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4.崩壊の序曲

 スクメギ遺跡は5つの領域に分かれている。
 巨大な城跡である地上部、古代の遺産である地下1層とその下の第2層。そして英知の結晶たる中枢層と、それを守るようにある第3層。
 その第1層部分で、リヴェーダ達は足止めされていた。
「グルーヴェ軍が?」
 慌てて追いかけてきた部下の報告に、である。
「はい。獣機隊は出撃しましたが……」
 敵の獣機数はスクメギ侵攻軍のほぼ全兵力。今までの小競り合いとは違う、本気の攻勢だ。
(決戦を挑むか。この大事な時に……)
 そんな中、イルシャナが口を開いた。
「『狂犬』殿。我が軍の指揮をお願いします」
 今までグルーヴェの侵略を防げたのが奇跡的なほどに人材不足なスクメギだったが、それもこの『狂犬』なら補う事が出来る。
「いや、卿には遺跡内の守護をお願いしたい」
 が、第2位のリヴェーダが、そう切り出した。
「リヴェーダっ!」
 この時ばかりは伝令や警護の兵達も声を荒げたイルシャナの味方に回った。
 それはそうだろう。この狂った老爺は街の防御を捨て、遺跡を守れと言っているのだ。
「スクメギの主として要請します。『狂犬』殿には、スクメギ市街の守護を。皆も異論はありませんね?」
 あちこちから「おう」という声があがった。彼らも街には家族や恋人がいるのだ。こんな遺跡一つと比べるまでもない。
「……閣下は、この遺跡の重要性を全く理解しておられない」
 ぽつり漏らした蛇の一言に、叫びが重なった。
「分かるものですか! 何一つ教えてくれないものを、貴方は分かれというの!?」
 いつもそうだ。自分の知らない所で、知らないようにやっている。教えろと問えば、適当にはぐらかす。
 教えてくれれば、共に考えるものを……。
「学ぶべき物ではないのです。こればかりは」
 ぎり、と無い歯を噛む、老爺。
 伝えて済む物ならば既に伝えている。だが、老爺に残された短い生涯をかけても伝えきれない想いは、思い出してもらうしかないのだ。
 『彼女達』に。
「……承知した。此方で上手いようにやろう」
 一同が息を飲む中、犬族の男はそう答える。


 そのやや上の階。
「……こっちです」
 そう言ってメティシスが指差すと、壁が音もなくすっと割れた。剃刀の刃すら通さないほど緻密に組まれた、スクメギの黒い石壁が。
「行き止まりだけど、いいの?」
 中は四角い小部屋になっていた。扉は入口の一つしかない行き止まりだ。
「リフトを……ご存じ、ありませんの?」
「りふと?」
 狭い部屋の中に全員が入ると壁がすいと閉まり、床ががたんと揺れた。
 誰かがひゃあと情けない悲鳴を上げた次の瞬間には、既に壁は開いている。
「……あれ?」
 さっきの通路ではない。どうやら、部屋ごとどこかに移動する仕掛けになっているらしい。
「世界門へ直通のリフトは遠回りですけれど、これでも少しは距離を短縮出来るはずですわ」
「便利だねぇ。りふと」
 メティシスの案内でリフトを乗り継いだ先は、クラム達にも見覚えがあった。前に来た時最後に通った巨大な門に通じる、大回廊だ。
「まだ誰も通ってないみたいですねぇ」
 うーんと背伸びをした所で、ふと気付く。
「エミュさん、大丈夫です?」
 エミュが、僅かに顔を伏せているのを。光の加減かもしれないが、顔色も悪いようだ。
「うん。ちょっと気持ち悪いけど、平気」
「そうですか……」
 まあ、前にあんなモノ見ちゃったらなぁ……と心の中で思い、思い出しそうになった光景をミユマは慌てて振り払う。
 協力者となってくれた詩人の話では、あの光景は既に浄化されているというが……。
「さて。あと一息だし、さっさと行っちゃおう。真っ直ぐでいいんだよね? メティシス」
「はい。ここからは近道もありませんから」
 頷くメティシスに応じ、一同は再び歩き出す。


 風吹きすさぶスクメギの荒野。
「副長。敵陣に変化が」
 隣に立つ赤い獣機からの報告に、銀色の獣機は僅かに身じろぎ。
「……ふむ」
 視線を遠くにすれば、古代遺跡の前に布陣する巨人の群れの動きが見て取れた。
 市街地に布陣した獣機も遺跡前に移動し始めている。市街の防御を捨て、そのぶん遺跡の布陣を厚くする作戦らしい。
「誉められていると見るべきかな、これは」
 呟いたシェティスに、苦笑が重なる。
「完璧に見破られてますよ。副長」
「ああ」
 敵は街を見捨てたのではない。
 こちらが街を攻めないと、見抜いているのだ。
「で、挑発に乗るんスか?」
 この布陣での正面突破は熾烈を極めるだろう。ガラガラの街を落とし、交換条件に遺跡を要求した方がはるかに楽なはずだ。
 人材不足はスクメギの方が深刻なようだから、街には伏兵すらもいないだろう。
「悪いな。バカな指揮官で」
 だが、少女は、あえて愚かな道を選んだ。
「ま、慣れてますからね……俺らも」
 そして部下達も、その愚かな決断に乗った。


 『狂犬』と分かれ、イルシャナ達はようやく第3層の上部に辿り着こうとしていた。
「あ、ネコさん」
 と、今まで大人しくしていた猫がコーシェイの腕をひょいと飛び降り、たっと駆け出す。
「猫など捨て置きなさい。先を急ぎますぞ」
 その様子を見て、リヴェーダは声を荒げた。
 今頃はスクメギの守備軍とグルーヴェの獣機隊がぶつかっているはずだ。一刻を争う今、猫などに構っている暇はない。
「ねぇ。ネコさん、近道教えてくれるって」
「猫が? そんな馬鹿な」
 一笑に付し、蛇族の老爺は手元の地図を確認。間違いなく、その先は行き止まりになっている。
「貴公は猫と会話が出来るとでも?」
 動物との会話は高等魔術だ。フェ・インの高位魔術師でもない子供が、そんな高度な術を会得していようはずがない。
「リヴェーダは先に行きなさい。私は、コーシェイを信じましょう」
 だが、イルシャナはムッとした様子で口を開いた。リヴェーダが正しいのは分かっているが、心理的に……まあ、逆らいたかっただけだ。
「……やれやれ。レアル、後は任せますぞ」
「はい」
 もし彼が、エミュとクラムが脱走し、メティシスと合流してスクメギに向かったと聞いていれば、こんな風変わりな選択はしなかったろう。コーシェイはおろかイルシャナすら意に介さず、全てを優先して奥へ向かったはずだ。
 だが、幸か不幸か、彼はその報告を聞いていなかった。
「コーシェイ。ここが、近道?」
 行き止まりの部屋に二人がいるのを見つけ、老爺が足を止めたその時。
「あ」
 軽い音がして壁が閉じ、地面が揺れる。
 再び壁が開いた時目の前にあったのは、世界門に通じる大回廊……第3層の一番下だ。
「これは……」
 再びコーシェイの腕の中で丸まっている猫を見つめ、イルシャナは呆然と呟く。
「あなた……本当に近道を知っていたの?」
 猫は彼女の問いに答えるかのように、にゃーんと一声鳴いた。


 巨大な槍が、宙を薙いだ。
「ち……っ!」
 鋭い踏み込みに繋がる、怒濤のような突き。
 全高10mを越える銀色の巨大甲冑が取り回す槍は、人の胴回りほどの太さがある。そんなものの高速打撃を受けて無事で済む者など、この世に存在しない。
「……ふむ」
 だが、そいつの相手は『ヒト』だった。
 東方風のマントに笠をかぶった、ただの人。
 先陣で侵入した遺跡の中で彼女達を待ち受けていた、スクメギの兵士。
 誰に操作を習ったのか巨大な隔壁を下ろし、ひとり立っていた。
「かぁ……ッ!」
 突きで流れた騎体をパワーと人にあらざる重心制御で巧みに切り返し、大きな動きでしかし鋭く薙ぎ払う。獣機や魔獣はおろか城塞すらも一撃で粉砕する、大出力の一撃だ。
 銀翼のシスカの迅速と併せた、必殺の一撃。槍の端が触れた黒壁が砕け、塵と消える。
「……」
 しかし、それすらも無力。
 何しろ当たらないのだ。『当たらなければ、どうということはない』とは誰が言ったものか、まさにその言葉を証明する状況といえた。
「貴公! 前にシスカの腕を砕いた者か!」
 通じぬ槍を捨てて腰の細剣を抜き、シェティスは凛とした声で問うた。
 対獣機戦には不向きな武器だが対人戦は取り回しの速さが命。事実、絶速と化した斬撃は男の笠を弾き、犬族の面を露わにしたではないか。
「……ヌシとは初めて相まみえるが。人違いではないのか?」
 が、それだけだった。編み笠が飛んだのはかすったからではなく、剣風に邪魔になると踏んだ男が自ら紐をほどいただけだったのだ。
 ガギンと鈍い音がし、シスカの膝が一瞬崩れる。獣機の中では柔らかな関節に、黒壁の破片が差し込まれたらしい。
 猛攻の合間にすら、そんな余裕のある相手。
「バガな! アンタほどの祖霊使いが、スクメギにはまだいると言うかッ!」
 迅速も絶速も通じぬ。まさに、神の如き速さ。
 祖霊使いはビーワナの中でも非凡な力を見せるが、彼はそのレベルをはるかに越えている。シスカの腕を砕いた戦士といい、こんな連中がスクメギにゴロゴロいるとしたら……。
「たった二人に、オラ達が負けるんか……」
 隊で一番強い獣機は、隊唯一の上級機『1式』であるシスカ。後は二線級の『4式』ばかりだ。
 彼女の目の前には一面の黒い壁。今の彼女にとってはまさに絶望と同じ色の……
「……だーれが唯一の上級機だって?」
 その時、挑戦的な声が、響いた。
「……な……に?」
 天が揺れ、地が揺れ、
 漆黒の石で覆われていた世界が砕け散った。
「一組忘れてんじゃねえの? 隊長さんよ!」
 舞い降りる轟音!
 現れるは、巨大な刀刃を備えた重き矛。
「……遅いぞ! 馬鹿者が!」
 少女の声に張りが戻る。
「悪ィな。相棒が随分とオシャレさんでよ。化粧に手間取りがやって……な」
「女というのはそんなものだ」
 ふ、と笑みすら浮かべ、銀髪の娘。
「ならここは俺達に任せてもらおうか。隊長さんは雅華と一緒に先に行きな」
 ロゥの言葉に併せて構えた重矛の先がくいと動き、砕けた壁の穴を指す。
 彼が動かしているのではあるまい。
 恐らくは、ハイリガードの意志によって。
「なら任せよう。生き残れよ?」
 構えた矛の先からひょいと飛び移った雅華を操縦席に迎え入れ、シェティスは翼を広げた。
「当然!」
 雅華の任務もある。そもそも、ロゥに死ぬという選択肢ははなから無い。
 何故か犬族はシェティスを止める気配も見せず、彼女の飛翔を見逃した。その先にある縦坑を飛び降りれば、最下層まですぐだというのに。
 残るは、鋼の重装獣機と和装の男のみ……。
「さあ、始めようか。『狂犬』」
 重矛を構え、ロゥ・スピアードは叫んだ。
「いや、ロッドガッツよぅ!」
 誰も知らぬはずの、『狂犬』の真の名を。



続劇
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