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4.ハークの部活動探訪録

 クラブハウスから体育館へと続く渡り廊下を歩きながら。
 誰も見ていないのを幸い、ハークは腹を立てている事を隠そうともしなかった。
「チアリーディング部が男子も募集してるなんて大嘘じゃないか! ウィルのやつ!」
 当たり前といえば、当たり前の話だ。
 それ以前にウィルの話を一方的に勘違いしただけなのだが、もちろんご立腹のハークがそんな事に気付こうはずもない。
「……あれ?」
 体育館の女子バレー部をちらりと眺め、気持ちを少しだけ落ち着かせ。本館の方へと歩いていけば、そこにいたのは……。
「……どうしたの、レム」
 廊下の水飲み場で潰れている、少年が二人。
 レムと、もう一人の名前は……覚えがない。普通科の生徒だろうか。
「ああ、ハークか………うぷっ」
「ちょっと。吐くならボクのいない所でしてよ?」
 まだ五月の末だというのに、二人は汗だくで、顔は血の気を失っている。余程ハードなトレーニングでもしなければ、この時期にこんな事にはならないはずだ。
「で、何? 二人して、死体ごっこ?」
 晶の家で見たアニメで、そんな遊びを目にした覚えがある。エキサイティングな遊びだとは毛ほど思わなかったが、そのアニメでは定番のネタらしく、何度も繰り返されていたはずだ。
「ごっこじゃない……」
「じゃ、死体?」
 その割には、生きていて、喋りもするが。
 むしろこれではゾンビごっこだ。
「死体から、離れてくれないかな……?」
 レムではないもう一人も、青い顔を力なく上げ、弱々しく呟いてみせる。
「だったら何? ボクも、暇じゃないんだけど」
「剣道部に体験入部してみたんだけど……」
 そう言われて、ようやく二人の着ている服が剣道部の部員達が着ているそれと同じデザインである事に気が付いた。
 普段の剣道部は胴着の上に防具を着けているから、すぐにそれとは分からなかったのだ。
「なんだか、すごく厳しくて……」
 胴着は汗を大量に吸い込んで、頭から水をかぶったようになっている。これで水分補給を怠れば、あっさりと脱水症状になってしまうだろう。
「へー」
 だが、ハークの返事はこれ以上ないほどにやっつけなもの。
 もともと運動部には関心の薄いハークだ。彼の勝手な基準で言えば、男ばかりで練習もキツい男子剣道部など、理想の極北に位置する存在だった。
 だが。
「で、どんな練習だったの?」
 あえてそう聞いたのは、後ろを女子の一団が通り過ぎて行ったからだ。ついでにその場にしゃがみ込み、へたばっている二人を心配しているようなポーズまで取ってみせる。
「素振り百本と、武道場の中で走り込み……」
 横目で見れば、一団の手には細身のラケット。
 どうやら、バトミントン部らしい。
「別に普通じゃない。どこが厳しかったの?」
「……重力三倍」
「……………」
 つい黙ってしまったのは、バトミントン部の一団が過ぎ去ったから、というだけではなかった。
「普段は、十倍でやってるんだって」
 おそらくはエピックの系統だろう。しかし、重力を操るエピックは難易度で言えばかなり上の方に位置していたはずだ。
 それが十倍ともなれば、そう軽々しく使えるものではないはずなのに……。
「どこの戦闘民族だよ」
 むしろ、体力が桁外れというよりも、十倍の重力結界が張れるほうが壮絶に戦闘民族くさかった。
「道場の練習にも慣れてきたから、何とかなるかと思ったのに……」
「ぼく……じゃない、オレも……」
 レムもその他一名も相変わらずその場にぐったりとしたまま。
 それぞれの道場の練習とやらの練習量がどの程度かは知らないが、それに三倍のウェイトを掛けられれば、普通は無事では済まないだろう。
「とりあえず、死なない程度の所から始めたら?」
「そうするよ……」


 A組の教室を覗けば、そこにいるのは女生徒がただ一人。
「あれ? キースリンさんだけ?」
「どうかなさいました?」
 口の中のメロンパンをジュースで飲み下して、キースリンは入ってきた八朔に声を掛けた。
「あの……ウィル、もう帰っちゃいました?」
 大半の生徒は同じクラスの者をパートナーに選んでいるが、別のクラスにパートナーを持つ者も少数ながらいる。
 大抵は合宿の時に顔を合わせる時間が長かったから、というごく単純な理由なのだが、八朔は少々ややこしい事情があって、隣のクラスのウィルをパートナーに選んでいた。
「先ほど、何か用があると言って出て行かれましたが」
 そう言うと、キースリンはメロンパンを一口大にちぎり、そっと口に運ぶ。直接かぶりつくわけではないあたり、やはり普通の女生徒とは毛色が違う。
「そう、ですか」
 クラスが違っても基本的に不便はないが、こういう時だけは微妙に困る。特にウィルは『朝の散歩』と称して朝早くから姿を消すことがあるから、一緒に登校しない日も多いのだ。
「メールでも送っとくか……」
 春先に変えたばかりでまだ使い方に慣れきらない携帯を取りだし、メールを起動させてやる。
 魔法携帯とはいえ、基本は普通の携帯と変わりない。大きな違いは、魔法の杖として使える事と、普通の携帯が使えない華が丘の街中でも使えるという二つだけだ。
「あーっ! 良宇、こっちにいたぜっ!」
 今までと癖の違う文字変換と格闘していると、廊下の向こうから飛んできたのはそんな声。
「八朔! メシ食ったら、礼法室の掃除をすると言っただろう?」
 さして広くもない魔法科棟の廊下を歩いて来たのは、傍らに立つ少年が二回りは小さく見えるほどの巨大な体。
 けっしてレイジの背が低いわけではない。
 良宇の体格が、良すぎるのだ。
「ああ……忘れてた」
 朝、教室に入ったところで、そんな事を言われたのを思い出す。その後のテストのせいで、すっかり頭から抜けていた。
「頼むぜ……? まだ茶道部、俺たち三人しかいねぇんだから」
 担任から借りてきたのだろう。部室となる礼法室の鍵を手の中で弄びながら、レイジは苦笑を隠せない。
「茶道部、ですの?」
「興味……あるのか?」
 ふとその名を繰り返したキースリンに、良宇の表情がわずかに変わる。
「日本の有名な風習ですもの。書物では見たことがありますけれど……」
 メガ・ラニカは公用語こそ日本語だが、長い鎖国の影響で、大半の風習は母国であるヨーロッパのものに戻っている。
 茶道もその闇の中、アフタヌーンティに圧され消えてしまった文化の一つ。メガ・ラニカでは既に書物の上にしか残されていない。
「だったら、ちょっと寄ってみねえか? 俺たち三人で作るんだけどよ。結構面白いぜ?」
「おい、レイジ。今日はまだ掃除だけなんだろ?」
 今日は部室の掃除と、明日からの勧誘活動の準備だけだと言われていたはず。そもそも、必要な機材はまだ揃っていないのではないのか。
「それがな。さっき鍵を借りた時、ついでに見てきたんだけどよ……」
「以前、廃部になったらしくてな。釜や茶器の類も一式片付けてあった」
 釜に碗、その他小物の類まで、ひととおり。もちろん抹茶や菓子は買ってくる必要があるが、今ある機材がそのまま使えるならば、必要予算の大半を浮かす事が出来るはずだ。
 そこで、八朔はふと気が付いた。
「なあ。そういう道具が無かったら、どうするつもりだったんだ?」
 仮に部が立ち上がったとしても、もらえる予算には限りがある。殊に何の実績もない新しい部なら、大した予算はもらえないだろう。
 下手をすれば、お茶を菓子を買ったら終わってしまうくらいの予算しかもらえないかもしれない。
「大神先生に、中古の機材を安く譲ってもらえる先を紹介してもらえる事になっていたんだが……」
「あ……考えてたのか」
「当たり前だ」
 もちろん現状を確認してからになるが、全てこのまま行けるとすれば、その紹介も当面は必要なくなるはず。
「そんなわけで、ハルモニアも良かったら……」
「では、ご一緒させていただいて、構いませんか?」
 どうせ帰っても、する事はないのだ。
 キースリンは静かに頷くと、残ったパンを片付けるべく、そっとその端をちぎり取った。


 体育館から普通科棟に入ってすぐ。中庭と裏庭の境界を仕切る渡り廊下を抜ければ、特殊教室棟に至る。
 その名の通り、理科室や音楽室、家庭科室など特殊教室の集まった建物だ。その性質上、特殊な機材を必要とする文化部の部室も数多く置かれている。
 上の階から聞こえてくる楽器の音は、吹奏楽部か軽音部あたりだろうか。
「やっぱり、入るなら文化部かなぁ……」
 大きな大会にいくつも参加するような一部の熱心な部を除けば、文化部の活動日数はえてして少ない傾向にある。おそらく大半の部が、彼の望む『拘束時間はそこそこ』という条件は十分にクリアしている事だろう。
 後は、なるべく女の子が多くて、彼の実利にも結びつくような活動をしている部を探すだけ。
「あれ? ハークくん。クラブ見学?」
 そんな都合のいいことを考えながら歩いていると、廊下の向こうから声を掛けられた。
 それは、見慣れた小さな姿。
「そうだよ。どこか、楽しそうな部活はないかなぁって見て回ってるんだけど……ファファさんは、もう部活って決めたの?」
「うん。服飾研と、魔法研だけど……」
「服飾研と……魔法研?」
 服飾研はいろんな服を作る部。魔法研は、確か自主的に魔法を勉強したり、訓練したりする部だ。
(魔法の授業だけでも面倒なのに、わざわざ自分で勉強したくはないなぁ……)
 服飾研も、感じからして女子は多そうだが……着るだけならともかく、裁縫はあまり得意ではない。
(着替えを覗いて、変な噂を立てられるのもなんだしなぁ……)
 一瞬美味しいポジションかとも思ったが、その後に立てられる可能性のある悪評を考えれば、あまり割のいい話とも思えなかった。
 女の子の着替えを覗いてもパンチ一発で許されるのは、マンガの世界だけなのだ。
 ついでに言えば、魔法で強化されたパンチなど食らえば、タンコブどころか命が危ない。
「どっちも、結構楽しいよ?」
「そうなんだ……。後で覗いてみようかな」
 コスプレの衣装なども作っているのなら、見ているだけでも面白いかとも思ったが……さすがにそこまではしていないだろう。
「服飾研は家庭科室だから、良かったら来てみてね」
 家庭科室の場所はハークもよく知っていた。洗濯機と乾燥機の置かれたそこは、この間までのパートナー合宿で随分と世話になった場所だ。
「……あれ? でも、ここって家庭科室とは逆だよね? 今は魔法研?」
「ううん。ちょっと、園芸部に用があって……」
「園芸部か……」
 園芸部も、花が好きな女の子が沢山いそうな気がする。花を見るのも嫌いではないし、覗いてみる価値くらいはあるかもしれない。
「だったら、一緒に見に行ってもいい?」
「うん。いいよ?」
 そしてハークは、ファファに連れられて園芸部のいる裏庭へと向かう。


続劇

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