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8.嵐の始まり

 それは、ある日の昼休みのこと。
「ねえねえ、知ってる?」
 定番の導入で話を切り出したのは、A組に弁当を食べに来ていた百音だった。
「この学校って、錬金術部っていう秘密の部活があるんだって」
 言った瞬間、隣の席で派手な転倒音が響き渡る。
「どうしたの真紀乃ちゃん」
「な、なんでもない……」
 打った頭をさすりつつ、真紀乃は百音に苦笑い。
「でもそれ……都市伝説じゃないの? 音楽室のベートーベンみたいな」
 華が丘高校に伝わる怪奇現象の大半は、ちょっとした魔法のイタズラである。実際の所、都市伝説というほどのものですらない。
「それがね。なんだかお兄ちゃんがその部にいたらしいんだけど……秘密だとかで、教えてくれないのよ」
 この手の話は、大概は二年の誰かや、親戚の友達などという微妙に遠い関係者が主役になる。要は自分に近そうだが実は知らない誰かということなのだが……百音の話に限っては、その情報源さえすぐ近く。
「真紀乃ちゃん、なんか顔が青いけど……平気?」
「あ、うん。大丈夫……。ちょっとリンゴがリアルでびっくりしただけ」
 正直、頭からかじるには躊躇する出来映えだった。
 今日の子門家の弁当係は当然ながらレム。相変わらず料理の腕前は今ひとつだが、切る事に関してだけは達人どころの騒ぎではない。
「で、それってどんな部なの?」
 錬金術と言っても、漠然としすぎていてよく分からなかった。リリの頭にはいくつかのマンガが浮かんでいたが、せいぜいその程度だ。
「うーん。メガ・ラニカでも使わない特別な魔法を習ってるらしいんだけど……」
 華が丘の魔法は、メガ・ラニカから伝わった四系統の魔法が全て。五番目の系統があるなど、うわさ話や古文書でさえ聞いた事がない。
「怪しいわね。例の魔女っ子とかも、そこの一員なんじゃないの?」
「い、いや、それはないんじゃないかなぁ……」
 リリの言葉を、百音は引きつった笑みで否定する。
 魔女っ子の魔法は、基本的にレリックだ。それは術者本人である百音が一番よく知っていた。
「そういううわさ話なら、晶さんが詳しそうですわね」
 だがその情報通は、この時間には珍しく教室にいない。
「そういえばあきらん、いませんね。ハークくん、知りませんか?」
「見てないけど……購買じゃないかな?」
 席の端にいたハークも、そう言って首を傾げるだけだ。パートナーとはいえ、その行動を一部始終把握しているわけではない。
 晶のようなタイプなら、なおさらだ。
「で、その錬金術って、どんな魔法なの?」
 いない者より、まずはその謎の部活だ。
「噂だと、魔法の薬とか作ってたんだって」
「薬ぃ? 魔法薬じゃなくて?」
 メガ・ラニカにも、魔法を込めた薬くらいある。B組のファファの両親は、魔法やその手の薬で怪我や病気を癒すプロフェッショナルだ。
 ただそれだけなら、錬金術とやらもリリックやエピックの派生となるのではないか。
「でね、その薬のせいで、親戚のお兄ちゃんが女の子になっちゃったとか……」
 言った瞬間、隣の席でフォークを取り落とす音がした。
「どうしたの? キッスちゃん」
「な、なんでもありませんわ……。少々、放送でびっくりしまして……」
「ああ、DMCか……」
 お嬢様のキースリンが驚くのも無理はない。むしろ、お昼休みの放送でデスメタルをリクエストする者の正気を疑うが……まあ、掛かってしまったものは仕方ない。
 落としたフォークを洗いに行こうと、キースリンは少々青ざめた顔でその場を立ち上がる。


 所狭しと放送機材の並べられた部屋で、レイジは小さくため息を吐いた。
「DMCとはまた……」
 リクエストがあり、またMCの趣味もあったのだろうが……少々やり過ぎと思わなくもない。
 まあ、何かお叱りがあるなら、ガラス窓の向こうで好き勝手絶頂なトークを繰り広げている三年生が引き受けるのだろう。
「さて次のリクエストは、二年一組の……」
 上級生の指示を受け、リクエストのあったCDをプレイヤーにセットする。今度のタイトルは、ごく普通のJ-POPだ。
 再生ボタンに指を掛けて待っていると、外が何か騒がしいのに気が付いた。
「キャスター先輩。何か、外が騒がしくねえですかい?」
 さっきのDMCを、教師が注意しに来たわけではないだろう。だとしたら、入口で止められるはずがない。
 まさか、生徒がいきなり苦情を言いに来たわけでもないだろうが……。
「ああ、この時期だからなぁ」
「……あれですか」
 言われ、ようやく理解する。
 再生の指示が飛んできたJ-POPが始まるとほぼ同時、外から部員が入ってきて、録音ブースにいるMCに小さな紙を手渡した。
 そして、J-POPが終わり……。


「はい。ただいま速報が入りました。今年の放送室に、最初の侵入者が確認された模様です。該当クラブは……ゲーム研究部。ただし、防御側の野球部の活躍により放送室の制圧には至っておりませんので、ご安心ください」
 J-POPの間は騒いでいたクラスも、その臨時速報の間だけはしんと静まりかえっていた。
「ああ。はいり先生が言ってたのって、これか……」
 速報が終わり、トークと同時に喧噪も再開。
 黙っていた冬奈も、クラブ顧問が話していた意味をようやく理解する。百聞は一見にしかずとはよく言ったものだ。
「なになに?」
「今、クラブの募集ってやってるじゃない。そのアピールをするのに、放送部を乗っ取るんだって」
 微妙に理解しがたい風習だが、華が丘高校の伝統行事と言われればそれまでだ。部員募集に余裕のある部は暇を持て余しているだろうし、まず名前を知らしめたい部の場合、ここでひと暴れすれば全校生徒にその存在をアピールできる。
「……お昼の放送中に?」
「たぶんね。で、最初に制圧に成功した部が、お昼の放送で部活のアピール出来るとか何とか……」
 今年、その制圧行動を最初にした部がゲーム研究部。ただ、攻撃側がいるなら防御側に回るクラブもおり、今回の相手は野球部だったらしい。
「へぇ……。怪我人とか、出ないのかな?」
 保健委員のファファとしては、そこが一番気になるところ。そうでなくとも、魔法やレリックなど、荒事向きのツールがそこら中に出回っているのだ。
「出るみたいだけど、みんなその辺は上手くやってるっぽいよ」
 冬奈の家の道場でも、最初に叩き込まれるのは怪我をしない投げられ方だ。
 全ての魔法使いがそういう修行をするわけではないが、これまで大事が起こっていない以上、それなりに対策は考えられている……という事なのだろう。
「そうだ、ファファ。今日はあたし遅くなるから、部活終わったら先に帰っといて」
「どうしたの? まだプール開きじゃないよね?」
 プール掃除は先月の間に終わっているが、本格的なプール開きは早くても来月になってからのはず。今の水泳部は、基礎体力作りのトレーニングばかりと聞いていたのだが……。
「このイベント、水泳部は防御側に回る事になっててね……。その作戦会議を、夕方にやるらしいのよ」
 ちなみに水泳部は部員数に余裕がある部の一つ。
 トレーニング漬けのこの時期に、良い刺激になる……といった所らしい。
「分かった。じゃあ、気を付けて帰ってきてね?」


 晶が帰ってきたのは、昼休みも終わろうかという頃の事だった。
「あ、晶ちゃん。携帯にも出ないから心配したよー」
 晶はここ最近、ゲーム研究部に見学に行っていると聞いていた。
 そして放送室を襲撃した今年の一番手は、そのゲーム研究部。野球部の迎撃に遭い、散々な目に遭っていたと放送されていたが……。
「ごめんごめん。野球部に炎の千本ノック食らってさー。それどころじゃなかったのよ」
 ヒドい目に遭ったと言いつつも、晶はニヤニヤしっぱなし。大変ながらも、余程楽しかったのだろう。
「千本……?」
「本当に燃えてるノックなんて、マンガか特撮だけかと思ってたんだけどねー」
 どうやら、冗談抜きで燃えていたらしい。
「火事は……?」
「校内は魔法結界があるから、少々の魔法は大丈夫らしいわよ」
「そうなんだ……。まあ、無事で良かったよ」
 魔法科の校舎にその手の結界が張られているのは知っていたが、本館や他の棟にもあるというのは初耳だ。
 もっとも、華が丘の住人の大半は程度の差はあれ魔法使い。魔法科だけに魔法対策をしておけば良い、というわけでもない。
「……うん。他のみんなも、大丈夫らしいって」
 話している間に届いたメールを確かめて、自分の席に腰を下ろす。
 こうなると分かっていたのだろう。鞄から取り出したのは弁当ではなく、十秒チャージのゼリー飲料が二本。
「心配してくれた? ハークくん」
 ぼそりと呟いたハークに笑顔でそう問えば、ハークは晶の言葉を知らんぷり。帰ったらお仕置きは決定だと心に決めるが、特に告げることもなくゼリー飲料に口を付ける。
「そういうのを、ツンデレって言うのよ?」
「言わないよ! っていうかデレないし!」
 飲み干したところで、予鈴が鳴った。
 あと五分で、午後の授業も開始となる。
「あれ? こんな時間にメール……?」
 そんな中、隣のクラスへ帰ろうとしていた百音が小さく呟き、ポケットの携帯を取りだした。
「調理部は放課後集合……」
 ハークやキースリンの顔を見れば、どちらも同じ内容のメールを受け取ったらしい。
「何だろ。さっきの放送部ジャック絡みなのかな?」
 タイミング的にはそうだろう。しかし、そこに調理部がどう絡むのか、想像も付かない。
「籠城戦でもするんですの……?」
「……学校全体が立てこもるんでもない限り、それはないと思うよ?」
 狭い放送室に立てこもった所で、調理部が活躍できるスペースはないだろう。せいぜい、職員室でお説教される時のカツ丼を提供するのが関の山だ。
「じゃあ……野戦?」
「まず戦いから離れようよ。キースリンさん」


続劇

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