-Back-

12.Stampede

 倉庫の中に無造作に放り込まれている鉄パイプの束を、良宇はぼんやりと見上げていた。
「これを運べば……いいのか?」
 鉄パイプは数本でひと組らしく、単位ごとにビニールの紐でまとめてある。組み立てればどうやらテントになるらしいのだが……。
「らしい……って、そんなに持つのかよ!」
 どう見ても数十キロはあるだろう数組ぶんの束をまとめて抱え上げた良宇に、八朔は思わず声を上げてしまう。
「ん? 多いか? あっちのちっこいのも、結構持っとるが」
「ちっこいって言わないでよぅ……」
 良宇と同じくらいの束を頭上に抱えるのは、セイルだった。ハンマーを元の姿に戻して一緒に抱えているあたり、魔法で補助をしているのだろうが、どう見ても自重より荷物の方が重そうに見える。
「だったら、俺ももうちょっと運ぶか……っと、おおおっ!?」
 魔法なしではひと組運ぶのも精一杯だ。
「無理しないほうが、いいよ?」
「まったくだ。無理すんなよ」
 二人に言われ、八朔はポケットから機種変したばかりの携帯を取り出すと、慣れないメニューから着スペルを呼び出した。メロディが紡ぐ呪文に合わせて精神を集中させれば、鉄パイプを抱える感触がすっと軽くなる。
「けどこれ、何なんだ?」
「何ってそりゃおまえ、テン……」
 良宇が答えかけた瞬間、組み立て中だったテントの山が、爆発した。
「って、何だ!?」
 その爆炎の中に見えるのは、黒く巨大な影。
 長い鼻梁と尖った耳、赫い瞳を持つそれは……。
「……ガルム?」
「召喚獣ってやつか?」
 ガルムと呼ばれた黒い獣は細い身体で天を仰ぎ、永い永い咆哮を上げた。
 大気を震わせ響くそれに、眼下の街からも長い遠吠えが戻ってくる。華が丘にいる多くの犬がその意味を受け取り、返答を寄越しているのだ。
「ありゃ、使われてやろうって感じじゃあねえな。ケンカする気満々じゃねえか」
「暴走、だね」
 鉄パイプの束をその場に放ると、セイルはそのままガルムの元へ走り出すのだった。


 突如現れた黒い獣に非難の声を上げたのは、良宇だけではなかった。
「なんで初登場シーンで合体シーン省略しなきゃいけないのよぉっ!」
 真紀乃、である。
 両腕を交差させ、左腕の収められた携帯に指を走らせる。最後に決定ボタンを押し込めば、腕のホルダーから放たれたのは四条の光。
 それは一瞬で一つに重なり合い、一直線にガルムへと殺到する。
「天牙! 三重螺旋斬りぃっ!」
 閃光まとう一撃に、ガルムは大きくのけぞって。
 その眼前、包む光を祓って現れるのは、全高四十センチの人型のメカニック。
「テンガイオー………見参っ!」
「ってちょっと、あなたそれっ!」
 一瞬の決めポーズの後、そのまま上空へ回避軌道を取った合体ロボ・テンガイオーを指さし、晶は思わず声を上げる。
「……?」
 真紀乃が晶にレリックを見せたのは、もちろんこれが初めてだ。
 しかし……晶がその姿を見たのは、二度目になる。
「水月さん! 何か手があるって言ったのはあんただろ! まだなのか!」
「……っとそうだった! てぇいっ!」
 だが、細かい話は後回し。
 双刀を構えたレムの言葉に我に返り、晶はガルムの足下に向けて携帯を指し示す。
 その瞬間、ガルムの足下に転がっていた鉄パイプが一斉に立ち上がり、ガルムめがけて飛び込んでいく。
「やった、捕まえた!」
 ガルムを起点に、強い磁力を発生させたのだ。鉄製のパイプはガルムに引き寄せられ、一時は黒狼を檻へと閉じこめるが……。
 鋭い咆哮と大きな身震いに、掛けた磁力は弾かれて。鉄パイプもがらがらと崩れ落ちる。
「ごめん! あんまり役に……」
 黒狼の視線は、自らを束縛した魔法を掛けた術者へと。
 赫く光る昏い瞳に、晶は思わず目をそらし……。
「きゃあっ!」
 飛びかかってきた必殺の牙から少女を救ったのは、三発連なる銀弾と、大きく羽ばたく黒い翼。
「大丈夫? 水月さん!」
 ガルムに直撃した三発を回収するのは後回しだ。悟司はブレスレットから新たな弾丸を三発呼び出し、再び周囲に浮かばせる。
「ありがと、鷺原くん……と、君は……?」
「ハーキマー・マクケロッグ。ハークでいいよ」
 晶を抱え、ハークは全力で急上昇。
 対するガルムは正体不明の銀弾の主よりも、逃した獲物が悔しいらしい。飛べない空を見上げ、威嚇の声を上げている。
「そうそう。女の子達の避難、終わったよ! 水月さんも、このまま連れて行くから!」
「水月さん、作戦は悪くなかったぜ! もちっと弱らせてりゃ、なお良かったんだろうがな……」
 言葉の後半は晶にではなく、自身に向けた戒めの言葉。双の刃を構え直し、柄に同化した携帯から、ありったけの魔力を叩き込む。
「風神……雷神……。今回は、遠慮無しで往っていいぜっ!」
 入試の時の比ではない。一直線に放たれた雷光と疾風は、ガルムの身体を巻き込み、鉄パイプごと吹き上げて……。
 がらがらと落ちる鉄パイプの轟音の中、ガルムの咆哮が響き渡る。
 無傷、ではない。
 けれど、元の世界に還すほどの威力でも、ない。
「………誰が喚んだんだよ、こんなやつ!」


「ちょっと、あの子達にはキツいかなぁ……?」
 本館二階の一番端。職員室の窓から校庭の様子を眺めながら、はいりはぼんやりと呟いた。
「なぁに? 暴走?」
 答えたのは、隣でやはり生徒達の様子を眺めていた雀原ではない。窓の桟に座り込んだ、一匹の黒猫だ。
 もちろん、まともな猫ではない。
「あら、久しぶり。元気してた? ニャウ二世」
「二世とか言わないでよ、葵。あんなの、宇宙人の作った偽物猫でしかもおっさんじゃない」
 葵の呼んだその名に、黒猫は不機嫌そうに二本の尻尾を揺らしてみせる。
 近所の子供達に呼ばれる名前も不本意なことこの上ないが、葵の呼ぶ名よりは悪意がない分はるかにマシ……だと、思う。
「それより、ガルムが暴走とかなんか楽しいことになってるわねぇ。いきなり学級崩壊?」
「誰がコボルトでも呼んで楽しようと思ったんでしょ。魔法学校なんだから、方法は間違ってはいないけど」
 戦いの輪にはハンマー使いの少年と巨漢が加わっていたが、どちらもスタイルは近接戦特化らしい。近接には無類の強さを誇るガルムとは、今ひとつ相性が悪い。
 それでも他の生徒達の援護を受け、一撃、また一撃と打撃を打ち込んでいく。
「即席の連携にしてはいい線行ってるけど、ガルム相手じゃ厳しいかなぁ……。葵ちゃん、そろそろ行った方がいい?」
 ふわ、とあくびをひとつしながら、はいりはポケットから携帯を取りだした。その動きに応じ、葵もひと挙動で折りたたみの画面を開いてみせる。
「大丈夫じゃない?」
 けれど、それを止めたのは喋る猫。
「冬奈ちゃん?」
「違うわよー。あの子はあたしがいないと何にも出来ないんだから。……ほら」
 黒猫が指し示したは、校舎の上だった。
「そこの黒いオオカミさんっ!」
 校庭に響き渡るのは、透き通った強い声。
「赤ずきんちゃんは華が丘にはいないんだから、さっさと元の世界にお還りなさいっ!」
 突如響いたその声に、戦っている少年少女は思わず校舎を見上げてしまう。
 そしてガルムも警戒の目を、そちらへ向けた。
 校舎の屋上。
 そこに立つのは、小柄な影だ。
「魔法のお菓子屋さん、スウィート♪ハルモニィ!」
 くるりと回ればフリルたっぷりのミニスカートが軽くひるがえり。
「甘〜い時間の、始まりよっ♪」
 叫ぶと同時、屋上からの大跳躍。
 ガルムの元に一直線に舞い降りて………。
「えーいっ!」
 構えたステッキを逆手に持ち替えるやいなや。
 思いきり。
 ぶん殴った。


 十分な魔力の籠もった一撃は、召喚獣を元の世界へ戻すのに十分な威力を持っていた。
 黒い獣は黒い霧へと姿を変えて、そのまま虚無へと消えていく。
 後に残るのはその身に食い込んでいた三発の銃弾と……華が丘の新入生達と。
「…………ええっと、魔女っ子?」
 ガルムを全力でぶん殴った、自称魔法のお菓子屋さん。
「魔女っ子よ!」
「魔女っ子て……いま、思いっきりぶん殴って……」
 スカートもジャケットも、フリルがたっぷり付いている。お菓子や音符に彩られたその姿は、確かに黙って立っていれば魔女っ子と言っても通じるだろう。
「魔女っ子です!」
「でもそれ、どう見てもトンファー……」
 レムのツッコミに慌ててステッキを持ち替える、自称魔法のお菓子屋さん。
「魔法のステッキなの!」
 柄の中央に一本の線が刻まれていたが、それはどう見ても撃墜マーク。
「ええっと、どのへんが、魔法?」
 ガルムへのインパクトの瞬間、星や♪やお菓子のような可愛らしい幻は、確かに見えた。
 けれど、トドメはどう見てもトンファーの直撃だった気がする。
「………くすん。もういいです」
 皆の容赦ないツッコミに涙を浮かべるその姿は、確かに魔女っ子っぽかった。
「と、とりあえず助かった………って事でいいのかな」
「まだだ!」
 ゆるんだ空気の中、響き渡るのは凜と叫ぶ強い声。
 それと同時、影の中へ崩れかけていた黒い狼が再び咆哮。最後の力を振り絞り、ハルモニィへ向けて牙を剥く。
「きゃあぁぁっ!」
 しかし、その影は少女までは届かない。
 白くはためく大きなマントと。
「………秘剣」
 薔薇の吹雪に遮られて。
「薔薇の、輪舞曲」
 連なるのは閃光。
 そして、断末魔の叫び。
「え………?」
 ガルムの牙にさらされたハルモニィをかばうように立つは、白い衣装を身にまとう仮面の少年の姿。細身の刃を横一文字に振り抜いて、迫るガルムの残滓の牙を一刀のもとに切り払う。
「………大丈夫かい?」
「あ………はい」
 仮面の下の表情は、抱かれるように立つ少女にすら見破ることは出来はしない。けれど、その口元はわずかに歪み……ハルモニィには、それが微笑んだように見えた。
「なら良かった。では、さらばだ」
 再び吹きすさぶ薔薇の吹雪の中、剣士の姿はかき消され。
 幻術の一種だったのだろう。薔薇が風に溶けた後には……ハルモニィと名乗る謎の魔女っ子の姿も、残ってはいないのだった。


続劇

< Before Story / Next Story >


-Back-
C-na's 5th Dimentional Labyrinth! "labcom.info"
Presented by C-na.Arai