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3.その名は『大逆者』

 スクメギの表層に設営された指揮所でメティシスの報告を受け、雅華は首を振った。
「……また、面倒な奴が出て来たね」
 戦況を示す水晶盤は紫から変わらぬまま。
 だが、その中に蒼でも赤でもない、空白の領域があった。相打ちとなれば確かに戦況は空白となるが、画面にはっきり刻まれるほどに相討ちが起こることなどありえない。
「私、行った方がいい?」
「いや。とりあえず、全機に警戒を指示」
 コーシェイの問いを保留にしておいて、先にそれを告げる。空白地帯に向かわせる戦力には心当たりがあったからだ。
「メティシス。ロゥを呼び出せるかい?」
「ロゥ様、ですか?」
 メティシスの言葉で水晶盤が起動し、青く染まったエリアの一箇所にロゥの名が表示された。
「あと爺さんにも向かってもらう。コーシェイはロゥの抜けた所をフォロー。いいかい?」
 フードの娘は無言で頷き、老爺は「承知」と一言だけ。指揮者たる少女の表情だけが、渋い。
「何か不都合が?」
「ロゥ様は問題無いのですが……。グルーヴェ側の獣機とこちらは通信が繋がらないもので」
「回線が違うのかね?」
 連れてきた部下から聞き出した回線の番号を告げると、メティシスは表情を変えた。
「どうした? 何か問題が?」
 静かに頷く少女の表情は、どこか硬い。
「それ……『赤』の回線コードですよ」
「……連中の遺跡から掘った奴なのか。まあ、そういう事ならこっちで連絡しとくよ」
 通じない物は仕方ない。部下に指示し、グルーヴェ本陣から持ち込ませた通信機を起動させる。
 しかし、動き出そうとしていた一同を止める声がかかった。
「……雅華様。イルシャナ様もそちらに向かわせる必要が有りそうです」
「何だと?」
 真剣な表情を崩さぬまま、別の通信を受けていたメティシスは静かに連絡の内容を告げる。
「その場にいるレアル様からの通信で、エミュ様が単身、白い箱船に向かわれたと……」
「……あのバカ」
 ロゥに加えてイルシャナまで向かわせるとなると、優勢なポイントを二つも放棄する事になる。空白地帯の騒動を収めるのも大事だが、ここまで戦力を割けばこちらは不利になる一方だ。
「メティシス。こちらで優位な箇所は」
「今の所、六箇所ありますが……」
 いくつかの青く染まった箇所がその言葉でピックアップされる。雅華は少し考え、イルシャナもロゥもいない箇所を指差した。
「コーシェイはここに向かいな。白い方……南に向かって他の隊と合流しつつ、最終的には爺さん達と合流するんだ。いいかい?」
「……分かった」


 最初にぼやいたのは、誰あろうホシノだった。
「それにしても、多いなぁ」
 そう言いながらも、ホシノの手は弛まない。聖痕である虎の爪を客人の強固な装甲に叩き付け、力任せに引き裂いているのだ。比喩ではなく、本当に千切っては投げている。
「ですねぇ」
 ダレ気味にそう答えるミユマも似たようなものだが、こちらはホシノとは寸法が違う。
「めんどい。ミユマ、やってまえ!」
「はぁ?」
 客人の胴を真芯に捉えて振り抜きながら、間の抜けた返事をするミユマ。
「はぁ、て。何かあるやろ? こう、並みいる敵をバッタバッタと端から倒すような……」
 そう。男は一息間をおいて、厳かに続ける。
「必殺技や!」
「必殺技!」
 それは余りにも甘美な響きだった。
 そうだ。かつて詩人に聞いた英雄達も、何かしらの奥義を身に付けていたではないか。地を割り空を裂く、逆転の切り札たる何かを。
「やってみます! 師匠!」
 そう言うが否や、ミユマの巨大な体を赤き燐光が包み込んだ。一歩、二歩、踏み込むたびに圧倒的な加速が少女の体を押し上げて、三歩目には一切の音がミユマの周りから消え去った。
 意識だけがさらに加速する。
 絶対の静寂の中。
 客人達の動きは、あくびが出る程に遅い。
「とりあえず……」
 だが。必殺技と言われても、ミユマには思い当たる所がなかった。武器と言えば金棒一本だし、技らしい技といえば後は蹴り技くらい。
 えいと跳躍して、くるくると独楽のように回転する。その勢いで相手を蹴りつけておいて、反動で再跳躍。回転を保ったまま、次々と客人達に舞うような蹴打を叩き込んでいく。
「こんなもの、かな」
 十体ほどの客人に蹴りを入れ、たん、と着地。
 意識を緩めたその瞬間。
 停滞していた時間が、一気に解き放たれた。
 音速の蹴打を瞬時に受けた一団の頭や肩がその衝撃で片っ端から砕け散り、爆裂する。
「……え?」
 真紅の光の駆け抜けた世界の中。
 爆ぜる炎はちょうど十。
 形を残すはそのうち半分、ほんの五騎。
「チャンスや!」
 共に残った騎体を逃さぬと、その声と共にホシノの拳打とクラムの打撃が襲いかかる。
 込められた灼熱を解き砕く打撃を受け、二つの客人が砕け散り、二つの客人が耐えきった。最後の一つは二人の打撃の間合に余る。
 連なる打撃に連携は起きぬ。
 後一押しの力が足りぬ。
「あと一息!」
 叫ぶミユマの傍らを、一陣の風が駆け抜けた。
 影すら残す疾走が、光を曳いた鋼の爪が、残る一騎を正確に打ち据える。
 砕ける、世界。
 連なる力と、重なる言葉。
 破壊の波紋に異なる力が宿った事を、三人は同時に知覚する。
 そこに、居た。
 身長ほどある杖を掲げた、小さな影が。
「連なる……」
 フードが魔力の旋風にはためき、幼い声が轟く力を完璧に征服する。制圧する。
 放たれる刻を心待ちに、輝く破壊は膨脹し、収縮し、半ば砕けた客人を捉え、離さない。
「光よ!」
 そして、三つの爆光が、昇華する。
 無論、荒れ狂う魔力の輝きの中では客人は存在すら遺せない。
「……間に合って、よかった」
 夜を切り裂く輝きを背に受けて微動だにせず、幼子は相棒の背に身を預けたまま。
「大型猛虎……到来や」
「ネコさんは……ネコだよ?」
 呆然と呟くホシノに、現われたコーシェイは小さくそう呟くのだった。


「敵とは、誰の事だ?」
 正面から問われ、レアルは言葉に詰まった。
「それは……」
 そうだ。この男にとって、居るのは戦うべき相手のみ。退けるべき『何か』を敵と名付けるこちらの判断基準など、何の意味も持たない。
「この獣機は戦うべき相手だったの? 貴方は客人と戦いたかったんじゃないの?」
 だから、問いかけを変えた。
 予想通り。男の思考基準に適合する問いかけには、静かな声での答えが戻ってくる。
「客人など既に相手にならぬ。この獣機は一流の戦士と思って故の非礼だったが……あの程度の殺気も読めんとはな」
 不意打たれ、崩れ落ちたままのウシャスに動きはない。その巨体を挟んで立っていた少年の体が、ふいと姿を消した。
「……勝手だよ。貴方は」
 そう叫んだ時には既に巨漢の懐にある。獣機に乗るシェティスが割り込む隙間もない。
「戦いたいなら勝手に戦って死ねばいいさ」
 少年は今まで偽善を笑い、優しさを蔑んできた。そんなものは幻想だと思ってきた。
 護る為の戦いなど、愚かな事だと信じてきた。
 どうせいつの日か、全ては滅ぶのだから。
「でも、周りの僕らやシェティスさんまで巻き込むんじゃない!」
 だが今のレアルの力は、まさにその為にある。
 笑い、蔑んでいた者達を護るための力。
 全てを留め、押し潰す重力の枷。その針を手の内に構え、災厄の元凶へと鋭く叩き込んだ。
「……良い力を持っているが、まだまだだな」
 叫びと共に飛磊針ごと少年を蹴り飛ばし、ドラウンは大地を弾む小さな体に大剣を振り下ろす。戦士と認めた相手とあらば、子供であろうとも一片の容赦もない。
 白銀の獣機が沈黙で見守る中、大地が爆ぜ。
「……む」
 薄煙の晴れたその場には、誰もいない。
「これこれ」
 呼ばれ、見上げた視線の向こう。そこにあるのは、音もなく大地に舞い降りる、細身の影。
「前途ある若者が折角新たな道を識ったのだ。無理に散らす事もあるまいに」
 飄々とした口調で右手を解放し、小脇に抱えていたレアルをひょいと地に降ろす。
「イルシャナ殿には無事伝わっておるぞ。殿下はじき来られる故、しばし休んでおれ」
 小声でそう伝え、右手を腰の鞘へ。
 軽く固定し、左の手で刃をすいと引き抜いた。
「老いぼれか……そういえば、貴公とは決着をつけていなかったな」
 大地をえぐったままの大剣を引き上げ、表情を持たないはずの狼の仮面がニヤリと歪む。
「何を言う。ヒヨッコが」
 対する老犬は好々爺然の表情を崩さぬまま。しかしその瞳の奥には、昏い炎がちらちらと揺らめいている。
「老いぼれ相手に負けるとは思えんが……木偶よりは愉しめそうだ。往くぞ!」


続劇
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