6.求めるこころ、答えるちから 「あ、あの!」 スクメギに至る街道をぱたぱたと小走りに走りながら、クラムは巨漢にそう声を掛けた。 「ありがとうございました!」 銀色の獣機を一刀両断にした男は、剣士だった。2mを越える巨体に、口元から覗く鋭い犬歯。刀傷で半分になった猛虎の耳は、彼が歩んできた戦いの数々を無言で物語っていた。 「別に。挑まれたから挑んだだけだ」 奢るでもなく、謙遜するわけでもなく。ただ、淡々と語るのみ。 無言で歩くうち、やがて分かれ道に辿り着いた。 「あの、ボクはこっちに行こうと思うんですけど……」 「そうか。では、さらばだ」 感慨も情緒もなく、男は軽く手を上げるだけ。 「出来れば、お名前を……」 「バッシュ」 短くそれだけ答え、バッシュと名乗った虎族のビーワナは街道を歩き出す。やがて、その姿はそこかしこに立つ『柩』の向こうに消えていき。 「バッシュさん……」 バッシュの広い背中を見送るうち、少女の胸には一つの思いが浮かんでいた。 獣機には祖霊使いの力など通用しないと思っていた。けれど、目の前の男はその獣機に勝利したではないか。 「ボクも……」 民家を改装しただけのささやかな領主公邸に着く頃には、夜もすっかり更けていた。 「じゃ、俺もう帰るわ。向こうにも用事あるし」 玄関の所まで少女を見送って、少年は軽く手を振ってみせる。どう見ても子供にしか見えないキッドだが、彼にとっては夜道もまた恐るるに足らず、といった所なのだろう。 「ええ。今日はありがとう。向こうに帰ったら、みんなにもよろしくね」 それを知ってか、イルシャナもあえて彼を留めようとはしなかった。いずれにしても、止めて聞くような相手ではないけれど。 「ああ。イル姉も体に気を付けてな」 もう一度手を振り、魔法使いの少年はゆっくりと空へ舞い上がった。祖霊使いや有翼系ビーワナほどの速さではないが、それでも明日の夜明けには王都へ辿り着くだろう。 「それじゃあ、お休みなさい」 少年が空の向こうに消えるまで、少女は手を振り続け……。 「キッドにまで心配を掛けるようじゃ、私も領主失格ね……」 夜着の襟を引き寄せ、身震いを一つ。 明日からはまた領主代行としての激務が待っているのだ。新規団員募集を始めた警備隊の事、運命の子クラムの事、獣機やリヴェーダの事……シーラ姫の事。 そして、グルーヴェ軍のこと。 悩んでいる暇も、寝込んでいる暇もない。 「私も……」 「スクメギにも、あれ程の使い手がいるか……」 小柄な体には広い操主席に身を埋め、シェティスは小さく呟いた。 大きめの袖口で、目元にたまっていた涙をぬぐい取る。近衛が来るまでに泣き果てたと思っていた涙がまだ出てくる事に、自嘲気味の笑み。 「ドラウン様……自分は……」 スクメギ侵攻の初戦で指揮官であるドラウンを失ってしまった事。そして、今もまた自分の失敗で『シスカ』を中破させ、味方を窮地に追い込んでしまった事。 むき出しのふとももに、ぱたぱたと涙が落ちていく。慌てて出てきたから、上着一枚しか着ていなかったのだ。 だが、今は上着一枚で他に何も着ていないという羞恥よりも、悔しさの方が強かった。 「自分も……」 誰もがそう願い。 運命の扉は、その願いを聞き入れた。 |