村が燃えていた。 炎に包まれた民家の向こうにそびえるのは、見上げるばかりの赤い影。穏やかだった村に唐突な破壊をもたらした、鋼鉄の巨人。 立ち向かうように見上げるのは、まだ幼い子供。深いフードに隠れ、表情は見て取れない。 「どうして……そんな事をするの?」 炎の中、子供はそう、問いかけた。 巨人からの返答はない。言葉の代わりに、鋼に覆われた腕がゆっくりと伸ばされる。 進路の先にあったというだけで村を襲い、暴虐と略奪の限りを尽くした侵略者の腕だ。子供一人の命を奪う事にどれだけの呵責があろうか。 だが。 その腕が、落ちた。 −君は……死にたいのかい!?− 斬り飛ばされた巨大な腕が燃える民家に落ちる轟音と火花の中、凛とした問いが放たれる。 少女への問いだ。略奪者からではないし、当然少女が放ったものでもない。 「死にたくはないよ」 質問者の分からぬ問いに子供は答えた。 「でも、みんなが困ってたから」 ただ問われたが、故に。 −君は僕の言葉が聞こえるのか……− 驚いたな、と呟き、姿無き声は問いを重ねる。 目の前の獣機『一式擬龍』を打ち払い、君を護る盾となる代わり、自分に力を貸して欲しいと。世界に滅びを呼ぶ『敵』を倒す為に。 「世界がなくなったら……みんな、困るよね」 軽く頷き、子供は姿無き声の言葉を快諾。 −なら、下を見て。そして僕に名を……− 炎の中から獣機の迫る、熱を持った風にフードが舞い、あどけない少女の顔が露わになった。 その少女の視線の下にあるのは……。 「……ネコさん?」 契約は、成立した。 Excite NaTS #3 打ち砕かれた運命 1.滅びの鍵が開くもの 「……なんですの?」 少女は呆気にとられたまま、娘の発言にとりあえずそう答えてみた。 「だーかーらー。メティシスさん。わたし、あなたの命を狙ってるんですよ」 メティシスと呼ばれた鉄色の髪の少女は、そう答えた虎族の娘に無言でそっと手を伸ばす。金髪をかき分けて額に触れ、念のために額同士もくっつけて一考。 「熱はないようですわね。ミユマ様」 精密検査が必要かしら、と意味不明なぼやきをするメティシスに、ミユマは再び手を振った。 「リヴェーダっていう蛇族のお爺さんが、あなたの事狙ってるんですよ。あなたが『滅びの鍵』だから、40万スーで殺してくれって」 「蛇の一族が何故、わたくしの命を……?」 整った眉をひそめる鉄色の娘。『滅びの鍵』という物騒な異名にも心当たりがないらしく、しきりに首を傾げている。 「まあ、知らないならいいです。メティシスさんいい人っぽいから、当面は保留ってことで」 「……保留、ですの?」 恐ろしく曖昧な判断に、別の意味で眉をひそめるメティシス。 「うん。親の教えが三つあってねー」 ひとつ、隠し事はいけないことです。 ひとつ、困っている人は助けてあげなさい。 ひとつ、人を騙すのは一番いけないことです。 ご丁寧に指を三本立て、ミユマは立派な胸を張って目の前の少女にそう諭した。その理論から行けば、隠し事もなく、騙してもおらず、その上困っている少女は助ける価値十分というわけ……なのだろう。 「というわけで、もしメティシスさんが悪い人だった時は、大人しくお縄について下さいね」 その前提の上で堂々と公言。 傍らで聞いていた虎族の巨漢がそれでいいのかお前、という表情を浮かべたが、虎族の娘は颯爽と無視。 「解りましたわ。でも……」 ある意味、ミユマの判断は正しいのだろう。失われたままの記憶が戻った時、自分がどう変わるか分からないのは……メティシス本人が一番よく理解している。 「わたくしが本当に悪人だったとしたら、そんな貴女に隙なんか見せませんことよ?」 ……。 …………。 「……こいつぁうっかりです」 だめだこりゃ。 誰かが呟いたが、答える者は誰もいなかった。 「リヴェーダ様」 荒々しく閉められたドアをぼんやりと眺めていたリヴェーダは、開いていた魔術書を閉じようとして掛けられた声にふと我に返った。 「何ぞ。レアル」 傍には少年とも少女ともつかぬ山嵐族のビーワナが一人。ここでは少女、で通っているが。 「リヴェーダ様は、どうしてイルシャナ様にああ辛く当たられるのです?」 先程までの来客もイルシャナだったのだ。囚われているエミュを釈放しろと、日に4度5度とやってくる。 年の功の差か、毎回論戦負けしてはドアに八つ当たりする羽目になるのだが……。正直、こんな無益な論戦を繰り返すよりもエミュ一人釈放する方がはるかに『安い』とレアルは思う。 「汝は世界が滅ぶ事と己が一人に嫌われる事、どちらを選ぶかね?」 だが、少女の問いに返答はない。毎度繰り返された問いが返って来るのみだ。 「それは『滅びの鍵』に関しても、ですか?」 ミユマに40万もの懸賞金を与えて極秘裏に処分しようとする『滅びの鍵』。それも、その半額で冒険者ギルドに依頼した方がはるかに確実に決着をつけられるのではないか。 「七種族の神話の末は知っておろうな、詩人」 唐突な問いに、レアルは無言で頷いた。 スクメギ最深部の封印を解く為に紐解いた魔術書の端書きから、その辺の子供に至るまで。この世界に住む者なら誰でも聞き、知っているであろう、世界の始まりの神話。 その神の物語の終焉は……。 「蛇の一族が裏切り、戦を起こした」 当時第2位の地位にあった蛇族の裏切り。 その戦いで一つの種族が亡び、偉大な英知の多くが失われたという。元凶となった爬虫類族は、この神話ゆえに今の時代でも良印象を得られる事が少ないのだ。 「大筋はそうよの」 この蛇の老爺も神話と世界を恨んだ事はあるのだろうか……とふと思い、レアルはズレかけた思考を引き戻す。 「して、その戦の引き金を引いたのが、『滅びの鍵』メティシス・ノイタルフィーオその物よ」 イルシャナは苛々と歩いていた。 「シーラ様も何故あんな蛇を部下に……」 今思えば、官僚の中に優秀な人材はいくらでもいたはずだ。アリス姫の私設ガードやエミュのように、在野の冒険者を登用する手もあった。 リヴェーダはシーラの部下であるため、イルシャナの一存で解雇する訳にもいかないのだ。 「ふぅ……」 街の中に入ってからは擱座した獣機が目に留まるようになり、苛立ちはさらに募る。 今までは話し相手になってくれるエミュが、常に傍にいてくれた。だが、今は彼女は牢の中。最近は何故か警備も厳重になり、近寄る事も許して貰えないのだ。 「きっと力になってくれる……か」 初めてエミュが来た時に持っていた、シーラからの手紙の内容を思い出す。 (エミュに頼りっきりだったのね……私) −なら、助けなきゃ……− 「え?」 ふと聞こえた声に、首を傾げた。 周囲を見回しても人の姿は見えなかったが、目標を転じれば、そこには一匹の猫がいた。 「まさか、ね」 ビーワナでもない猫は喋らない。きっと、自分の想いが自然と口に出たのだろう。 けれど、猫はイルシャナが見つけると同時にガレキをひょいと飛び降り、半壊した建物の向こうに姿を消してしまった。 まるでイルシャナの言葉が分かるかのように。 「え、あ、ちょっと」 気になり、慌てて走り出す。 果たしてそこに、彼女達はいた。 |