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10.楽園崩壊

「……………」
 入ってきた姿に、少年はこのひと月で一番嫌な顔をしてみせた。
「やー!」
 少年の姿を認めたのだろう。入ってきた少女は、彼に向かって元気よく手を挙げてみせる。
「……なんで晶ちゃんがここにいるんだよ」
 ここしばらくはゲーム研究部に出入りしていたはずだ。そちらでの活動が楽しいと、夜のゲームの時に散々言っていたはずなのに。
「いやぁ。放送部ジャックが終わったら、後はそんなに面白くなくってさ……」
 ゲーム研究部の放送室ジャックが失敗したのは、まだ皆の記憶に新しい。
「まだ何日も経ってないよ!? 面白いのが分かるのは、これからじゃないの?」
 しかもその数日のうち、授業が半分以上を占める。
 さらに言えば、ゲーム研の活動日は週に二日。
 即断即決どころの騒ぎではなかった。
「ずーっとゲームしてるか、ダベってるだけなんだもん。そんなに深い話題でもないし……」
 せめて、晶がついて行けないほどにディープな話題であれば、もう少し楽しめただろう。
 だが、やれ当たり判定が甘いだの、フレーム単位の検証だの、ゲーム雑誌を読めば分かるような事を延々話しているだけだ。飽きもする。
「晶ちゃん! 手伝いに来てくれたの?」
 小さな袋にクッキーを詰めている百音に小さく手を振っておいて、晶はもう一度辺りを見回した。
 よく分からないが、修羅場の匂いがぷんぷんとする。
「……けどさ。文化祭の準備にしちゃ、早くない?」
 文化祭は二学期になってからだ。手間のかかる料理の仕込みならありえそうだが、手作りクッキーの賞味期限はたぶんそこまで長くない。
 そもそも、このクッキー自体も何の飾りもない素っ気ないもので、あまり一般受けはしそうになかった。
「文化祭ならもっと美味しそうなもの作るってば。近いうちに、これが必要になるんだって」
「………ああ、そういうことか」
 百音に言われ、修羅場の意味が繋がった。
 先日のゲーム研の一番槍で、校内の緊張は嫌が応にも高まっていた。
 つまりは、そういう事だ。
「暴れるチャンスを逃すわけにはいかない、と」
 結局、みんな魔法でひと暴れしたいのだ。
「どちら様? お手伝いなら大歓迎だけど……」
 知った顔をそんな事を話していると、肩に部長の腕章を付けた女生徒が声を掛けてきた。
「あ。体験入部、してみたいんですけど……忙しそうですし、タイミング、悪かったですか?」
 言った瞬間、部長の表情がぱっと輝いた。
「最高のタイミングだわ! だったら、手をしっかり洗って、早速手伝ってくれるかしら? お友達がいるなら、その子に何をして良いか聞いてちょうだいね」
 それだけ指示して、部長は教卓の前へ。
 ぱんぱんと手を叩き、一同の視線を一身に集める。
「みんなーっ! この戦いには、我が料理部の文化祭までの部費がかかってるんですからね! 毎週リクエスト通りのものが作りたかったら、頑張ってここでがっぽり稼ぎましょーっ!」
 黄色い声が調理室に木霊して、周囲の修羅場ムードは一気に加速する。
「部長! もう材料が足りませんっ!」
 だが、教室の隅から上がるのは水を差すようなひと言だ。
 確かに材料置き場を見てみれば、昨日の買い出しで持てるだけ買ってきたはずの材料が一つもない。
「大丈夫! まーかして!」
 部長がそう叫んだと同時。調理室のドアががらがらと開き、一人の男子生徒が顔を覗かせた。
「すいません。ライスから、頼まれた材料を配達に来たんですが……」
「菫さんの使いのかたね! 話は聞いてるわ。なら、早速手伝ってちょうだい!」
 運び込むではなく、手伝う。
「…………はい?」
 配達業務をはるかに越える唐突な指示に、祐希は間の抜けた返事を返すしかないのだった。


 そして、数日の後。
 彼女たちが準備した大量のクッキーの出番が、本当にやって来る。


続劇

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