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2.世界に挑むものたち

 それは、荘厳な光景だった。
 鋼、鋼、鋼。林立する、鋼の行進。
 獣機の本質が巨人から少女に移った今でも、戦時のそれだけは変わらない。
 一つとして同じ姿はなく。だが統一のある動きで、進軍する。足元では祖霊使い達が、獣機の間を縫うように進撃中だ。
 松明の赤と月光の青に照らし出されるそれは、いつもよりもさらに強烈な威圧を感じさせる。
「……ぐすん」
 そんな鋼の行進の中に、目立つ姿があった。
 というか、物理的に目立たざるを得ない姿があった。
「まあ、そのうち治るんじゃないの?」
 耳元を飛翔する有翼族の少女がそう慰めるが、聞こえている様子はない。
 全高10mの獣機達の中でも、少女が声を掛けた騎体は格段に特異なフォルムを持っていた。
 縦縞の服としか言いようのない装甲。
 異様に大きな、虎を模した布製の頭部。
 トドメに、とぼとぼと歩いていた。
「ほら、ミユマ。ホシノのオッサンが何かいい知恵貸してくれるかもしれないじゃん」
 うなだれる獣機の耳元をひらひらと飛びながら、少女は獣機を慰めようと必死だ。出撃の前までこんな事はなかったのに……。
「ひっく。ああ、すいません、クラムさん」
 その獣機が巨大な頭をひょいと取る。
 現われた顔は、驚いた事にビーワナのものだった。サイズだけは五倍近くあったが、それを除けば普通の女の子の顔だ。
「あと少しで、着ぐるみが完成だったもので」
 抱えた頭の額に描かれるべき紋章の刺繍が、間に合わなかったのだという。
「そっちかぁっ!」
 現われた虎族の娘のばかでかい顔に、クラムは容赦なく蹴りを叩き込んだ。
 が、漫才はそこまで。
「そのノリ、嫌いやないケドな……来るで!」
 傍にいた男の訛った叱咤が、スケールの違う少女達を現実に引き戻す。
「照明弾、光球魔術、撃て!」
 誰かの叫んだその声に、空が黄金に染まる。
 昼間の如く照らし出された空には、ゆっくりと舞い降りる無数の異形が黒く影を刻む。
「でかくて怪しい奴は敵だ! 遠慮するな!」
 客人達が、ついに動き始めたのだ。
「総員、展開!」


 赤い爆炎を、巨大な矛が薙ぎ払う。
「大丈夫か!」
 爆散した客人を重装甲で振り払い、少年は襲われていた騎体に声を放り投げる。
「おう、すまん!」
 左腕を大型の破城槌に換装されているそれは、見知った獣機だ。確か名を……。
「ウシャス……だっけか。死ぬなよ!」
 そう言いながら、上空から迫ってくる灰色の騎体を力任せに打ち落とす。
「死ぬかよ。莫迦か」
 強さそのものはそれほどでもないが、何せ客人は空を飛ぶ。飛翔能力のないイワメツキ型ではいささか分が悪い。
「こちとら、女房も子供も居る身だよ!」
 その点、ウシャスはカウンターに特化された騎体に仕上げられていた。距離を詰めてきた客人に胴回りほどもある破城槌を叩き込み、一撃で確実にとどめを刺している。
「子供? 産まれたのか?」
 先刻話した席で奥さんの話は出ていたが、子供の話は出てこなかったはず。もちろん男の歳なら子供がいてもおかしくはないが……。
「……こいつを引き取る事に、な」
 男の照れたような声に、射出した破城槌を引き戻していたウシャスの動きが滑らかさを失う。
「ロゥ。下はいいから、上頼む。グルーヴェのヘタレどもだけじゃ、イマイチ頼りねえ」
「ハイリガードまで殴んじゃねえぞ」
 がぎ、と機構を詰まらせたウシャスに笑いかけ、少年は騎体の翼を広げた。周囲の大気が一瞬密度を失い、次の瞬間、魔力を吸い上げた白い獣機は砲弾のように天空へと駆け上がる。
「そりゃ、お前の避け方次第だよ!」
 その声に破城槌の射出音が追従。ロゥとすれ違って降りてきた客人を一撃で打ち砕いた。
「子供……ねぇ」
 男の言葉に小さく笑い、少年は加速。
「……ロゥ」
 ふと、シートに押し付けられる重圧の中、戦場にそぐわぬ舌っ足らずな声が響いた。ロゥ以外には聞こえぬ声、ハイリガードの魂の声だ。
 いつもなら元気どころか凶暴ですらある幼子の声が、どこか沈んでいる。
「ん? 元気ねえな。これが最後の戦いだろ? 気合入れて行こうぜ」
「……うん。そう、だね」
 最後の戦い。
 そう。これが終われば、戦いは終わる。フェアベルケンの盾としての使命の一つが。
「これが、最後……なんだよね」
「何だよ、変な奴だな」
 珍しく歯切れの悪い少女に、ロゥは首を傾げるしかなかった。


 ぶうん、と烈風が大気を割った。
 が、と腕に伝わるのは鈍い衝撃。
 気にせず腰を廻し、左脚を踏み込む。全身で螺旋を描き、力緩めることなく振り抜いた。
 腕を貫く衝撃は初めだけだ。首を繋ぐケーブルや構造材の抵抗も、圧倒的な力に押し流されては加速と推進力の源となるしかない。
 弾丸の如き速度で、それは大気を切り裂いた。それどころか降下中だった客人に直撃し、見事な爆裂の華を咲かせるほどの威力。
「ないすばってぃーん」
 きぃぃん、という金属質な残響音が残された空間には、棒立ちになった客人の胴だけがぼんやりと立っている。
「やるやないか。とらっきぃ」
 その客人の膝を蹴り砕きながら、ホシノと呼ばれていた虎顔の中年はへらりと笑った。 「とらっきぃ、ですか」
 スクメギの武器庫から拝借してきた金棒を手首で回しながらのミユマも、まんざらではない様子だ。ホシノいわくの古の大英雄と同列に扱われれば、まあ、悪い気はしない。
 両手で金棒を持ち直し、横に振り抜くためにと教えられた独特のフォームを取る。お尻をプリプリ振る奇妙な予備動作だけは、恥ずかしいからしなかった。
「って、そんな事どうでもいいからっ!」
 そこに元気の良い声と共に次の客人が飛んでくる。どうやら自分の力ではなく、外部からの力に無理矢理飛ばされたらしい。
「葬らん!」
 が、という鈍い音がカウンターで響き渡り、ミユマのスイングに吹き飛ばされた客人の頭がスクメギの空に優雅なアーチを描く。
「……いや、ミユマ。それはバッターの台詞やないで」
 ホシノの苦笑に、どーん、とどこかで間の抜けた爆発音がした。


「一進一退……ですか」
 戦況の映し出された水晶盤を眺め遣り、スクメギからやって来た兵士はそう呟いた。
 獣機と客人の交戦状況を示すこの機材はスクメギから借りてきたものだ。今は兵士の言うとおり、フェアベルケンを示す蒼と客人を示す赤の駒が入り乱れ、紫の様相を呈している。
「いや、こっちが不利だよ。どう見ても」
 だが、雅華は男の言葉をため息で断ち切った。
 スクメギは今戦場にいる兵力で全てで、応援はない。反面、箱船側の戦力は底が知れなかった。相手の総数が分からない不安は、実際の戦力差以上に兵士の負担となっているはず。
 今この状況にわずか十騎の客人が加わっただけでも、スクメギ側が総崩れしてしまう可能性は……否定出来ないのだ。
「私が前線に出るわけにもいかないし……」
 雅華の傷は戦えるほどには癒えていない。それ以前に、獣機も祖霊使いの力も使えない彼女では、対客人戦の戦力にはならないだろう。
「せめて、アイツが居てくれればねぇ……」
 紫から変化のない盤を見やり、呟く。
 居ない者を悔いても仕方ないが、思わずそんな愚痴も漏れる。だが、グルーヴェの指揮を執れるだけの人材は今、雅華しかいない。
「で、私にスクメギに移れと?」
「はい。イルシャナ様は前線ですし、狂犬殿も不在ですので、出来れば……」
 スクメギには後方指揮の出来る人材が欠けていた。今の指揮はメティシスが執っているが、彼女一人ではいかにも心許ない。
「そうだね。そっちの方が……」
 そう言いながら雅華はふと空を見上げ
「なんだいありゃ」
 飛んでくる『それ』を発見した。
 今の大きさは卵ほどだろう。どんどんと近付いてくるそれは、徐々に大きさを増し……
「そ、総員退避ぃっ!」
 叫んだ時にはもう遅い。
 砲弾よりもはるかに大きなそれは、雅華達グルーヴェ仮設陣の真ん前で炸裂した。


 獣機の間をかいくぐり、客人の肩を越え、夜の闇を背にまとう。己の力で追撃を食い止め、さらに前進。聖痕も祖霊の力もない徒歩の速度は知れていたが、歩みを緩めるつもりはない。
 そんな戦場を駆ける少年が足を止めたのは、一騎の獣機の前だった。
「どうした、嬢ちゃん!」
 前に狂犬の傭兵部隊で聞いた声だ。それを詩人の本能で識別し、声を返す。
「イルシャナ様を探してる! 知らない?」
 いまだレアルを少女と思っている事に笑う余裕もない。左腕を破城槌に換装された重装獣機に、必死に声を投げ上げる。
「何の用だ? ウシャスが繋いでくれるとよ」
 その言葉に、昇っていた血が一息に下がった。
「……スクメギに戻れば良かったのか」
 もしくは近くの獣機に頼めば一発だったのだ。それだけ焦っていたという事実に、我ながら苦笑を禁じ得ない。
「エミュが一人で箱船に飛んでいった。そう伝えれば、分か……」
 だが、その言葉を伝えきる事は出来なかった。
 目の前で、ウシャスと呼ばれた重装獣機がゆっくりと崩れ落ちたからだ。
 ずぅん。
 膝を着き、危ういバランスを保っていた上半身もその衝撃に続けて倒れ込む。慌てて避けたレアルの脇に巨大な破城槌が打ち込まれ、三度目の震撃を大地に叩き付ける。
 客人なら気付かぬはずがない。レアルはウシャスの後方を見ていたし、獣機には客人を感じる探知機が付いている。
 ならば、ウシャスを倒したのは客人ではない。
「……まさか」
 闇の中に立つのは白銀の軽装獣機。
「貴方達は……」
 照明魔法の輝きに、その前に立つ小さな姿が照らし出される。
「貴方達は……何て事を!」
 巨大な太刀を片手に提げた、戦場の鬼。
 否。
 全てを滅ぼす、殲滅の鬼。
「敵の顔すら忘れたか、貴様は!」
 幽かな希望を叩き潰した狼の仮面を憎々しげに睨み付け、レアルは忌まわしきその名を呼び捨てた。
「狼面……ドラウン!」


「潰れてない照明弾だけ持っていきな。他の物はどうせ向こうにもあるんだろ」
 ようやく松明の灯った仮設陣に、雅華の声が響き渡る。
 戦場で流れ弾が飛んでくる事はないわけではないが、それが仮設陣を直撃したのは雅華にとっても初めての事だった。
「悪いが」
 もっともその直撃で彼女達が無事に済んでいるのは……
「ついでにこの荷物を運んで貰えるよう、そのネコに言ってくれんかね」
「うん。遺跡の所で、いいんだよね」
 そう答えるフードの娘と彼女の後に控えている獣機、そして犬族の老爺のお陰であるが。
「ああ。頼むよ」
 雅華は前線の指揮所を一撃で壊滅させた物体を見やり、苦笑気味に呟く。
「それにしても……」
 そこにあるのは……。
「どこのバカだい。こんな物飛ばしたのは!」
 はるか彼方より飛来した、客人の頭だった。


続劇
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