-Back-

 空を駆けるは、巨大な剣。
 振るう少年の身長ほどもある刀身を持つ、大剣だ。
 もちろん尋常な重さでないそれを縦横に振るえるのは、魔法の力あってのこと。飛行の魔法を封じられた神器『ブロード・ブロード』は、その力を調整することで自ら刀身を機動させ、初めてまともに武器として使う事が可能となる。
 さらにインパクトの瞬間にその魔法を打撃方向へ解き放てば、片手剣以上の剣速と、大剣以上の重打撃を兼ね備えた一撃を加える事さえ出来る………。
 はずだった。
「まだまだだねぇ……」
 けれど、巨大な剣はインパクトの追撃を発動させることなく、空しく空を切るばかり。
「………外したっ!?」
 少年が見上げるのは、上方だ。
 輝く太陽を背に、大きく舞い上がるのは小さな影。
 逆行を背負う少女らしき影に寄り添うは、少女の身よりもはるかに大きなハンマーと、そこから伸びる鎖鉄球。
「瑠璃呉……陸っ!」
 振り下ろされたハンマーの軌跡に、少女の身に絡みつくよう舞っていた鎖が唸りを上げて付き従って。
 叩き込まれた反撃の一打は、ブロード・ブロードをはるかに超える。大地砕く容赦ない鉄球の一撃だった。


 穿たれた地面の傍らに倒れているのは、陸と呼ばれた少年だ。
 大剣は既にその場にはない。はだけられたカッターシャツの胸元に、同じ形をしたペンダントがぶら下がっているだけだ。
「痛ぅ……。なんでブランオートの奴、あんなケンダマでこんなに強いんだよ」
 最後の一撃は少年の身体を捉えてはいない。少年の身をかすめ、側の大地を打ち砕いただけだ。けれどその程度の加減で、少年の身が無傷で済むはずもなく。
「大丈夫? 陸くん」
 少年に寄り添うのは、金髪の小柄な娘。
 砕け、飛び散った大地のかけらで傷付いた少年の身体にそっと白く細い手を重ね合わせながら、心配そうにそう問うている。
「今日もあたしの勝ちだね。瑠璃呉、明日の昼のジュース一本、忘れんなよ?」
 ボロボロの少年を見下ろすのは、白い髪を腰まで伸ばした小柄な少女。
「……分かってるよ」
 見上げる視線の不満げな様子に気付き、ブランオートと呼ばれた少女はへらりと崩れた笑みを浮かべてみせる。
「ま、年季が違うって事よ。あたしは子供の頃からコイツとつるんできたんだし」
 そう微笑んで腕を上げれば、そこには細い鎖に吊された、小さな飾りが揺れている。飾りの意匠は、先ほどまで少女が掲げていた鎖鉄球付きのハンマー……要は、巨大な剣玉だ……と全く同じもの。
「けどよ………」
 異世界からの賜り物、レリック。
 様々な奇跡の力が刻み込まれた、魔法の神器。飛行能力に重量軽減、ペンダントトップほどの小さな形に姿を変える事も、その奇跡の力の一部分にしか過ぎない。
 その力を引き出し、馴染ませるところから始めている瑠璃呉少年と、レリックを作り出した異世界からレリックと共にやってきたブランオートでは……同い年とはいえ、その力に隔たりがあるのもある意味仕方のない所と言えた。
「兎叶や大神は、もっと使いこなしてるぜ?」
 少年の呟いたその名に、ブランオートは露骨に顔をしかめてみせる。
「あいつらは例外でしょ。前にどっかで使い方習ったんじゃないの?」
「どっかってどこだよ……。大神はあんたが教えてるにしてもさ」
 大神と呼ばれた少女は、ブランオートのパートナーだ。彼女は無数のパーツ群からひとつの形を造り上げる、特殊なレリックを持っている。
「柚にはあたしも教えてないよ。そもそもああいう細かいの、苦手なんだって」
 メガ・ラニカの住人でも使い方に手こずると言われるそれを、彼女はいとも容易く操ってみせていた。それが抜きん出た才能によるものか、何らかの経験か訓練によるものかは……分からなかったけれど。
「瑠璃呉もそれ貰ってふた月くらいよね? スジはまあまあだから、頑張れば……」
 そう言いかけて、ブランオートは言葉を切る。
 柚や兎叶ほどの使い手には、なれないだろう。向上心や根性は認めるが……果たして、彼が求める強さとはいかほどのものか。
 わずかに考え、笑みひとつ。
「そうね。ルリを守れるくらいは、出来るようになるんじゃない?」
「!」
「!」
 いつしかパートナーに膝を貸していた少女と、それに無意識に甘えていた少年は、我に返って思わず顔を見合わせる。
「一目惚れってやつか? うらやましいねぇ」
 もちろん二人の顔は、耳まで赤い。
「あはは。別に照れなくてもいいって。それじゃ、あたしは柚にでも甘えて来ようかね……」
 彼女の種族ならではの身のこなしで放課後のグラウンドを後にすれば、残されたのは少年と少女だけ。
 部活動も終わった放課後。グラウンドの隅っこだ。こんな所まで、誰も来はしない。
 無言の気まずい空気のまま。けれどどちらもその身を離せずにいて。

 そして…………。


 これが、物語の序章。
 瑠璃呉 陸と、ルリ・クレリックの物語。

 二人の物語は、ここで一旦筆を置くことになる。

 本編の始まりはこの十六年の後。
 2008年4月。
 入学式が終わり、熱気冷めやらぬ……いや、混乱真っ只中の華が丘高校グラウンドから始まる。


華が丘冒険活劇
リリック/レリック

#2 it's a wonderful days


1.長い一日目の終わりに


 各班へ運ばれていく荷物を見送りながら。少年は『カフェ・ライス』のロゴの入ったライトバンの運転席に声を掛けた。
「菫さん。さっきので、全部ですか?」
 ハンドルにクリップボードを引っ掛けて、納品リストをチェックしているのは長い黒髪の女性。
 リストを追っていた真剣な瞳がふっと緩み、いつもの穏やかな女性の顔を取り戻す。
「そうね。リストの抜けはないから……大丈夫。手伝ってくれて助かったわ、祐希くん」
 祐希はもともとカフェ・ライスのアルバイトだ。菫の作業の流れはよく知っているから、学校に運ばれてきた食材の搬入も滞りなく進められたのだ。
「ローゼリオン君も助かったよ。ありがとう」
 各班に一つずつ配られたプラスチックの番重には、ひと揃いの食材が入っていた。
 本来なら中身は班ごとに全て別になるらしいが、今日だけは初日ということもあり、全ての番重には同じ食材が収められている。
「なに。こうして美しい女性にまた会えたのだから、手伝った対価は十分にあったというものさ」
 そして、祐希の傍らにいるのは、細身の少年だ。
 若いながらも堂に入った身のこなしで、どこからともなく取り出した薔薇を菫に向かって捧げてみせる。
「ごめんなさいね、人妻で」
「構いませんよ。誰かを愛している女性は、美しい。それは貴女の魅力を引き立てこそすれ、損なうものではありませんから」
「よくもまあ、そこまで出てくるねぇ……」
 普通なら歯の浮くような台詞も、少年ほど堂々と言い放ってしまえば、それはもはや一周回って感心するほかない。
「それじゃ、祐希くんもウィリアムくんも、いいパートナーが見つかると良いわね」
「ありがとうございます」
 二人揃って頭を下げて。玄関を抜け、長い坂を下っていく菫のライトバンを見送れば。
「さて……と。僕たちも戻ろうか」
 校庭の隅に広げられたテントは、各班男女別で二張。各クラスは三班に別れていて、魔法科は二クラスだから……合計で十二張になる。
「そうだね。次は、夕食の支度か」
 一つのテントは五、六人が余裕で入れる大きさがあった。それが十二も並んでいれば、ちょっとしたキャンプ場の雰囲気だ。
「森永ー」
 そんな事を考えていると、テント村の向こうから少年の名を呼ぶ声がやってくる。
「ああ、鷺原君。どうかしましたか?」
 同じ中学出身の、見知った顔だ。
「さっき向こうでクレリックさんから聞いたんだけど、A組の委員長になったんだって?」
「そうですけど……。そちらは?」
 悟司が連れているのは、金髪のメガ・ラニカ人だった。
 確か、入学式で代表挨拶をしていた少年だ。
「レイジ・ホリンだ。B組の委員長になったんで、A組の委員長にも挨拶しとこうと思ってな」
「挨拶はこちらから行こうと思っていたんですが……。先を越されてしまいましたね」
 差し出された手を握り返せば、レイジと名乗った少年は崩れた笑みを浮かべてみせる。
「いいって事よ。で、用事ってのは他でもねぇ」
 レイジの視線の向こうにあるのは、祐希達も眺めていたテント村だ。テントの周りにいる人影が少ないのは、ほとんどのメンバーが家庭科室での夕飯の支度に駆り出されているからだろう。
 カフェ・ライスから運ばれてくるのは材料だけで、実際に作るメニューは各班で好きに決めて良いことになっていた。
「テント生活のルール、ですか?」
 メニューや食事係は、班の中で好きに決めればいい。
 けれど、それ以上の規模の話になれば、班やクラス間の明確なルール作りが必要になる。
「話が早いねぇ。ま、血の気の多い奴もいるだろうし、こういう事はさっさと決めといた方がいいって副委員長がな」
「同感です。こちらも、仲良くやっていきたいですから」
 どうやら悟司はレイジのサポート役に就いたらしい。
 レイジ自身も頭の回転の早い人物のようだし、付き合いの長い悟司が間に入ってくれるなら、しばらくはクラス間の余計なトラブルを起こさずに済みそうだった。
「なら、教室で……」
 その時だ。
「ちょっと待ったーーーーーーーーっ!」
 本館の壁に跳ね返り、遅れて木霊がやや響く。
 声が放たれたのは、本館前のロータリーに設えられたモニュメントから。いつの間に登ったのか、謎の像の上には小柄な影が堂々と立っている。
 そして、モニュメントの傍らに嫌そうな顔をして立つ顔を、祐希も悟司もよく知っていた。
「水月さん?」
「いや、この場じゃあんまり勘定に入れて欲しくないんだけど……」
 本当に苦そうな笑いを浮かべる晶とは対照的に、モニュメントの上に立つ真紀乃は胸を張り、堂々と言葉を放ってみせる。
「そういう事は、男子だけで決めていいと思ってるんですか!」
 言い終わるやいなや、モニュメントからとぅと跳躍。
 どうやらそのひと言を言うためだけに、高いところに登っていたらしかった。
「……確かに」
「レディの意見もないと、不公平だな」
 やっている事はバカだったが、言っていることは正論だ。女子にしか分からないことや、気付かない事も多いだろう。
 特にA組は副委員長が決まっていないから、誰か意見をくれる人がいれば心強い。
「じゃ、子門さんと水月さんも、参加して貰っていいですか?」
「もちろん!」
「え……? あたしも……?」
 真紀乃は重々しく頷いて見せたが、いきなり話を振られた晶は思わず動きを止めてしまう。
「ぜひお願いしたいのですが……何か問題が?」
 問題がないわけではない。
 けれど、女子代表として真紀乃ひとりを放り込むのも、何だか危険な予感がした。
 普通の女子の意見がちゃんと言える人間は、きっとオブジェの上に登って指差したりはしないだろう。
「……ま、いいか」
 彼女たちのいるA組一班には、祐希と晶以外に料理が出来そうなメンバーがいない気がしたが……さしあたりそれは忘れておく事にした。
「で、女子としちゃ、何を決めて欲しいんでい」
「シャワーと洗濯の乾かしかたですっ!」
 真紀乃は何の迷いもなくその一択。
「そこなのかよ!」
「大事に決まってるでしょ!」
 その意見には、さすがの晶も同意せざるをえないのだった。


 調理室の一角で。
 きれいに切り揃えられた肉と野菜を鍋に放り込みながら、少年は呆然と呟いていた。
「あの委員長、いつの間に下ごしらえなんかしてたんだ……?」
 野菜は皮を剥いて、一口大に切ってある。下味は付けていないから、味付け次第でどんな料理にも対応できるだろう。
 ひと言で言えば簡単だが、A組一班、八人分の料理の下ごしらえともなれば、言うほど容易い分量ではない。
「………ハークくんが料理出来るなんて、意外」
「リリちゃん。このくらいなら出来るよぅ」
 もちろん、リリは下ごしらえのことを言っているワケではない。下ごしらえは祐希でも、その後の味付けや調理は、ハークの仕事だったからだ。
 その手際は、プロ並みとは言えないまでもそれなりに手慣れていて、見ていて危ない様子はない。
「……意外」
「意外ですわ」
「そんなに意外!?」
 鍋にスープを注ぎ入れ、ひと段落。
「っていうか………」
 本来なら下ごしらえだけでなく、料理の完成まで委員長が引き受けてくれるはずだった。ハークはそれをほどほどに手伝いながら、料理をしている女の子でも眺めていようと思っていたのだが。
 委員長と晶はB組との会議があるとかで、どこかに行ってしまった。女の子相手に良い格好が出来るのは悪い気分ではないが……。
「リリちゃんと、セイルくんは……」
 ついでに周りを見回せば。
「…………食べる、専門」
「あはは。同じく」
 ぽつりと呟く少年に、照れ笑いをしている少女。
「……だいたい予想通りか」
 料理で役に立ちそうなのがいない。
「あの、すみません」
 そこに声を掛けてきたのは、長い髪の少女だった。
「どうしたの? キースリンさん」
 少しは料理の心得があるとかで、キースリンにはご飯の準備をお願いしている。
 メガ・ラニカは日本に隣接している世界だけあって、ご飯を食べる習慣も引き継がれている。まさか、米が何か分からないなどという事はないはずだが。
「この天日みたいな機械は……魔法を召喚して、火を点ければいいんですの?」
「………たぶん」
「それでいいんじゃないかなぁ?」
 メガ・ラニカにガスはないから、ガスレンジもない。一般的な家庭では薪に魔法で火を点けるのが普通だから、キースリンとセイルは仕方ないとして。
「……せめて、リリちゃんは違うって言ってよ」
 リリは生粋の華が丘出身者だ。
「いやぁ……料理って、したことないからさ」
 こちらに来る前に、華が丘の料理器具も下調べしておいて良かったと。
 ハークは心の底から、そう思った。


 隣の調理台。
「レムくん、すごーい!」
 まな板の上に置かれたのは、やはり切り揃えられた野菜だった。
「わぁ。これ、星になってるー」
 一口大のニンジンは星の形。ジャガイモは少し大きめの太陽。
 タマネギは月の形をしていたが、これは炒めている間にバラバラになってしまいそうだった。
「ん………? ああ、刃物だしな」
 そしてレムは、ぼんやりとした表情でジャガイモの皮むきの真っ最中。表面がデコボコのジャガイモのはずなのに、剥かれた皮はひと繋がりで、光が透けて見えるほどに薄い。
「いや、刃物だからって………」
 レムが使うのは、刀型のレリックだ。刃物に慣れているのは分からないでもないが、それで済ませられるレベルではない気がする。
「ねえねえ、他の形にもできる?」
「何がいいんだ? ファファさん」
 じゃれつくファファにも、レムの手元が狂う気配はない。最後の皮を剥ききって、手元には拳よりも大きなジャガイモがひとつ。
「えっとねぇ……じゃあ、くまさん!」
 レムの手元で踊るのは、包丁の銀色の光。
「クマ……ねぇ」
 こぼれ落ちる小さな欠片も別の料理に使えるよう、分けた容器に収められている。
「こんなんで、いいか?」
 そう言ってまな板の上に置かれたのは、北海道から直送されたような木彫りならぬジャガイモ彫りのクマだった。
 けっして可愛くはないが、ご丁寧に鮭まで咥えていたりする、それはそれは見事な出来だ。
「すごーいって、きゃー!」
 それを無造作に持ち上げ、鍋の中へと流し込む。
 月も星も太陽も熊も、鍋の中へと一緒くたに。
「切ったの、入れるぞ」
 そこに隣で普通に野菜を切っていた巨漢が、大きめに切られた野菜をどかどかと放り込んだ。
「くまさーーーーーーん!」
 大量のジャガイモとニンジンとタマネギの雪崩を食らい、あわれ熊は鍋の中で消息を絶つ。
「冬奈ちゃん、くまさんが、くまさんがーーー!」
「ちょっと。さっきのクマとかって、そのまま飾っとくとか、そのまま食べるとかじゃないの?」
 ひらがなで言うにはあまりにゴツいそれを、本当にくまさんと呼んで良いのかはさておいて、冬奈もさすがに聞いてしまう。
 むしろ、中華料理の皿の真ん中にそびえていたりする野菜細工と同じノリで、カレーの中央に置いても良いくらいの出来だったのに……。
「そうなのか………? 良宇」
 巨漢が見たのは、鍋の中にある野菜の山だけだ。
「や、オレは見てないから何とも……」
 熊と言われても、北海道の木彫りのアレが思い浮かぶだけで、どこのどの熊か見当も付かない。
「もうっっ! レムくん、切るの以外禁止っ! 鍋に材料入れるのもダメだからねっ!」
 そして、レム・ソーアはこの日以降、切る以外の全ての料理行為を禁止されるのだった。


続劇

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