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5.宿命を斬りひらくもの

「ならば、あなた達『白』はこちらに戦いを挑む気はないのね?」
『はい。我が船の住民は、僕に侵略の意志を入力しませんでした』
 シスカの可憐な唇が、幼い少年の声を紡ぐ。問いに答えたのはもちろん彼女ではなく、彼女の士官用通信網に紛れていた謎の声である。
「あっちゃん。でもなら、どうして?」
 エミュは砲撃にさらされたし、今も客人との戦いの最中だ。どちらも望んでいない戦いをする理由は、どこにもないはずなのに。
『僕の介入出来ない艦の自衛本能が、あなた達を敵と認めていますから』
『本能の停止命令は効きませんの?』
 そう問うたのはメティシスだ。離れた遺跡にいる彼女や雅華も、ロゥに抱かれた少女を介してこの会談に耳を傾けている。
『貴女もご存じでしょう。我々への停止命令は、人間の言葉でなければ効力を発しないと』
 その言葉に、メティシスも口をつぐむしかなかった。中の住民が魔法の眠りから醒めるまで、こちらが持ちこたえられる保証は……ない。
「停止命令は人間ならええんやろ?」
「ホシノ様!」
 八方塞がりの沈黙を破ったのは、古代の戦いをくぐり抜けた中年の虎だった。
「そこのボンは分かっとるようやな」
 ちらりと視線を投げられた少年はその物言いに少し眉をひそめながら、ぽつりと呟く。
「……中で駄目なら、外から殴り込む」
「それはそうだけれど……」
 艦橋は遺跡以上に強固な装甲に覆われている。こちらの総力を傾けて、貫けるかどうか。
「あるよ。もっとつよい、ちから」
 その問いに答えたのは、幼い声だった。


 広い荒野で、巨大な娘はぽつりと呟いた。
「そうだ。クラムさん」
 肩の上には有翼族の少女が乗っている。
「戦いが終わったら、私の村に来ませんか?」
「ミユマの村?」
 温泉を掘っているとかいう村だ。もう何度、ミユマから聞かされた事か。
「はい。クラムさんなら、三食昼寝付き温泉入り放題でVIP待遇間違いなしですよ」
「へぇ……」
 悪くない、とクラムは思った。スクメギでは何かと大変だったから、しばらくゆっくりするのもいいだろう。
 待遇も良いとなれば、それに越した事もない。
「それに資料館や記念碑や銅像も建てますから! 村を挙げての歓迎をお約束しますよ!」
「……ちょっと、考えさせて」
 待遇が良すぎるのも考えものだな、と少女は思い直した。
「さて。行きますか」
 そんな彼女達の正面に、青い信号弾が華開く。
「はいな」
 それを合図に、ミユマは疾走を開始した。

 同じ時、白い重装獣機は矛を構えていた。
「すまんな、ハイリガード」
 血の臭いの籠もった操縦席は扉を開けたまま。真っ正面に巨大な箱船を見据えた位置に、ロゥは腰を下ろしている。
「これが終わったら、いくらでも我が儘聞いてやっから、さ」
 獣機からの返事はない。騎体状況の表示はどこも赤く、限界を示している。
「じゃ、とりあえず黙ってて。邪魔」
「……へえへえ」
 傷だらけの体で軽口を叩き、正面に陣を展開。強烈な魔力の渦に、コーシェイに塞いでもらった傷口が端から開くが、気にせず力を振り絞る。
『照明弾上げるぞ! 撃て!』
 グルーヴェ下士官用の通信機から響く雅華の声に、構えた矛を全力で振りかぶり……。
「貫け! ソルナール!」
「シュートぉッ!」
 魔力の渦をまとった重矛が、白み始めた夜空を真っ直ぐに切り裂いて飛翔する。

「イルシャナ様ぁ。来ます!」
 操縦席のエミュの言葉と共に。
 閃光が純白の獣機を掠め、一気に抜き去った。触れる客人を片端から打ち砕く絶対の破壊も、味方と認めるイルシャナを傷付ける事はない。
 切り拓かれた直線を追いかけるように、白い獣機は飛翔を開始する。
「やあ。スクエア・メギストス」
 その傍らに、直線に跳ぶ赤光が並んだ。
「ここまで来て、ホンモノと共闘とは、ね」
 肩で笑うは翼の少女。運命の子、賞金首と狙われた彼女も、今はただの一人の娘。
「そうね。クラム・カイン」
 白い翼を一打ちし、獣機の娘も苦笑する。運命の子と追い回した側がまさか本物の運命の子だとは、あの頃は思いもしなかった。
「エミュ。そろそろいいかしら?」
 その言葉と共に、操縦席に座っていたエミュの姿がふいと消える。
「うん」
 同時、白い翼が炎をまとい、真紅に染まった。
 総ては戦いを終わらせるため。
 一人は力で。一人は言葉で。
 かつては違えた道筋も、今は重なる同じ道。
 ひとつの言葉を伝えるため。そのための力を貸す事に、迷いなどない。
「行くよ!」
 目の前は箱船。狙うは艦橋。
 ソルナールの雷光に拓かれた道に、敵はない。
「応!」

「あの爺も、大変な役を押し付けたものよの」
 はるか眼下の大地の上で、傷だらけの老犬は苦笑いを禁じ得なかった。
「ううん」
 けれど、少女は首を振る。
「私が、リヴェーダ様にお願いした事だから」
 舌っ足らずな言葉で、複雑な詠唱を重ねていく。頭では半分も理解していない、本能と素養だけで紡がれていく異則の言葉。
 もし理解していれば唱えられなかったろう。
 古代魔法をも越える、禁呪中の禁呪。最も恐るべき、存在してはならない言葉を少女は口にしているのだから。
(あの糞爺が……)
 この中では、控える狂犬だけが言葉の意を解している。言葉そのものではなく、その忌まわしき本質だけ、ではあったが。
「ん……」
 そんな莫大な力に、コーシェイのフードは跳ね、小さな体は吹き飛びそうになる。嵐のような力を押さえ込む事に必死で、少女の意識は既に外を向いていない。
「コーシェイ!」
 その無防備な背後に巨大な気配を感じ、狂犬は鋭く剣を投げ放った。腰の関節に短剣を打ち込まれて体勢を崩した客人に、コーシェイの守護者と猛虎の鋭い爪が襲いかかる。
「まだか! 連中は!」
 その言葉と同時に、総ては完成した。

 雷が貫く。装甲で爆ぜる。
 炎が渦巻く。爆光を巻き込む。
 風が歪める。艦橋を穿つ。
 豪打が砕く。疾風を加速する。
 四の力を統べるのは、年端もいかぬ、幼い娘。
「光よ……」
 雷に炎が重なり、強き輝きを創り出す。
「闇よ……」
 歪みに連なる剛撃が、重打の限界を突破する。
「ン……っ」
 光と闇を同時に統べる反動に、体が揺れた。
「大丈夫」
「あと、一息です」
 それを支えるのは、二人の銀髪の少女。老犬達は護りに徹し、招かれざる客人を打ち払う。
「付かず、離れず……」
 時に追い、時に追われた少女達の声が連なる。
「一つに……」
 くるくると宙を舞う大槍を片手に掴み、紅に染まった獣機王も強く叫ぶ。
『還れッ!』
 図らずも、世界の総てが唱和した。
 全てを零に転ずる力の渦が、何物をも寄せ付けぬ古代の巌を打ち砕く。
「いっけえええええええええええええっ!」
 ロゥの叫びに呼応したか、炎の宿った重矛が砕かれた艦橋に一直線に飛び込んで……。


続劇
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