7.はじまりの おわり
生活臭漂う華が丘の商店街。
「たのもーーーーっ!」
その一角に不自然に建てられたオープンカフェに、可愛らしい声が響き渡る。
「………誰から聞いたの、そんな挨拶」
唐突なファファの名乗りに、百音とリリは思わず顔を見合わせていた。
「え? レイジくんが、こっちの世界じゃ、こういう挨拶をするって……しないの?」
「……しないわよ」
「たのもーー!」
その瞬間、隣にいたウィルも堂々と声を放つ。
「おいおい。あんたまで、何言ってるんだよ」
「淑女一人に恥ずかしい思いをさせるわけにはいかんだろう。そのためなら、この身などいくらでも盾にしてみせるさ。……違うかい? ハーキマー・マクケロッグ」
「………。な、なら、たのもー!」
そこまで言われて黙っているのも癪な話。ハークも大声で、カフェの奥に向かって叫んでみせる。
エスコート役で来ただけだというのに、大声で叫ばさせられて迷惑な話だ。
「さあ、セイルくん。君もいざ」
「……たのもう?」
ついでにセイルも巻き込まれた。
「………どういうブームですか」
たのもう、の連発に店の中から出てきたのは、店主でも菫でもなく、百音達と同い年の少年だ。
「あれ? 森永くん?」
「そか、百音は知らなかったんだっけ? 森永くん、ここでバイトしてたんだよ」
中三の冬休みからは、受験勉強に専念するために休んでいたはずだが……。
「受験も終わりましたから、マスターたちに報告に来たんですよ」
「そうなんだ……」
百音が華が丘を離れていたのは、三年に満たない。しかしその間に、百音も、周りの環境も、大きく変わっていた。
けれどその差も華が丘に合格すれば、取り戻す事が出来る。後は運を天に任せるだけだ。
「あら、百音」
そこに、百音にとってはさらに知った顔が、奥の店内から顔を見せた。
オーナーの菫と、もう一人は……。
「ママ!? どうしたの?」
「最近はね、菫の所にもケーキを卸しにきてるのよ」
言われて、菫は母親の後輩だった事を思い出す。
「そうなんだ……」
まるっきりの浦島太郎だ。どうやら、思った以上に取り戻すべき情報は多いらしい。
「そういえば、晶ちゃん達は一緒じゃないのね」
「晶ちゃんと冬奈ちゃんは、東京から来た子を遠久山まで送りに行ってるんです」
真紀乃が次に華が丘に来るのは、合格通知が届いてからになる。ここにいる者の大半も、夕方には故郷であるメガ・ラニカに戻り、そちらで結果を待つことになるのだ。
「で、みんな、試験はどうだった?」
「まあ、何とか……」
「あはは……」
知らんぷりを決め込むもの、苦笑いをするもの、一周回って笑うしかないもの……六人はそれぞれの様子で、自分の出来映えを示してみせる。
「そ、それより菫さん! ケーキください。あと紅茶!」
「わたし、アイス食べたい! ありますかっ?」
「僕は、両方……」
「ふふっ。はいはい、すぐ準備するわね」
ファファ達の注文を笑顔で受けておいて、菫はふと首を傾げた。
「ああ、そういえばリリ。昨日来てた柚の親戚の子も、華が丘の受験生だったんでしょ? あの子はどうだったの?」
「今日は見てないですけど……なんて名前でしたっけ? 確か、ミカンとかポンカンとかデコポンとか……」
柑橘類の名前だったのは確かだ。
「……八朔だ」
「そうそれ! ……って、いた!」
ぬぼっとした長身と、その隣にいるのはさらに背の高い巨漢。
「あ、維志堂くんだ!」
「……おう」
「……それ、どういう組み合わせなの?」
どちらも、大きいくらいしか共通点がない。それとも八朔も、京都ではケンカ三昧の毎日を送っていたのだろうか。
リリの頭には、夕日の中で殴り合う学ラン姿の二人が思い浮かぶが……今ひとつ、しっくりこない。
「うちの婆ちゃんの、お弟子さんなんだと」
それで、場にいた約半数は納得した。
茶道の家元である大神家は、華が丘ではそれなりに知られた名士なのである。
「おう。で、合格したら、茶道部の活動を手伝ってもらう事になったんだぜ」
「え、いや、ちょっと……そんなの聞いてないぞ!」
「先生に話したら、ぜひと」
良宇の言葉に、八朔は言葉を失ったまま。
「昨日の席もサッパリだったからな。ビシバシ鍛えてやるわ! がはははは!」
心底楽しそうに笑う良宇に、運ばれてきたケーキをもふもふと食べていたセイルが、ふと顔を上げた。
「お茶? ……お菓子とか、食べられるの?」
「おう。茶ぁ飲んで、菓子を食うんだぜ」
「お茶と……お菓子……」
おそらく、セイルの頭にはこの場のような風景が浮かんでいるのだろう。
「……そんな甘いもんじゃないから」
もちろん昨日ムリヤリ一席付き合わされた八朔からすれば、お茶の席といえば足が痺れて苦いお茶を飲むだけの集まりでしかない。
「……甘くない、お菓子?」
「違う」
「ちゃんと甘いぞ。安心せえ」
頭を抱えるセイルを置いておいて、良宇は百音の母に姿勢を正す。
普段はともかく、必要なときは茶道仕込みの礼法が出来る男なのだ。この良宇という男は。
「そんなわけで、部を設立したら、お菓子買いに行きますので……よろしくお願いします」
「ええ。義父さんにも伝えておくわね」
そして、新たな一行を交えたささやかな宴は、メガ・ラニカからの来訪者が帰る時間になるまで、和やかに続くのだった。
「へぇぇぇぇぇ………」
見上げ、開いた口から漏れるのは、感嘆の溜息。
「こいつぁ大したもんだ………」
傍らのレイジも、ひゅぅと小さく口笛を吹く。
「少しは、気が晴れました?」
華が丘の中央にそびえる、華が丘山の頂。
目の前にあるのは、広がる華が丘の光景……ではない。
華が丘八幡宮の社殿の一つ。そこに奉納された、破邪の大太刀である。
全長4.6メートル、刃渡り3.5メートル。もちろん奉納品であり、武器として使われた事は一度もないが……まごう事なき、日本最大の刀剣だ。
「ホントに悪かったな。あんな目に遭わせといて、こんないいモノまで見せてもらうなんて……」
「まあ、運が悪いのはいつもの事ですから……」
「華が丘に着いてすぐコレ見ときゃ、違ってたのかもなぁ……」
結局レムは、午前も午後も結果は今ひとつ。ヤマが外れたり、昼休みの事件で集中が途切れたりと、正直惨憺たる出来だったりする。
「ま、過ぎたことをクヨクヨしてもしょうがないって。なぁ?」
「言うじゃねえか……そういうお前らはどうだったんだ? えぇ?」
いきなりの振りに、レイジと悟司は顔を見合わせ……。
「まあ、普通かな……」
「あのくらいなら、どうにでもならぁ」
「うわこいつら容赦ねえっ!」
その瞬間、一同の間に笑いが弾ける。
「大丈夫ですよ。いつもおみくじで凶しか引けない僕だって何とかなったくらいですから」
ひとしきり笑った後、悟司はまだ肩を振るわせながら、そう呟いた。
「……おもくじ?」
「吉凶を占う、俺らんとこで言う占術みたいなもんだよ。確か、こういう神殿で売ってるんだよな?」
「なるほど。……なら、いっちょやってみるか!」
おみくじを扱う社務所は太刀が奉納された社殿の反対側だ。合格祈願の絵馬を横目に歩いていけば、さして大きくもない神社の事、すぐに売り場にたどり着く。
「なら、せーので引くぞ、おめぇら!」
「おうよ!」
「ああ!」
そして。
レムと悟司が引いたのは……。
でかでかと記された、凶の一文字だった。
続劇
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