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6.アクセル・ブレイカー

 レアルは無理だ、と思った。
「逃げろ。獣機すら勝てないのだから」
 心はそう判断する。圧倒的な暴力を前にして、弱い者は逃げる以外の選択肢を持たない。
 だが、足は不思議と前に出た。
 護るべく。退くどころか、足はさらに前へと。
「逃げないの?」
 目の前には拳が迫っていた。グルーヴェの獣機を一瞬のうちに退けた圧倒的な力は、小さなビーワナなど意にも介さず打ち砕くだろう。
「逃げないと、死ぬよ?」
 不思議と、拳の動きは緩慢だった。
 集中を越えた集中。限界を超えたさらに先。ドラウン達の立つ領域に至った事にふと気付く。
「行こう……」
 気を集め、自らの力を成す。その力を研ぎ澄ませ、さらに大きな力へと。
 針を剣へ。剣を槍へ。槍を……。
 まだ足りない。もっと強く。もっと鋭く。
(本当に、それで勝てると思ってるの?)
 ふと、頭の中で誰かが呟いた。
 そのたった一つの言葉に、巨大な破城槌と化していた気が散じ、毛針となって地に落ちる。まるでレアルの心の強さを体現したかのように。
「……そうか」
 無限の思考の末、一つの形が見えた。
 ゆっくりと近付く拳を前に、散じていた気を練り、新たな形と成していく。
(本当に、それで勝てると思ってるの?)
 再びその声が響いた。
「まさか」
 だが、少年は再びの問いを笑い飛ばす。新たな形は、問いを受けても揺るぎもしない。
「これに負ければ、僕が死ぬだけさ」
 そう。これは、ただの賭けなのだから。
 時が再び戻り、音速で迫る拳に小さなビーワナは自らの新たなる力を叩き付けた。


 灰色の斬撃を必死に避けながら、ロゥは意味もなく怒鳴り散らした。
「何だここ! メチャクチャ動き辛いぞ!」
 対する客人の動きも鈍い。しかし、それ以上にハイリガードの動きは鈍かった。
「結界って、何でこんな物騒なモノが!」
 周囲を解析し、ハイリガードも悲鳴。踏み込んだ領域が獣機の力を削ぎ、やがて獣機を無力化する彼女の天敵という事に気が付いたのだ。
「ちっ。何とかならんのか!」
「侵食を防ぐので精一杯だってば!」
 その時、とん、という軽い振動が走り、
「……結界だがな、どうにもならんらしい」
 渋い男の声が聞こえてきた。
「親父……!? 何でこんな所に」
「呪いの一種だそうだ。結界を破るか姿を変えるかしないと、本当に動けなくなるぞ」
 驚くロゥの問いに答える様子はなく、狂犬は言葉を続ける。
「というわけで、ここじゃお前らが居ても邪魔なだけだ。他の所に回ってくれ」
「ンだと……。俺達だってな!」
 勇んで騎体を動かすが、ロゥの思う半分ほどもハイリガードは動かなかった。
「ロゥ。その人の言うとおりだよ。この結界がある限り、あたし達はここじゃ役に立たない」
 結界を破れない以上、いずれ動く事すら出来なくなってしまう。客人には結界の効きが悪いようだから、負けるのは時間の問題だ。
「……クソっ」
 客人の剣を止め、柄で滑らせて何とか流す。
「ロゥっ!」
 限界だ。ロゥより、ハイリガードが持たない。
 悲鳴に紅い輝きが重なり……。


「……あれ?」
 イルシャナは、首を傾げた。
「……あら?」
 エミュも、首を傾げた。
「おかしいなぁ……」
 紅の炎が鎮まった時そこにいたのは、エミュを肩に載せたスクエア・メギストス。
 正直、予定外だった。
「もう一回やる?」
 頷くイルシャナに、エミュは再び力を解放。
 だが、何度やっても上手く行かない。
「……いいわ。エミュは私に乗って、管制を手伝って頂戴」
 そう言うとイルシャナは胸のハッチを開き、うなだれた少女を体の中へと迎え入れる。
「ごめんなさい、イルシャナ様」
「エミュが来てくれただけで、十分心強いわ」
 少なくとも嘘ではない。それを証拠に、今までの疲れは魔法のように消えていた。
「それじゃ、行くわよ!」
 白いままの翼を一打ちし、強き想いと共に獣機王は戦いの場へと舞い戻る。


 吹き飛ばされたのは、再び客人だった。
「なっ!」
 ロゥが驚く中、赤い光は宙を舞う客人へ疾走。苦もなく追い付き、さらなる追撃を叩き込む。
「嘘……結界が効いてないの!?」
 膝を付いたハイリガードも驚きを隠せない。
 赤い光は獣機ほどの大きさがある。その巨体が大地に沈みかけた客人を蹴り上げ、消えた。
「……跳ぶか。この高さを」
 消えたのではない。光は蹴打の勢いを失った客人の上に瞬時に跳躍して一回転、落下速度に円運動を加えたカカトを打ち込んだのだ。
 何たる速度。何たる瞬発力。獣機結界を意に介さず、重力すら振り切った速度と動き。赤い光の攻めに次ぐ攻めは、結界に縛された客人の反撃を許さない。
「こいつ……いける! アクア!」
「え、あ、うん!」
 その動きに正体を悟ったか、二人の魔術師は呪文の詠唱を開始する。
「飛び散る汗に氷壁の強さを!」
 アクアが得意とする魔法は水の支配。
「汝に無尽の瞬発と体力を与えよ!」
 キッドが得意とする魔法は生体制御。
 赤い輝きは無尽の体力を得てさらに迅く、氷壁の強さを得て拳の威力を加速させる。
 舞う乱打に、ついに客人の装甲が砕け散った。
「って、何だよありゃ!」
 赤い光のその向こう。輝きの正体をついに見届け、ロゥは思わず声を荒げた。
「無理が通れば……」
 反撃に伸ばされた腕に鋭い回し蹴りを叩き込み、火花散る腕を一撃粉砕。浮いた体をくるりと反転させ、足が地に触れたと同時に放たれるのは、直線に打ち抜く真っ直ぐな蹴り。
「道理が引っ込む!」
 引っ込みすぎだろ。
 赤い光……ミユマの猛烈な蹴打を見届けた一同は、心の中でそう突っ込むのだった。


 限界を越えた集中の果て。レアルが全てを賭けて選んだのは、迫り来る拳を止める力だった。
「飛磊針……重力!」
 彼が始めに望んだ、相手を倒す力ではない。
 むしろ、彼が望まなかった質を持つ力。
(……)
 針を媒介に生み出された重力の枷は、客人の動きを束縛し……だが、それだけだ。過重力の渦も、神々の鎧を破壊するには至らない。
 一人では役に立たぬ、ただの時間稼ぎ。
(失敗だったかな……やっぱり)
 拳はすぐ目の前だ。飛磊針で鈍ってはいるが、直撃すればレアルの命はないだろう。
 それならそれでいい、と思った。彼が死ねば、彼の信じていた今までの世界は正しかった、という事になるのだから。
 だが。
「よく止めたっ!」
 鋭い叫びと共に叩き付けられた疾風の衝撃が、重力に縛された豪腕を横殴りに吹き飛ばした!
「……クラム・カイン!」
 変化はそこで止まらない。
 疾風の一撃にレアルの重力塊が一瞬揺らぎ、ガラスの割れるような破砕音と共に砕け散る。
「レアちん、大丈夫っ!?」
 続くは上空からの小さな影。
 砕け散った重力波の中に飛び込んだエミュが真紅の炎に包まれた剣を振りかざし、灰色の巨人を一刀のもとに切り伏せる。
「輝け……っ!」
 渦巻く炎は分解した力の余波一つ一つを巻き込み、やがて力の爆裂を巻き起こす。
「コーシェイ。キッドに学んだのであろ?」
「……うん」
 いつの間にか老爺の隣に来ていたコーシェイが、慣れないスペルを唱えながら片手を前に。
 重なる老爺の声に、力の爆裂が一瞬収束。
 その隙を突いてエミュが飛び去り、そして。
「「光よ!!」」
 二つの叫びで解き放たれた白銀の輝きの中、獣機すら寄せ付けぬ圧倒的な敵が光の粒と化していく……。
「連携……。これが立ち向かう力、か」
 客人すら一撃で打ち倒す連係攻撃。一人では絶対に成すことが出来ない、束ねられた力。
(僕の選択は正しかったのか……)
 鮮烈な輝きを目の当たりにし、レアルは自らの中で何かが崩れる音を耳にするのだった。


続劇
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