなかった。
「とにかく、上のタライを何とかしないと……」
近寄ろうにもタライが来るし、降ってくるタイミングもまちまちで、攻略の糸口が見つからない。
「レイジの奴……」
頼みの綱は、タライの出現ポイントよりも上にいるレイジなのだが……。
「さて、謎の魔女っ子は上空の魔法陣にどう対処するのでしょうかっ! あれを止めなければ、タライの雨は止まないようですが……!」
「……あの野郎」
彼の実況に空を見れば、タライが現れる一瞬前の空間には、小さな魔法陣が現れている。
「あれね。魔法陣」
本来なら、一度タライを召喚した段階で消えるはずだったのだろうが……。どうやら、何らかの影響で暴走してしまったらしい。
「けど、どうするんだ? 飛行魔法じゃ近寄れないだろうし……」
とにかく動きが速すぎるのだ。
しかも何の前触れもなく空中に現れるのだから、予測や狙いも付けようがない。
「簡単よ」
だが、ハルモニィは悟司の言葉ににっこりと笑う。
その視線の先にあるのは……。
「俺の弾丸か……? でも……」
タライに対して極端に相性が悪いのは、先ほどの一件で証明済みだ。
「大丈夫。アタシも力を貸すから!」
「キースリンさん!」
元気よく手を振ってくる姿に、キースリンもようやく顔をほころばせた。
「晶さん! 皆さん、ご無事でしたか」
見れば、ハークや祐希も揃っている。
「何とかね……」
「もぅ。死ぬかと思いましたよ……」
どうやら彼らも相当な目に遭ったらしい。再会の喜びが落ち着けば、次に来るのは疲労感だ。
「撫子ちゃんからメール来たよ! クッキー、完売だって!」
ただ、それだけが救いといった所か。
少なくとも、これで料理部の活動は文化祭まで安泰という事だ。
「いたぞっ! 料理部だ!」
だが、調理室を目前に現れたのは、やはり防御側のハンドボール部だった。
「ちょっと! あたし達、非戦闘員って言ってるでしょ!」
どうやら相当に裏切り者情報が出回っているらしい。もはや、どちらが敵か分からない有様だ。
「非戦闘員が野球部やバスケ部壊滅させたりするのかよ!」
「はぁ!? それ、誤解だってば!」
野球部もバスケ部も、倒したのは良宇達茶道部だ。彼らが戦うその直前には、確かに一緒に行動していたが……。
「それ、情報操作されてるんじゃないの……?」
「情報操作というよりも、話に尾ひれが付いただけかと……」
いずれにせよ、誤解を解く暇はないだろう。
かといって、彼らにハンド部と戦えるだけの戦力が……。
「……キースリンさん?」
そんな中、ハンド部の前に立ったのは長い黒髪の少女だった。
「仮にも戦場に立つ身なら……」
そっと伸ばした細い指が、ゆっくりと光の軌跡を描き。
姿を見せた図形から、ゆらりと水があふれ出る。
「戦いの分をわきまえなさい!」
叱咤と同時、陣の中にたおやかな女性の姿が一瞬浮かび上がり。
連なるのは轟音と衝撃。
そして、大量の水。
「………ふぅ」
その光の円が姿を消したとき、キースリンの目の前にいたハンド部の姿は、どこにも見当たらなかった。
「さて。部室に戻りましょうか」
「………はい」
「………わかりました」
キースリンを怒らせると怖い。
その場にいた誰もが、そう思い……。
「帰りましょう、キースリンさん」
彼女の名を、改めてさん付けで呼ぶのだった。
続劇
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