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8.重なる五解、また五解

 五日目の朝。
「今日は冬奈さん、来てますかねぇ……」
 半ばほどまで姿を見せた朝日を眺めながら、テントを抜け出すのは真紀乃だった。
 日課となった早朝練習である。昨日は冬奈が寝坊して自主練習になってしまったが、昨日はプールのような騒ぎも無かったし、きっと大丈夫なはずだ。
「先にメール送っとけば良かったかな……?」
 とはいえ、こんな朝早くからメールの着信音を響き渡らせては向こうのテントに迷惑だろう。裏庭に行って、まだ来ていないようなら送ってみる事にする。
 普通科棟と体育館を繋ぐ渡り廊下を過ぎ、武道場の脇を抜ければ、弓道場を備えた裏庭だ。
「冬奈さー……………」
 既に現れているはずの彼女の名を呼びかけたところで、真紀乃はそのまま動きを止めた。
 そこに、確かに冬奈はいた。
 存在は、していた。
「え、えっと…………」
 なぜかセイルを抱きしめて、幸せそうに眠っているのは……完全に真紀乃の想定外だったけれど。


 当然その日は、訓練どころの騒ぎではなかった。
「ええっと………」
 テント村までの道のりをとぼとぼと歩きながら。
「言わないで!」
 口を開きかけた真紀乃の言葉を、冬奈は一瞬で制圧する。
「その……」
「なかった! 真紀乃が考えてるような事は何もなかったから!」
 やはり即答。真紀乃が質問を繰り出す間など、与えられるはずもない。
「ええっと……どんなこと?」
「……あんた、素でヒドいわよ」
 がっくりとうなだれ、冬奈からはそれ以上、言葉が出ない。
「それからセイルもいいわね! 今日は、何もなかったからね!」
「………何が?」
「……分かってないなら、いいわよ」
 不幸中の幸いといえば、セイルがその手のコトに本当に疎かった事だろう。これが他の男子なら、何というかこう、本当に大変な事になっていたはずだ。
「ともかく二人とも、今日のことは何も言わないでね!」
 テント村が見えてきた所でもう一度、口止めの念を押す。頷く二人を疲れた表情で確かめたなら。
「冬奈ちゃぁん!」
 テント村の方から聞こえてきたのは、泣き声に近い少女の声だ。
「あれ、ファファ……?」
 驚く冬奈にしがみつき、抱きついたまま離れない。
 震える背中は、泣いているようだった。
「ど、どうしたのよ……?」
「ふぇぇ……。昨日、テントに帰ってこなかったから……ひっく……嫌われちゃったのかと思ったよぅ……!」
 小さな背中を抱いてやりながら、昨日の朝の出来事を思い出す。どうやら抱きついて眠るファファを嫌がって、別の所へ寝に行ったと思われたらしい。
「もう抱きついて、寝ないから……ひっく……。ごめんね……ごめん……ね?」
 泣きじゃくりながら謝罪の言葉を繰り返す少女に、冬奈は思わず苦笑い。
「別に、そういうわけじゃないから……安心してよ。今日はちゃんと隣で寝るから。ね?」


「とは言ったものの………」
 中庭で弁当を広げながら、冬奈は珍しく盛大なため息をついた。
「どうするべきかしら。真紀乃」
 朝食の時、ファファに聞かれたのだ。
 昨日の晩は、どこにいたのかと。
 他のテントに居たと言えば、すぐにボロが出るだろう。かといって、真実は口が裂けても言えるはずがない。
 その場は適当に誤魔化したのだが……。誤魔化したままなのも、どうにも気が引ける。
「そんな事、あたしに聞かれても……晶さんとかに相談した方がいいんじゃないですか?」
 真紀乃も女の子だから、この手の話題は嫌いではない。ただ、興味があるのと対処法を知っているのは、全くの別問題だ。
「出来ないから、あんたにしてるんでしょ……」
「……確かに」
 基本的に真面目な娘なのだ。冬奈は。
 そんな事を言い合っていると、中庭の向こうに、小さな黒い影が見えた。
「にゃー」
 小さな鳴き声ひとつ。きょろきょろ辺りを見回して、冬奈の姿を見つけるやいなや、そのままたっと駆け寄ってくる。
「あ、冬奈さんちの猫ですよ。おいでー」
 真紀乃の出す手に甘える猫に、冬奈は不機嫌そうな様子を崩さない。
「……何よ。あたし、喚んでないわよ? 猫被っちゃって」
「だって、猫だもん」
 その黒猫が、喋った。
「へぇ……喋る猫って、初めて見ました。メガ・ラニカの猫さんですか?」
「まあ、そんな感じー」
 アニメでは珍しくないが、現実に喋る猫などそうはいない。驚く真紀乃に気を良くしたのか、黒猫は二本の尻尾をひらひらと振っていたが。
「ん? 何だか……犬臭いわよ?」
 ふとそう呟いて、わずかに顔をしかめてみせる。
 猫の表情など分からないが、それでも真紀乃達には、それが険しい表情に感じられていた。
「ダメ。これ以上、耐えられないっ! じゃあね!」
「……はいはい」
 真紀乃の手を離れ、中庭を駆けていく黒猫に、冬奈はぞんざいに手を振って。
 その手が、途中でゆっくりと止まる。
「あれ、キースリンさん。どうかしたの?」
 視線の向こうを歩くのは、A組の副委員長。
 キースリン・ハルモニアだ。
 捜し物でもしているのか、歩きながら足元をきょろきょろと見回している。
「あの……ちょっとお聞きしたいのですが、この辺りに魔女っ子のかたが来ませんでした?」
 華が丘高校で魔女っ子と言えば、自称・魔法のお菓子屋さん、スウィート・ハルモニィただ一人。
 騒動と見るやどこからともなく現れて、これまた謎の薔薇仮面と戦ったり戦わなかったりはたまた共闘したりして、やっぱりどこへともなく去っていく、謎の魔女っ子だ。
「いや、見てないけど……また出たんだ?」
 ただ、魔女っ子はどう考えても足元にはいないと思ったが、それはあえて言わずにおいた。
「っていうか、あれってキースリンさ……」
「違いますわ」
 即答だった。
「いや、まだ……」
「違いますの!」
 先読みだった。
「まあ、そういう事にしとくけどさ……」
「……だから、違うって言ってますのに」
 最後は、半泣きで否定する。
 ハルモニィとハルモニア。
 ベタベタすぎて逆に狙っているとしか思えなかったが、驚くべき事に完全な偶然だった。
「……で、あの魔女っ子に何の用なの?」
「いえ、見ていないのなら、結構ですわ」
 お嬢様然とした優雅な礼を一つして、キースリンはどこか力なく、中庭を出て行った。左に曲がったということは、裏庭の方を見てくるつもりらしい。
「……隠蔽工作も、大変ねぇ」
 アニメの魔女っ子なら不思議なお供がいたりもするが、どうやら彼女にはその手のお供はいないようだ。
 その手の裏工作も、全部一人で何とかしなければならないのだろう。
「自分の隠蔽工作は、いいんですか?」
 真紀乃にそう混ぜ返されて、冬奈もがっくりと肩を落とす。


続劇

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