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「ふゥ……」
 深い椅子にどさりと身を持たせ掛け、男は小さくため息を付いた。
 年の頃は40も半ば……だろうか。だが、褪せ気味の金髪と神経質そうな表情は
男の年齢をもう少し上……例えば、50に少し足らないくらい……に見せている。
「私は……勝てるのだろうか……奴に……」
 誰もいない部屋に、男の声が静かに響く。
 今日は忠実な部下である女性の姿はない。男の同志達を率い、東京に突如現れた
巨大怪物……あの、忌々しい魔装機神を狩りに富士の樹海へ向かっているのだ。
「いや、これさえあれば……勝てる」
 机の上に無造作に放り出されたファイルを取り、自らに言い聞かせるように、呟
く男。
 『極秘』というラベルの貼られたファイルの中にあるのは、一体の巨大な兵器の
姿だ。漆黒に近い、蒼く重厚な装甲板に覆われた、巨大な人型メカニックの姿。
「グランゾン……これさえあれば……」
 そう。その名は、『グランゾン』。
 マイクロブラックホールをエネルギー源とする、魔装機神に勝るとも劣らない力
を持った巨大兵器の名だ。
「あの男……シュウ・シラカワに……」



繋ぐもの
あるいは、極めて野暮ったいもの かつ 夢を打ち砕くもの
PsyBaster -GameStory to TV-Story-



「マサキよ……。本当に、良かったのかの?」
 夜空を見上げ、老婆は隣の青年に小さく声を掛ける。
 別に遠慮がちに……というワケではない。老婆は青年に遠慮するような立場の人
間ではなかったし、もともと遠慮するような性格でもなかったからだ。声が小さか
ったのは、既に大声を張り上げられるほどの力を持っていなかったから。
「ああ。私の役割はもう終わったからな」
 地底世界にも、夜はある。正確に言えば、『夜』と呼ばれる時間帯がある、とい
うべきなのだろうが。
「おぬしが望めば、サイバスターは再びおぬしを主と呼ぼうぞ? サイバスターを
操るのは、あの若者……ケンとか言ったか? あやつよりもおぬしの方が相応しい
と思うがのう……」
 マサキが連れてきた若者の姿を思い出し、老婆はため息を付く。
 他の三体の魔装機神が若者を主と選んだのならば、まだ話は分かる。ケンは魔装
機神の中でも最強の力を誇るサイバスターを操れるほどのプラーナを備えているよ
うには見えなかったし、何よりも主がいないからだ。
 だが、彼を選んだのは……魔装機神サイバスター。
 今、ただ一人契約者がいるにも関わらず、サイバスターの精霊はあの若者を主に
と選んだのだ。
「サイフェスには分かっていたのだろう。私に、もう彼と共に戦うほどのプラーナ
が残っていないだろう事に……」
 老婆のその言葉を聞き、サイバスターのかつての契約者であった男……マサキは、
小さく呟く。
「あの事件でおぬしがプラーナの大半を失っていた事は知っておったが……まさか、
そこまでであったのか……」
「ああ。今では、アカシックバスターどころかサイフラッシュもまともに撃てない
……。せいぜい、風を巻き起こすのが精一杯だ」
 プラーナが大量に失われたおかげで白く褪せた髪を風に委ね、マサキは老婆に返
す。
「だから、ジェイファーに私を任せた」
 ジェイファー。サイバスターとの契約を解かれたマサキを主に選んだ、炎の魔装
機神の名だ。
「ジェイファーか……。別に、グランヴェールと名乗らせても良かろうに……」
 数年前まで、炎の魔装機神はグランヴェールという名前を持っていた。ジェイフ
ァーと言う名は、魔装機神の下位に位置する一体の魔装機に与えられていた名前だ
ったのだが……。
「あの名はヤンロンの駆る魔装機神の名だ。今のあの機体には相応しい名前ではな
い」
 今は、あの時のグランヴェールも、あの時ジェイファーもいない。
 あるのは、ジェイファーの機体フレームに大破したグランヴェールやガルガード
のパーツを組み合わせた、一体の魔装機神のみ。
「ジェイファー……炎の風、熱風の精霊の名を持つ魔装機か……。まあ、確かにお
主には相応しい名かも知れぬな……」
 荒廃した地底世界……ラ・ギアスの星のない夜空を見上げ、老婆はぽつりとその
言葉を口にしていた。



 その声は、どこからともなく響いた。
「シュウ様ぁ。ほんっとぉーに何もしなくていいんですか? 何か、あのニセモノ
連中、面白そうなこと始めるカンジですよ?」
 甲高い声。
 だが、そんな声を出しそうな人間は、ここにはいない。
 崩れ掛けた廃墟に腰を下ろしているのは、紫がかった髪をした、一人の青年だけ
なのだから。まさか、この青年がこんな甲高い声を出しているとは思えない。
「いえ、あの連中は放っておいて構いませんよ、チカ」
 次に聞こえてきたのは、静かな声。
 静かではあるが、あらゆる者に凄まじいまでのプレッシャーと存在感と、そして
幾ばくかの安心感を与えるであろう、そんな声が。
 今度の声は、青年の声だ。
「そうですかぁ? たまには、ぱーっとやりましょうよ。ぱぁーっと!」
 青年の声に全く威圧感を感じていないのか、チカと呼ばれた甲高い声はつまらな
そうに反論を返す。
「そうですわ」
 と、チカの言葉に賛同する声が現れた。
 今度の声は、どうにも妖艶で、蠱惑的な女性の声。
「この焼き鳥の言葉に賛同するのは何ですけれど……もう何年も遊んでいないんで
すもの。もう、わたくしもウィーゾルも溜まっちゃって……我慢できませんわ」
 闇の中からするりと抜け出たような影が、青年の背後へと近付いていく。
 月明かりに照らされたその姿は、声と同じく……いや、それ以上に……官能的で
扇情的な格好をしていた。
「サフィーネ。あのような小物を相手にして、楽しいですか?」
 青年の声に、蠱惑的な美女……サフィーネはつまらなそうに返事を返す。
「それは面白くは無いですわ。でも、あんなルオゾールの作った粗悪なクローンが
うろちょろしてるのって、邪魔じゃありませんか? だったら、ぱーっと片付けち
ゃっても……」
「そうそう。この色情狂の言うとおりですよ、シュウ様ぁ! ぱーっと派手にやっ
ちゃいましょうよぉ」
 再び響く、甲高い声。どうやら、青年の肩に乗っている蒼い小鳥の声のようだ。
 だが、小鳥がこんなにハッキリと声を出しているのに、青年と美女の二人は全く
気にしていない。
「我々はあんな小物を相手にしている時間はないのですよ。面白くないのならば、
放っておくに限ります」
 そりゃ、シュウ様は研究に没頭してらっしゃるから忙しいでしょうよ……などと
は口にせず、サフィーネはシュウに気付かれないように口をとがらせる。
「そうそう。モニカとテリウスが戻り次第、ここを移動しますよ」
「あ、はい」
 そう言いつつ、立ち上がる青年。背中から抱きつこうとしていた美女は、青年の
動きに対応仕切れずに思わずしりもちを付いてしまう。
「私にも、この狂った平行世界の様相がだいたい予想が付いてきましたからね…
…」
 転んでしまった美女に手を差し伸べつつ、青年……シュウ・シラカワは不敵な笑
みを浮かべていた。



「サフィーネ。サイバスターは取り逃がしてしまったのですか?」
「は。RTやプレシオン隊で包囲したのですが、突然消えてしまって……」
 サフィーネ……妖艶な美女と同じ名を持つ女性……は淡々と報告を続ける。
 感情の極端な起伏がなく、短絡的な行動を取りやすいのはクローンの特徴だ。シ
ュウ……静かな青年と同じ名を持つ男……は長年の研究の結果でその事を掴んでい
た。
「まあ、いいでしょう。私のグランゾンが完成すれば、サイバスターなどいつでも
葬れますからね……。あれの完成を急がせなさい」
 マイクロブラックホールもシュウの研究の成果だ。
「は。我らの復讐のために……」
 シュウとサフィーネ、そしてグランゾン計画の関係者達は、自分達クローン人間
を自らを拘束したラ・ギアスへの復讐を誓う同志である。
 だが、彼らは知らない。
 彼らが異次元に置かれた拘束施設を脱走した時の余波で、ラ・ギアスの大半が壊
滅的被害を被っていた事に。
 そして、憎むべき魔装機神の操手達は次元の彼方に飛ばされ、ラ・ギアスでの記
憶を失ったままこの世界で平穏に暮らしている事に。
 彼が開発したと『思い込んでいる』ブラックホール機関はオリジナルのシュウの
記憶の断片でしかなく、彼のグランゾンではオリジナルに絶対に歯が立たないであ
ろう事に。

 振り上げた拳を下ろすべき先のない泥沼の戦いは、こうして始まりつつあった。

< 本編に於ける設定と後書きへ >



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