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Welcome to Labyrinth!
第6話 はじめの、一夜

 二の腕まで覆う長手袋を右手にはめ、そいつはため息を吐いた。
「やれやれ……」
 耳に届いたソプラノの声に、もう一度ため息を吐きたい気持ちになってくる。
 吊してあった服の中で一番簡素なものを選び、乱暴に頭から被った。無駄に長い髪を襟元から全部引き出し、頭を数度振ってほつれた髪を馴染ませてようやく一息。
 姿見を覗き込む。
 腰まである艶やかな金髪に、こちらを神妙に見つめる大きな藍色の瞳。左右にすっと伸びる耳は人間外の種族のものだ。とはいえそれ以外は人間と変わることなく、むしろ並の娘達よりもはるかに美しい。幼いその姿も、十年もすれば立派な淑女に育つだろう。
 少女は自らの美しさを誇るでもなく……。
「……うぜえ」
 柳眉を歪め、短くそう、吐き捨てた。


 長く伸ばされた青い髪と共に、大きなシーツがふわりと宙に広がった。真っ白な木綿のそれは子供が遊べそうな程に広いダブルベッドへ舞い降りて、少女の細い手によりきちんとベッドを覆うように仕上げられていく。
「ふふっ」
 そのうち、程良くフリルの利いたネグリジェから鼻歌が流れてきた。よっぽど機嫌が良いのか、少し外れた鼻歌は手の動きに合わせて緩やかにテンポを刻む。
「そうだ。ラヴィちゃん、手伝ってくれる?」
 後ろに控えていた子供に声を掛け、ベッドの反対側を指差す少女。
「うん!」
 ラヴィと呼ばれたパジャマの子供はぱたぱたと指示された方に向かい、見よう見まねでシーツをベッドの間に挟み始める。
 雑な動きでシーツはよれよれになってしまうが、そんな子供の様子が微笑ましくて、少女から思わず笑みがこぼれた。この子も良い夢が見られるようにと願いながら、ゆっくりと、丁寧に、メイもベッドメイキングを再開する。
 暖房の効いた部屋は寒くないから、掛け布団は薄手のものを選択。少し考え、冷えた時のために毛布も数枚置いておく事にした。
 その間も、少女から鼻歌が絶える事がない。
「できたー!」
 柔らかなクッションを枕元に敷き詰めて、準備完了。枕は低めにしてあるから、小柄な少女達にも心地よい安眠を約束してくれるだろう。
「メイちゃん、ラヴィたち、ここで寝るの?」
「ええ。そうよ」
「そうなんだぁ……」
 出来上がったベッドを、ラヴィは物珍しそうに眺めている。
「ラヴィはベッドで寝た事ないの?」
 ふと疑問に駆られ、そう問うてみるメイ。
 夕方彼女を地下で見つけた時は大きなフラスコの中で眠っていた。もしフラスコで眠らなければならないなら……少し面倒な事になる。巨大フラスコはラヴィを初めて見つけたメイが慌てて叩き壊してしまい、原形を留めていないからだ。
 さすがに地下倉庫は、風呂上がりの体にネグリジェ一枚で行けるほど暖かい場所ではない。
「メンテのない時は、立って寝てたよ」
 メンテナンスの時は例のフラスコの中。いずれにせよ、機械人形は横になって寝る必要はない、とラヴィは舌っ足らずな喋り方で説明してくれた。
「うーん。じゃ、立って寝た方がいいのかしら?」
 機械人形という言葉すら今日初めて知ったメイだ。もし横になって眠るのが彼女にとって具合の悪い事なら、無理に勧めるワケにもいかない。
「Rちゃんはね、別にどっちでもいいって言ってるよ。横で寝ても平気だって」
 内を司るシステム人格『R』の答えを口にすれば、メイの表情がふわりとほころんだ。 「じゃ、今日は私と一緒に寝よ?」
「うん!」


「バカかお前はっ!」
 広い寝室を少女の叫びが激しく揺さぶった。
「ええー」
 大声でそう言われ、メイは大きな耳を押さえたままでぼやく。先程までの機嫌の良さそうな表情とは違って、どこか不満そうだ。
「広いベッドだから、寝るスペースちゃんとありますよ?」
 ぽんぽん、と真っ白なシーツを叩き、メイ。彼女達が寝ているダブルベッドは、小さな部屋ならそれだけで一杯となるほどに大きい。メイとラヴィが体を伸ばして寝ても十分以上の余裕があるが、ベッドの半分を占有できるはずのラヴィはメイにしがみついたままくぅくぅと寝息を立てていた。
 今の状態なら三人目が大の字になって寝ても、十分すぎる余裕がある。
「そういう問題じゃねえ!」
 対する少女はメイの説明にさらに激昂した。よっぽどなのか、耳まで赤い。
「俺ぁ男だぞ!」
 そう。
 少女は、男だった。
 正確に言えば、女の子の体に男の魂が入っていた。体の本当の主に頼まれて渋々入ったのはいいが、今度はその体から抜けられなくなってしまったのだ。
「でも幽霊さん、今は女の子でしょ?」
「だからってなぁ……」
 言われ、言葉に詰まる。
 メイが嫌いというわけでは決してない。嫌いではない……が、女の体に入ったからといって、そんな彼女とほいほい一緒に寝る、というのは、何だか違う気がした。
 もともと、そう軟派な性格でもない。
 紳士的に振る舞うというのも、苦手だ。
「別にいいじゃないですか。幽霊さん、お風呂だって一緒に入ろうとしなかったし」
 ラヴィは嬉々として一緒に入ってくれたが、幽霊は後で一人で入ると強引に突っぱねていた。
「当たり前だろうが……」
 もちろん、幽霊からすれば当たり前の行為だ。女の子と風呂に入るなんて常識の範囲外だし、それ以外の理由も……ある。
「……お前、男に見られても平気なのか?」
 ふと口にしたソプラノの問いかけに、刹那で自己嫌悪した。
「……すまん」
 女性にするにはあまりにも失礼な問いかけ。言外にメイをそんな女だと辱めているようなものではないか、それでは。
「色々あって俺も混乱してるみたいだ。その辺で、寝るな」
 暖房もあるし、今夜もさほど冷える様子はない。ベッドの足元から毛布を一枚だけ取り、部屋の隅に去ろうとして……。
「気にしませんよ」
 メイの言葉に、小さな足を止めた。
「ああ。えと、そういう意味じゃなくって。その……恥ずかしいですけど、幽霊さんには……なんというか……」
 ……もう、見られちゃいましたし。
 聞こえないほどの小声で恥ずかしそうに呟き、ふいと視線を落とす。
「それに幽霊さん、優しいですし。幽霊さんなら……気にしないです。私」
 聞こえるのは、ふぅ、と呆れたようなため息のみ。
 うつむいたメイの耳に、ばさりという音が聞こえて。
「……今夜だけだからな」
 恐る恐る顔を上げれば、ダブルベッドの隅にもぐり込む金色の髪が見えた。先程抱え上げた毛布は足元へ無造作に投げられている。
「……はい」


続劇
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