「分速1800万キロ……秒速30万キロだと!? 冗談じゃない! そりゃ、光の速さじゃないか!」 俺は『その機械』の中で絶叫した。 見たこともない『それ』の中で気付いたのは五分ほど前のこと。最初の二分は自らの状況把握に必死になり、次の二分は手がかりが何もないことに落胆し、最後の一分は同乗者である『彼女』の話をおとなしく聞いている。 「そんなこと、分かってるよぅ……」 何もない、鋼鉄の筒の中だ。硬質なそれが人工の構造物……機械……という事は分かるが、継ぎ目のないそれは、『機械であろう』という以上の手がかりを俺達に与えることを頑なに拒んでいる。 移動中の物体ではない、と思った。緩衝材もない鋼の筒の中といえば銃弾のようなものだ。もし高速で移動していれば、慣性の法則に従って強烈なGが俺達に襲いかかっているはず。 だからこそ、『彼女』の言葉に俺は息を飲まざるをえなかった。 「でも、あたしのメーターはその速さを出してるの! クストレノオレゴンの最新製品だよ? 精度は折り紙付き、五十年前の最初期型でさえ、今出てる誤差は千分の七パーセントっていうじゃない」 「……クストレノオレゴンか。最新型は随分と精度が落ちていると聞いたが? っつーか、なんでお前みたいなちびっ子がンな高級品持ってんだ」 そう言ってはみたが、クストレノオレゴンの多機能腕時計が優秀なのは誰よりもよく知っている。時間や方位は言うに及ばず、速度や高度、数値化できる値なら、あらゆる値を測り出してくれる万能アイテムだ。富士の樹海で正確な方位を指し示し、マリアナ海溝の底で一寸も歪まず、極寒の南極で正確な歩みを一瞬と緩めぬ万能計測機械を、俺は知らない。 冒険屋たる俺が何度も救われたクストレノオレゴンが、光速などという『有り得ない値』を出しているという。 「あたしは本物が分かるオンナなの! っていうか、秒速で何十万キロも誤差が出るなんて、どんな誤差よ!」 「だよなぁ……。どういう技術だ、一体」 全く分からない。光速を叩き出しながら、少しのGもかからないなんて……。 そもそも、たった一秒で七周半も出来る狭い地球で、光速なんか出す意味はどこにもないはず。それも、五分以上もの長い時間……。 「…………みたいなもんよ」 ふと、声が響いた。 「は?」 だが、俺はその言葉の意味が分からなかった。 あまりにも非現実的で、有り得ない言葉。 「まほう?」 隣の少女が、ぽつりと呟く。 「お前もそう聞こえたか……」 「うん。幻聴じゃ、ないみたいだね」 光速移動に、おそらくは慣性制御。どちらもいまのところ、地球上では実用化されていない技術だ。 確かにこんな不条理な状況は、非現実な設定に押し付けるしかない。 「まあ、本当は魔法じゃないんだけどねぇ……」 次の声は、しっかりと聞こえた。 「どっちだよ!」 だからこそ、しっかりと突っ込んでおいた。 「聞いたことない? 極限まで行き着いた科学は、魔法と区別付かないって」 どこの空想科学小説かと思ったが、目の前の状況はその言葉で納得するしかない。 「それは……聞いたことあるけどさ……」 進んだ科学は、いつの世にも魔法の如く扱われる。百年前には宇宙旅行など夢物語だったし、身近なところでは携帯電話でさえ空想の産物だった。 今ではどちらもありふれた技術なのは、言うまでもない。 「ま、いいわ。もうちょっとしたら着くから……って、言ってる間に着いちゃったねぇ」 どこか間延びした女の声が、響く。 「何だよ、それ……ッ!」 瞬間、世界の形が変わった。 「ひゃっ!」 継ぎ目一つなかった金属の壁が音もなく割れ、ゆっくりと展開していく。モーターの回転音も、圧搾空気の抜ける気の抜けた音も、振動さえもない。 無音で変わりゆく世界。銀色の壁の向こう側に姿を見せたのは、やはり一人の女だった。 継ぎ目の無い、ワンピースのような服をまとっている長身の女。いや、服かどうかも分からない。少なくとも、ぴっちりとした襟元で細い首と融合しているような服を、俺は見たことがないからだ。 「ようこそ、地球人の冒険者」 その女は、先程と同じどこか間延びした声で、優雅に一礼した。 「我らが星の都、コスモレムリアへ」 |