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3.再奏 連なる、旋律

「イルシャナさま、アリシア姫様とも仲がいいんだねぇ」
 話を聞き終わり、エミュはころころと笑った。シーラ姫とは当然会ったことがあるが、他の二人の姫君には会ったことがない。
 姫君だからというよりイルシャナの従姉妹として、一度会ってみたいなと、素直に思う。
「エミュは、アリスには紹介したくないかも……」
 イルシャナは微妙な表情を浮かべ、ぼんやりとハイニからの手紙を思い出した。
 フェ・インでの生活のこと、王都のこと。イルシャナがいなくなった後、良い剣の相手に恵まれたことや、近衛への配属直前になって、アリスのプリンセスガードへの異動があったことも書いてあった。本人はチハヤヤの手配だと言っていたが……。
 今頃になって、チハヤヤがハイニを近衛へ無理に推薦した気持ちが分かる自分に……苦笑を禁じ得ない。
「……イルシャナ様」
 ふと脇を見れば、詩人の少女が複雑な表情でこちらに視線を寄越している。
 その職業柄、世の中の裏も色々と見てきたのだろう。話の裏にある想いや出来事まで、この少女には見えているに違いない。
「……もう。いいじゃないの」
 イルシャナにエミュはきょとんとした表情のまま。レアルは知らんぷりで視線を逸らす。思わず突っ込み掛けたところまで話してしまったが、内心は半泣きなのである。
「そういえばレアル。さっきの唄は何?」
 仕方がないので、無理矢理に話題を替えた。
「さっきの?」
 公邸付きの詩人は主人の問いに首を傾げる。穏やかな曲を適当に流していただけだから、どの曲かすぐには出てこない。イルシャナ自らが紡いだ、メゾ・ソプラノの少し不安定な歌い出しを聞き、ようやく一つの曲が頭に浮かぶ。
「あァ、これですか?」
 竪琴で伴奏を入れ、イルシャナの続きをボーイ・ソプラノで繋ぐ。
「そうそう」
 穏やかな、たゆたうような旋律。荒ぶる事も悲しむ事もなく、ただ穏やかに流れるだけの、耳元をすっとすり抜けるだけのメロディ。
「ちょっと前に、知り合いに教わったんですよ」
 さる貴族の家に詩人の顔をして忍び込んだ時の話だ。そこで暮らしていた、美しい青年に教わった唄。
「スクメギの近所にある村の、民謡だとか」
 館の主に囲われているのだよ、と静かに笑っていたラッセの青年は、元気だろうか。
 イルシャナの話に考えるところでもあったのか。彼にしては珍しく、そんな考えがふと頭をよぎる。


「……あれ?」
 流れてくる旋律に、有翼族の少女は思わず足を止めた。
「どうしたんですか? クラムさん」
 どこかで詩人が唄っているのだろう。
 緩やかなソプラノは、ピュルスの店にいる片目の詩人の声だ。行きつけの店の同じ常連同士、自然と覚えもする。
「いや、ちょっとね。懐かしい曲だなぁと思って」
 純白の翼を軽く撫で、クラムはしんみりと呟いた。
 大して面白みもない辺境の村だったが、こうして離れた地で思い出に出会えば、随分と懐かしい。
「故郷で、幼なじみがよく歌ってた曲だから」
 この唄をのんびりと奏でていた少年は元気にしているのだろうか。風の噂では、吟遊詩人として旅立ったとも聞くが……。
 スクメギの騒ぎが一段落ついたら、一度戻ってもいいかなと少女は漠然と思う。
 まさか、その彼が王都で同じ運命の奔流に巻き込まれているなどとは、思いもよらない。
「私の故郷の民謡とは、だいぶ違いますねぇ」
「へぇ。ミユマの故郷の歌って、どんな感じなの? 歌ってみてよ」
 興味を示したクラムに、笑顔で頷くミユマ。故郷の民謡大会でも優勝したことがある腕前だから、歌にはそれなりに自信がある。
「大地の神様を称える歌なんですけどね。歌えば歌うほど、元気が出てくるんですよ」
 すぅ、と息を吸い、参加者三名の大会で優勝した少女は、朗々と歌い出す。勇壮なメロディを勢いよく歌うせいか、あまり上手下手は関係ない気もするが……。

 ろーっこーう おろーしにーーーー

 以下略、と続けるしか、なかった。


注:本番外編はフィクションです。びーわな本編中の人物・展開・設定などとはたぶん関係ございません。ないはずです。あったと思ったら、不憫と思って見逃してやってください。


続劇
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