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8.転章・聖地の衛り人

「……なぁ」
 機体をゆるゆると歩かせながら、ロゥは目の前のシェティスに声を掛けた。
「何だ?」
 ちなみにシェティスは操縦席の横まで上げたハイリガードの掌に座っている。さすがにロゥの膝の上はイヤだったらしい。
「スクエア・メギストスだっけ。ありゃ何だ?」
 あの純白の獣機が現れた直後、全ての戦闘行為は停止されてしまった。擱座したアカレイヒはそのままに、シェティス達はロゥのハイリガードに乗ってここまで戻ってきたのだ。
「分からん。だが、スクメギの新兵器……というわけでもないようだった」
「だよなぁ……」
 スクメギのまともな兵器なら二人に獣機を奪われた時点で使っているだろうし、何よりハイリガードを見逃した理由が分からない。
 そう。あの白い獣機はハイリガードには指一本触れず、二人の撤退を見守るだけだったのだ。
「というか、何だ? その何とかというのは」
「オレと一緒にいたガキがそう言ってたんでな。本人は覚えてないみたいだったけど」
 エミュは当然スクメギに残っていた。本人も残る気だったし、ロゥも連れ帰る気はなかった。
 そして何より、ハイリガードが彼女を連れ帰るのを嫌がったのだ。
「ふむ……」
 謎の獣機、謎の少女、不可解な疑似契約。
 謎、謎、謎だらけだ。
 その時、上空に青い獣機が見えた。
 直線的なシルエットを持つそれは、グルーヴェの一般兵用制式獣機『四式ギリュー』。周囲の定期警戒を行っていたのだろう。こちらを確認したのか、ゆっくりと舞い降りてくる。
「あー。副長! 大変っすよ」
「出迎えご苦労……どうした?」
 ただならぬ部下の様子に眉をひそめる。
「南の枯れ遺跡に反応出ました。『泉』です」
「……む」


「ごめんね。何か手伝ってもらっちゃって」
 散らばった残骸を集め、片付けながら、クラムはミユマに頭を下げた。
「こういう時はお互い様ですから」
 もともと故郷に温泉を掘る資金集めのため、賞金稼ぎになったミユマだ。先日の事情もあり、こういう事態は放っておきづらいのだ。
 短くも激しい戦闘が終わった後のテント村は惨憺たる有様だった。建物自体はテントだから大したことはないのだが、逃げ遅れた人達の被害はそうはいかない。
 そして不思議な事に、今回の犠牲者で最も多かったのは、ミユマ達が見たような年端もいかない少女達だったのだ。
 テント村はもともとスクメギを調査する学者や山師達が住んでいた所に、彼ら目当ての商人が入ってきただけの場所。彼らの娘やクラムのような流れ者の少女もいるにはいるが、それはごくごく少数。
 だが、犠牲者の多くは学者や商人ではなく、そんな少女達。しかも全てが住人の知らぬ顔。
「昨日の戦いってさ……」
 赤く濡れたガレキを持ち上げながら、クラムがぽつりと呟く。
「はい?」
「『運命の子』としてのボクがしっかりしてれば、防げたのかな?」
 白き翼の運命の子。
 そう呼ばれ、追われているのはクラムも知っている。だが、身に覚えのない称号でも、ある。
 クラムがその力を発揮すれば、先日の少女も死ななかったのだろうか……。
「……どうでしょう」
 テント村の復旧が終わり、犠牲者の埋葬が終わるのは、それからもう数日してからになる。


「最終的に……民間人の死傷者は30余名、うち身元不明は15名。傭兵や警備隊の死傷者は40名。獣機の損傷は15騎完全破壊、4騎が中破、1騎消失……といった所ですか」
 報告書を読み上げたのは、蛇族の老爺だった。
「そうですか……」
 それを聞くべきイルシャナはベッドの中。あの日以来体調を崩し、床についているのだ。
「失礼します」
 そこに、レアルとエミュが入ってきた。
「イルシャナさまぁ……ごはんです」
「ありがとう、エミュ」
 ちなみに、グルーヴェのスパイと一緒にいたエミュやレアルに関してはお咎めなし。侵入者の人質になっていたという事で不問になっている。
「それと閣下。先日の、スクメギ深部の探索の事ですが。早急に執り行おうと思いますれば」
「どうしても、ですか?」
 シェティスとしては、先日の戦いで現れた身元不明の少女達や、魔物の巣である赤い泉の優先順位を高くしたい所だが……。
「先日の獣機隊の損害もかなりのものですので。早急に補充せねば、奴らめの侵略を受けてしまいますぞ?」
「……そうですね。その件についてはリヴェーダに任せましょう」
 諦めて、小さくため息。どうせリヴェーダはイルシャナの言う事など聞きはしないのだ。
「御意に」


 硬いベッドの上。雅華は度の強い酒の入ったグラスをぐいとあおった。
「スクメギ深部探索……ねぇ」
 先日の純白の獣機のような機体が見つかりでもすれば、この先苦戦するのは間違いない。
「でも、あの人達は乗り気じゃないみたい」
 同じベッドの中、少年はぼそりと呟く。
「ま、あんたはもう少し情報収集してな。せっかくスクメギの政治中枢に入り込めたんだし」
「……うん」
 少年は女から数枚の銀貨を受け取ると、音もなくベッドから抜け出し、辺りに散らばった女物の服をゆっくりとまとっていく。
 それは心優しき少女からもらった、お揃いの服。
 だが、それは信じるという事を知らない少年にとってはさして意味のない事。
「アンタさ。その格好、何とかならない?」
 豹の女の苦笑に、少年は笑いの表情で答える。
「見たい人には、そう見せておけばいいから」
 竪琴を取り、少年……レアルは雅華の部屋を後にした。


 深い深い闇の中。救う手もない闇の中。
「これで……良かったのよね……」
 無限の痛みと孤独の中。そいつは自らの白い翼に頬を寄せ、涙声で呟いた。
 幾千の涙と犠牲の果てに選んだ、同胞の笑顔。
「この選択で……」
 白き翼の運命の子。
 宿命の歯車を断ち斬る術は、未だ見えぬまま。



続劇
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